私たちの宇宙は生命が誕生するように“微調整”されている!?

並行宇宙は実在するか6

私たちの宇宙は生命が誕生するように“微調整”されている!?

執筆:松下安武 監修:野村泰紀

2024年3月1日

物理定数は泡宇宙ごとに異なっているのかもしれない

前回は、急激な宇宙空間の膨張「インフレーション」を起こし続けている広大な“親宇宙”の中で、無数の“子宇宙”が生じるという、マルチバース宇宙論を紹介した。このような描像での子宇宙に当たる領域は「泡宇宙」と呼ばれている。私たちが住む宇宙は、こういった無数の泡宇宙の中の一つだと考えられているのだ(図1)。

図1 無数の泡宇宙の誕生

今回は、「異なる泡宇宙では物理定数が異なり、物理法則の一部も異なっているかもしれない」という話を紹介しよう。国が違えば法律も異なるが、無数の泡宇宙からなるマルチバース(多宇宙)も似たようなもの、というわけだ。

物理定数とは、電子の質量( me:9.1093837×10-31kg)や電子の帯びている電気の量(電気素量e:1.602176634×10-19C)など、物理法則に登場する定数(一定の値)のことだ。丸括弧内に示したように、特定の物理定数は特定の記号で表されるのが通例である。

これらの物理定数の値は通常、理論計算で求めることはできず、実験で測定して初めて求められるものだ。例えば、電子の質量は9.1093837×10-31キログラムだが、なぜ電子の質量がこの値なのかは、現在の物理学の理論では説明することができない。「実験で測定してみたら、この値だった」としか言えないのだ。

また物理定数は通常、時代によらず、場所にもよらず、一定だと考えられている。つまり、私たちの泡宇宙が誕生して以来、138億年もの間、変わることなく、地球でも太陽でも、250万光年先のアンドロメダ銀河でも、135億光年先の観測可能な宇宙の果てに近い銀河でも、全く同じ値を取ると考えられているのだ。「時代によらず、場所にもよらず一定」ということは、様々な物理定数について、様々な方法で確かめられている(1)。逆に言えば、物理定数が一定だからこそ、宇宙の彼方で起きた星の爆発などの天文現象についても、近傍の宇宙と同じように調べることができるのである。

物理学者たちは、こういった物理定数の値は、私たちが住んでいる泡宇宙が誕生した際に偶然に決まったのだろうと考えている。現在の値を取っている必然的な理由が今のところ見当たらないからだ。つまり、私たちが住んでいる泡宇宙の物理定数は、他の値を取っていた可能性もあったことになる。そして実際、その可能性は他の泡宇宙で実現しているかもしれない。つまり、物理定数は、マルチバース全体では「定数(一定の値)」ではなく、泡宇宙ごとに異なっている可能性があるのだ。

また、泡宇宙どうしは、物理定数だけではなく、物理法則自体も異なっている可能性がある。物理法則にはある種の階層性があり、マルチバース全体を司る根源的な物理法則はどの泡宇宙でも共通していると考えられるが、素粒子どうしに働く力(相互作用)の法則などが異なっている可能性もあるのだ。

物理定数が少しでも違っていたら生命は生まれていない?

物理定数を巡っては、かなり以前から不思議な謎がいくつも見つかっている。それは、物理定数の値が非常に絶妙に“微調整”されているように見えるという謎だ。様々な物理定数が今の値からずれると、宇宙の様相が大きく変わってしまい、生命が誕生しない寂しい宇宙になってしまうと考えられているのである。

微調整されているように見える物理定数はたくさんあるが、ここでは、「強い力」とよばれる力の強さについて考えてみよう。強い力とは、陽子や中性子、さらには原子核を形づくっている力だ。強い力の大きさが今の値からほんの少しずれていたら、宇宙には多様な元素が生まれなかったと考えられているのだ。例えば、強い力の強さが0.5%ほど小さかっただけで、炭素がほとんど合成されなくなってしまうのだという。その場合、炭素原子を骨格とした有機物でできている生命は存在できないことになる。なぜそのようなことが言えるのだろうか? 順を追って説明していこう。

