受験のための学校

中高一貫校の東大合格者数と鉄道路線の深い関係とは?
教育 2024年4月10日 (水)

中学受験では前年と比べた出願者の増減や偏差値の動きに注目が集まりますが、それらの動きには中学受験特有の力学が働いていると指摘します。どういうことなのでしょうか。
筑波大付属駒場に入学辞退者が出たワケとその余波
2024年の中学受験に関し、MARCHなどの大学に行ける系列校の人気が上がっているという話をうかがいましたが、他に何か目立ったことはありましたか。

開成や麻布といった最難関校が軒並み受験者数を減らしたということをお話ししましたが、筑波大付属駒場中(東京都世田谷区)で辞退者が多く出たということも関係者の間で話題となりました。

筑駒で辞退者ですか。それだけを聞くと、筑駒に何かあったのかと勘繰ってしまいますが。

実は通学区域が関係しているんです。

通学区域? 全く関係が見えません。

筑駒は通学できる区域が決まっていて、その区域外の人は受験できない仕組みになっているんです。その通学区域が2024年度から広がりました。それまで受験できなかった区域の子どもが受験できるようになったのですが、いざ合格してみると、「やはり通うのは大変だ」と考えたようなのです。埼玉県の人だったら開成中学校・高等学校(東京都荒川区)のほうが通いやすいでしょうし、千葉県の人だったら渋谷教育学園幕張中学校・高等学校(千葉市)のほうが通いやすい。そうやって辞退する受験生が出たということらしいですね。

なるほど。辞退者が出て、筑駒はどうしたんですか。

繰り上げの合格者を出しました。しかし、最上位に位置する筑駒に繰り上げの合格者が出れば影響は周囲に及びます。繰り上げとなった合格者が筑駒に行くと、その受験生がそれまで行こうと思っていた学校に空きが出ます。今度はその学校が繰り上げの合格者を出します。そうやって玉突き現象が起きるんですね。おかげで上位校はいつになっても入学手続きを締め切ることができなかったそうです。

通学区域の変更によるちょっとした混乱ということですか。いろいろなことに中学受験は影響を受けるんですね。

中学受験と鉄道の深い関係。優秀な子どもの奪い合い…
実は中学受験は鉄道と深い関係があるんですよ。

鉄道ですか。意外に思う人が多いのではないでしょうか。

そうかもしれませんね。例えば駒場東邦中学校・高等学校(東京都世田谷区)は中学受験の最難関校の一角ですし、東大合格者数でもベスト10に入るような名門校ですが、この地位を築くきっかけになったのは新玉川線が田園都市線とつながったことなんです※。

※新玉川線はその後、田園都市線に編入

つまり通学エリアが広がったわけです。これによって駒東は田園都市線沿線の横浜市青葉区・都筑区や川崎市宮前区に住むアッパーミドル層の優秀な子どもたちを受け入れられるようになりました。しかし、その後は聖光学院中学校・高等学校(横浜市中区)との競争が激化します。なぜかというと横浜市営地下鉄ブルーラインの延伸で、田園都市線あざみ野駅とJR横浜駅がつながったからです。田園都市線沿線に住む子どもたちが横浜中心部にある聖光学院に通いやすくなりました。

また豊島岡女子学園の躍進にも埼京線の開通が影響しています。

いくつか例を挙げましたが、優秀な子どもをエリア間で奪い合っているということなんですね。そして、その奪い合いに鉄道が関係しているというわけです。

中高一貫校の勢力図を分析するには鉄道路線図が欠かせないということですか。

そうです。鉄道路線の延伸や駅の開業などで勢力図は変わります。最初に筑駒の通学区域の話題を出しましたが、辞退者が出たとはいえ、通学区域が広がったことでさらに多くの優秀な受験生が集まったはずだと思いますよ。

中高一貫校の勢力図を変えるのは鉄道だけではありません。学校の移転も大きな影響を与えます。最もわかりやすい例が早稲田実業(東京都国分寺市)と桐朋中学校・桐朋高等学校(東京都国立市)の関係です。