原子を形づくっている二つの力

身のまわりの物質は「原子」でできている。原子は中心にプラスの電気を帯びた「原子核」があり、その周囲にマイナスの電気を帯びた「電子」が分布している。原子核と電子は「電磁気力」で引き合っており、そのため原子核と電子はバラバラにならずにその形を保つことができている。

電磁気力とは、電気力と磁力の総称のことだ。プラス(正)の電気を帯びた物体と、マイナス(負)の電気を帯びた物体は電気力で引き合う。プラスどうし、マイナスどうしの場合は逆に電気力は反発力となる。また、磁石のN極とS極は磁力で引き合い、N極どうし、S極どうしは反発しあう。

コイル(導線をぐるぐる巻きにしたもの)の中に磁石を出し入れすると、コイルには電流が流れる。これは「電磁誘導」と呼ばれる現象だ。また、鉄芯に導線を巻いてコイルをつくり、コイルを電源につなげて電流を流すと、磁気が発生し、電磁石になる。このように電気と磁気の間には非常に密接な関係があり、電磁気学という一つの枠組みの中で統一的に理解することができる。そのため、電気力と磁力はまとめて電磁気力と呼ばれているのだ。

さて、原子核はプラスの電気を帯びた「陽子」と、電気的に中性な「中性子」が集まってできており、陽子と中性子はまとめて「核子」とも呼ばれる。原子の種類(元素)は、原子核の中に含まれる陽子の数(原子番号と一致する)で決まっている。例えば、水素の原子核には陽子が1個、炭素の原子核には陽子が6個、鉄の原子核には陽子が26個含まれている。

陽子と中性子はさらに小さな「アップクォーク」と「ダウンクォーク」と呼ばれる素粒子(それ以上、分割できないとされている粒子)でできていることが分かっている。陽子は2個のアップクォークと1個のダウンクォーク、中性子は1個のアップクォークと2個のダウンクォークでできている(図2)。アップクォークは電子の電荷の3分の2の大きさのプラスの電荷を帯び (+[2/3]e)、ダウンクォークは電子の電荷の3分の1の大きさのマイナスの電荷を帯びている(-[1/3]e)。これらのクォークどうしを結びつけている力が「強い力」だ。電磁気力と比較して強いため、この名前がついている。

図2 原子は中心に原子核があり、その周囲に電子が分布している。原子核はプラスの電気を帯びた陽子と、電気を帯びていない中性子が集まってできている。陽子はアップクォーク2個とダウンクォーク1個からなり、中性子はアップクォーク1個とダウンクォーク2個からなる。クォークどうしは「強い力」という力で結びついている。陽子と中性子を結びつけている力は「核力」と呼ばれるが、これも強い力によって生じる力である。

原子核がバラバラにならないのはなぜ?

さて、原子核は陽子と中性子でできているが、陽子はプラスの電気を帯びているので、陽子どうしは電気力によって反発しあうはずだ。一方で中性子は電気的に中性なので、電気力を生み出さない。普通に考えれば、原子核は陽子どうしの電気的な反発力によってバラバラになりそうだが、実際はそんなことはなく、安定である。なぜだろうか?

実は核子どうしには電磁気力とは別の「核力」と呼ばれる力が働いており、核力の方が電気的な反発力よりも強いため、原子核はバラバラにならずに形を保っていられるのだ。核力は、「パイ中間子」と呼ばれる「力を伝える粒子」によって引き起こされる。陽子と中性子の間をパイ中間子が行き来することで、核力が発生するのだ。そしてパイ中間子もまたクォークでできている。ただしパイ中間子は三つのクォークではなく、二つのクォークでできている(2)

核力がパイ中間子によって発生することは、湯川秀樹(1907~1981)が1934年に理論的に明らかにし、湯川はその業績によって1949年にノーベル物理学賞を受賞している。現在では、核力は、陽子や中性子、パイ中間子を構成しているクォークどうしの間に働く強い力が複雑に絡み合って生み出されていることが分かっている。つまり、強い力こそが、原子核を形づくっている最も基礎的な力だと言えるわけだ。強い力は、原子核のようなミクロな世界でしか顔を出さない力である。

原子核には、安定なものと不安定なものがある。安定な原子核はずっと変化しないが、不安定な原子核は放射線を出して(放射性崩壊して)、より安定な原子核に変化しようとする。このような原子核をもつ原子は「放射性同位体」と呼ばれ、原子力発電によって生じる放射性廃棄物に含まれていたり、医療用の検査や放射線治療に使われたりしている。

こういった原子核の安定/不安定を決めている大きな要素が、強い力と電磁気力のバランスだ。例えば、原子核の中の中性子が少なすぎると、陽子どうしの距離が近くなり、陽子どうしの電気的な反発力が無視できなくなって、その原子核は不安定になる。

ほとんどの元素は長い宇宙の歴史の中で「作られた」

さて、原子核の説明が長くなってしまったが、強い力の微調整問題について知るには、宇宙の歴史の中で元素がどのようにして作られてきたのかについても知る必要がある。ここからは、多様な元素がいかにして作られてきたのかについて紹介することにしよう。

もしかすると、元素は“永遠に変わらないもの”といったイメージを漠然と持っている読者も多いかもしれない。確かに紙の燃焼などの化学反応では元素は変化しない。元素がそう簡単に変化しないからこそ、昔の人々が金を他の元素から作ろうとした「錬金術」は実現しなかったのである。

しかし、実はほとんどの元素は宇宙誕生直後には存在しておらず、その後の宇宙の歴史の中で“作られていったもの”であることが分かっている。現在の宇宙には90種類ほどの元素が存在するが(3)、誕生直後の宇宙には水素(原子番号1)とヘリウム(原子番号2)、そしてごく微量のリチウム(原子番号3)といったごく少数の元素しか存在しなかったのだ。原子番号は原子核に含まれる陽子の数と一致するので、誕生直後の宇宙には軽い元素(核子の数が少ない元素)しかなかったことになる。

なぜそんなことが言えるのかを理解するには、宇宙の歴史を紐解いていく必要がある。

一般に物質の温度が高くなればなるほど、その物質を構成している粒子はバラバラになっていく。そもそも温度とは、ミクロな視点から見ると、物質を構成している粒子の運動の激しさのことである。高温の物質ほど粒子は激しく運動し、低温の物質ほど粒子の運動は穏やかになっていく。

例えば、液体の水は、水分子どうしが引力を及ぼしあいながら、ゆっくりと動いている状態だ。水を加熱すると、水分子の運動が激しくなり、一部の水分子は水面から飛び出して自由に空間を飛び交うようになる。このように水分子がバラバラに速い速度で空間を飛び交っている状態が水蒸気、つまり気体の状態だ。

気体をさらに高温にすると、原子や分子から電子が飛び出し、空間を自由に飛び交うようになる。電子が抜けた原子や分子は「イオン」と呼ばれ(この場合は陽イオン)、電子とイオンが空間を自由に飛び交っている状態が「プラズマ」だ。

誕生直後の超高温のビッグバン宇宙では、あらゆる物質が素粒子レベルまでバラバラになって空間を飛び交っていたと考えられている。私たちの泡宇宙が誕生してから約1万分の1秒後、宇宙空間の膨張によって、温度が1兆℃程度まで下がってくると、クォークどうしが結びついて陽子や中性子が誕生した(クォーク・ハドロン相転移)。陽子は水素原子核なので、この段階で水素が誕生したことになる(電子をまとった原子にはなっていないので、水素と呼んでいいかは微妙ではあるが)。