桐朋は最近やや低迷気味ですが、そのきっかけの1つとなったのが、早実の新宿区から国分寺市への移転です。有力校が近くに移転したことで、優秀な受験生を奪われたと見ることができます。

中受で苦戦するとその後も苦戦する学校
試験日の変更で変わる受験勢力図
なるほど。勢力図を変える要素としては他にどんなものがありますか。

大きいのは試験日の変更ですね。例えば海城中学高等学校(東京都新宿区)は2007年ころから一時期、進学実績で苦戦するようになったのですが、そのきっかけとなったのは早稲田中学校・高等学校(東京都新宿区)が2001年から2月3日に第2回入試を行うようになったことなんです。

早稲田中や海城の2月3日の2回目の試験には、2月1日に開成や麻布を受けた受験生が多い。実はこの2月3日受験生が優秀なんですね。開成や麻布の不合格者を早稲田中や海城は3日の試験で多く獲得したいんです。2001年より前は海城がこういった3日受験組をほぼ独占していたのですが、早稲田中が3日試験を導入してからは、その半分以上を持っていかれるようになってしまいました。

試験日をめぐっても優秀な受験生の奪い合いをしているわけですね。

中学受験からは話題が離れてしまいますが、高校受験における都立高校との奪い合いもあります。海城は2011年から高校募集を停止しているのですが、なぜだかわかりますか。

6年間の中高一貫教育を徹底させたいからなのではないですか。私立中学は先取り教育をしていて公立中学よりもカリキュラムの進行が速い。中学から入学した生徒と高校から入学する生徒との間で進捗状況が違っているから、その調整にも時間がかかり、効果的な教育を施せない。そういう理由であると理解していましたが。

確かにそういう理由もあると思います。でも、それは建前に近い。実際は都立高校の改革で優秀な生徒が都立に流れるようになってしまったからです。優秀な生徒を獲得できなくなったから募集をやめたというのが実情なんですよ。

日比谷、戸山、西、八王子東の4校が進学指導重点校に指定されたのは2001年。実際、それ以降に入学した生徒がその後の大学受験で結果を出し始めます。それを見て、中学生が都立を目指すようになりました。

海城からすると、中学受験では早稲田中との競争で優秀な生徒の獲得に苦戦し、高校受験では都立進学指導重点校との競争で優秀な生徒の獲得に苦戦するようになった。そして早稲田中との競争が始まったころ中学に入学した生徒が大学受験をする2007年ころから大学進学実績でも苦戦するようになったということなのです。

中受校が勢力争いで次に狙った“マーケット”は?
しかし、その後、海城はまた復活していますよね。東大合格者数は2007年ころと比べて増えています。

東大合格者数だけで評価するのが適切とは思えませんが、海城も手を打ったのです。ちょっと行き過ぎた表現になりますが、新しいマーケットに着目した。

それはどこですか。

海外です。つまり帰国子女の獲得に力を入れました。海外に駐在している大手企業などの子どもは優秀ですから。学校のスタッフがわざわざ海外まで出向き、海城のPR活動をしています。そこまでするのはさすがに非効率ではないかと思いましたが、そうではないらしい。仮に受験してくれなくても、駐在員家庭はインフルエンサーなので海城のよさを他の保護者に広めてくれるらしいのです。

海外まで巻き込んだ勢力争いをしているとは驚きました。

もちろん海城は教育内容自体の改革を進めています。高校募集をやめたのを機に受験を視野に入れた6年間のカリキュラム再編をしていますから。そのうえで優秀な生徒の獲得にも力を入れているということです。

いろいろな例をお話ししましたが、知っていただきたいのは私学の勢力争いには特有の力学が働いているということなんです。原理を理解しておけば次にどんなことが起こるのか予測できます。

優秀な子どもの奪い合いと聞いて、夢のない話だと思ったかもしれません。しかし、それが現実です。むしろ夢のある話をどこかで聞いたなら警戒すべきでしょう。上手なPRに惑わされず、中高一貫校の浮沈に関わる原理を理解して、数字の裏に何があるのか見極めることが大切です。

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