「ビッグバン元素合成」で大量のヘリウム原子核がつくられた

泡宇宙誕生から数秒後、温度が100億℃程度まで下がってくると、今度は核子どうしが「核融合反応」を起こし始める。核融合反応とは、原子核どうしが衝突して融合し、より重い原子核を作る反応のことだ。そして泡宇宙誕生から約10分後までにヘリウム原子核(陽子2個と中性子2個)など、数種類の比較的軽い原子核が誕生した。この時期の原子核の合成は「ビッグバン元素合成」と呼ばれている。

ビッグバン元素合成では、原子番号4以上(陽子の数が4個以上)の安定した原子核は作られなかった。これは核子の数が5個や8個の原子核が安定して存在できないため、反応がそこで停滞してしまったことなどによる。また、当時の宇宙の膨張速度は速く、温度と密度が急激に下がっていったため、それ以上の反応が進まなかったのだ。

最終的には、水素の原子核(陽子)が約92%、ヘリウム原子核が約8%、そしてその他の微量の軽い原子核が作られた。なお、以上は原子の数での割合だ。ヘリウム原子核は水素原子核の約4倍の質量をもつので、質量ではヘリウム原子核は全体の約25%を占めていたことになる。

さて、ビッグバン元素合成で原子番号4以上の元素の合成が進まなかった理由の一つは、ヘリウム原子核が非常に安定だからだとも言える。ヘリウム原子核はそのままでいるのが安定で、ヘリウム原子核にもう一つの核子がぶつかっても、ヘリウム原子核どうしがぶつかっても、安定な別の原子核はできないのだ。これが障壁となって、それ以上大きな原子核の合成が進まなくなってしまったのである。

ヘリウム原子核は「アルファ粒子」とも呼ばれる。アルファ粒子は、不安定な原子核が起こす「アルファ崩壊」によって放出される粒子として知られている。このような高エネルギーのアルファ粒子の流れは放射線の一種であり、「アルファ線」と呼ばれる。陽子2個+中性子2個というヘリウム原子核(アルファ粒子)の核子の組み合わせが極めて安定なため、原子核の崩壊ではこの組み合わせの核子の塊が放出されやすいのだ。

なお、単独の中性子は不安定なので、ビッグバン元素合成で核融合反応に使われなかった分は約10分の半減期(数が半分になるまでに要する時間)で陽子に変わってしまう。これは「ベータ崩壊」という現象で、中性子が陽子になり、同時に電子と反電子ニュートリノという素粒子が放出される(図3)。中性子は原子核の中で他の核子と一緒にならないと安定でいられないのだ。

図3 中性子が陽子に変化する「ベータ崩壊」。この際、電子と反電子ニュートリノという素粒子が放出される。このとき放出される速度の大きな電子は「ベータ線」とも呼ばれる放射線である。中性子が陽子よりも不安定なのは、陽子よりわずかに質量が大きいことに原因がある。

ベータ崩壊を引き起こす力は、「弱い力」と呼ばれている。強い力と同様、原子核レベルのミクロな世界でのみ顔を出す力である。

電磁気力、強い力、弱い力、そして重力の四つが自然界で最も基礎的な力(相互作用)であり、私たちの住む泡宇宙での森羅万象はこの四つの力が引き起こしていると言える。ただし別の泡宇宙では、物理定数であるそれぞれの力の強さが異なっていたり、そもそも力の種類が四つではなかったりする可能性もある。

ビッグバン元素合成の終了後は、電子と原子核は宇宙空間をバラバラに飛び交っていた。つまり、宇宙はプラズマによって満たされていたわけだ。そして泡宇宙誕生から約37万年後、温度が3000℃程度まで下がってくると、電子と原子核が結びつき、原子が誕生した。これが第4回でも紹介した「宇宙の晴れ上がり」である。

泡宇宙誕生から数億年たつと、ようやく太陽のような恒星が誕生し、その中心部では核融合反応が始まった。このような恒星内部で起きる核融合反応によって、ヘリウムよりも重い元素が合成されていくことになる。現在の宇宙に存在する多様な元素は、こういった恒星内部での核融合反応に加え、恒星全体が吹き飛ぶ「超新星爆発」など、いくつかの天文現象によって合成されたと考えられている。

「強い力」の強さがほんの少し違っていたら地球生命は生まれなかった

前置きが長くなってしまったが、強い力の強さの微調整問題に戻ろう。

地球生命に不可欠な元素である炭素の原子番号は6である。つまり原子核の中に陽子が6個あるのが炭素原子だ。炭素原子核の中で最も存在比率が高く、約99%を占めるのは、原子核が陽子6個と中性子6個からなる炭素 12(12C)である。これはちょうどヘリウム原子核3個分と一致する。つまり、単純に考えると、ヘリウム原子核どうしが融合し、そこにもう一つヘリウム原子核が融合すれば炭素原子核が合成されることになりそうだ。

しかし前述したようにヘリウム原子核が安定すぎるために、ヘリウム原子核どうしが衝突しても安定な原子核は合成されない。ヘリウム原子核二つが融合した原子核はベリリウム8(8Be)ということになるが、この原子核は非常に不安定で、半減期はわずか10-16秒程度しかない。つまり、1兆分の1の、さらに1万分の1という極めてわずかな時間がたつと、元の二つのヘリウム原子核に分かれてしまうのだ。このわずかな時間内にもう一つのヘリウム原子核が融合すれば、無事、炭素原子核を合成できる。これは事実上、三つのヘリウム原子核(アルファ粒子)がほぼ同時に衝突・融合する反応なので、「トリプルアルファ反応」と呼ばれている。

このような反応が起きる確率は高くはないが、恒星の中心部のような高温、高密度の場所で長い時間をかければ十分な量の炭素原子核が合成できる。こうして恒星の中で合成された炭素が恒星の爆発などで宇宙空間に放出され、巡り巡って太陽系の材料の中に紛れ込み、地球生命に欠かせない有機物を作り出しているのである。

トリプルアルファ反応が起きるには、強い力の強さの極めて微妙な調整が必要になることが分かっている。反応前のヘリウム原子核とベリリウム8原子核のもつエネルギーと、反応後の炭素原子核のもつエネルギーの奇跡的なバランスがあって初めてこの反応が実現するのだ(4)。原子核のもつエネルギーは強い力の強さに大きな影響を受ける。そのため強い力の強さが0.5%ほど弱かっただけで、トリプルアルファ反応はほとんど起きなくなり、合成される炭素原子核の量が激減してしまうのだ。

実はこのエネルギーの奇跡的なバランスは1953年にフレッド・ホイル(1915~2001)によって予言され、その後、実験で実際に確かめられた。ホイルは、実際に宇宙に炭素が豊富に存在し、生命が存在しているのだから、このようなエネルギーのバランスが存在するはずだと考え、この予言を行ったのだ。

物理定数が微調整されているように見える事例は、トリプルアルファ反応以外にもたくさん知られている。電磁気力、強い力、弱い力の強さや、陽子と中性子の質量の差(中性子の崩壊のしやすさに影響する)などの絶妙なバランスがなければ、多様な元素は生み出されず、生命も誕生しなかったと考えられているのだ。

地球は奇跡の存在か?

さて、ここまでは「物理定数が微調整されているように見える」などと書いてきたが、これはあくまで比喩表現であり、物理定数を微調整する創造主のような存在を考えているわけではない。物理学者たちはそのような超自然的な創造主の存在を受け入れているわけではなく、物理定数が微調整されているように見える、何らかの合理的な理由を探そうとしているのだ。しかし前述したとおり、物理定数が現在の値を必然的に取るようになるメカニズムは今のところ知られていない。物理定数は偶然にその値に決まったようなのだ。

では、この数々の“奇跡”が起きた理由をどう考えればよいのだろうか。実はよく似た問題は私たちが住んでいるこの地球にもある。地球という天体は、生命が存在するのに非常に都合よく、様々な条件が微調整されているように見えるのだ。

地球生命は海で誕生したとする説が有力視されており、海は生命にとって母なる存在だと言える。私たち人間の体の重さの半分程度は水が占めており、人体を形作っている細胞に至っては約70%が水である。これは他の生物も同様で、地球生命にとって水は必要不可欠な物質だと言える。

しかし液体の水は宇宙では稀な存在だ。惑星の軌道が恒星に近すぎると、温度が高くなり、水は蒸発して気体の水蒸気になってしまう。逆に恒星から遠すぎると、温度が低くなり、水は凍って固体の氷になってしまう。恒星の周囲で、天体の表面に液体の水が安定して存在できる領域は「ハビタブルゾーン」と呼ばれている。ハビタブル(habitable)は「(生物が)居住可能」、ゾーン(zone)は「領域」を意味する。液体の水が存在するだけでは、生命が誕生できて居住可能であるとは必ずしも言えないが、地球生命にとっては最低限、液体の水の存在が不可欠なのでハビタブルゾーンと呼ばれているわけだ。

現在の太陽系のハビタブルゾーンは、太陽を中心として地球の軌道の半径の約0.97倍から約1.39倍の範囲だとされている。この範囲に地球が存在していなかったら、地球の表面に液体の水は存在できず、生命は生きていけないだろう。

地球に大気があることも重要だ。大気があるからこそ液体の水が表面に存在できるし、大気は有害な宇宙由来の放射線(宇宙線)や太陽風(太陽が放出するプラズマの高速の流れ)も遮ってくれる。大気を保持するには、適度な大きさの重力が生じるほど惑星の質量が大きい必要がある。

地磁気も宇宙線や太陽風を遮るバリヤーの役割を果たしている。地磁気があるおかげで、電気を帯びた宇宙線の粒子はその進行方向を曲げられ、地球への侵入が大幅に防がれているのである。

地球生命がどのように誕生したのかは詳しくは分かっていないが、様々な物質が十分に存在することや適度な地熱の存在なども生命の誕生には必要だったと考えられている。

このように地球は、生命にとってまさに“奇跡の惑星”である。生命が誕生し、存在しつづけるための好条件が奇跡的にそろっているのだ。では、地球は超自然的な存在である創造主が、生命が誕生できるように様々な条件を微調整して誕生したのだろうか? 当然ながらそうではない。

太陽系には八つの惑星があるが、他の多くの恒星も同様に惑星をもつことが分かっている。太陽以外の恒星の周囲をまわっている惑星は「系外惑星」と呼ばれており、2024年2月9日現在、5500を超える系外惑星が天文観測によって実際に発見されている。詳細は不明だが、おそらく大部分の恒星が惑星を従えているのだろう。私たちが住む天の川銀河だけでも数千億もの恒星が存在すると言われているので、惑星も同数程度は存在していると考えられる。これだけたくさんの惑星が存在するなら、その中に偶然、生命の生存に適した条件を満たす惑星があることは不思議ではなく、むしろ必然だと言える。生命が実際に存在している惑星が、生命の存在に必要な条件を満たしているのはむしろ当然のことなのだ。

もし宇宙が無数に存在していたら、物理定数の微調整問題は解決

この考え方をマルチバース(無数の泡宇宙)に適用してみよう。永久インフレーションによって、無数の泡宇宙が誕生し、それぞれの宇宙は物理定数や物理法則の一部が異なっている。その中には偶然、生命の存在に適した条件を満たした宇宙もあるだろう。そのような宇宙では知的生命が誕生し、科学を発展させ、物理定数などが生命の存在にとってちょうどいい、まるで微調整されているかのようになっていることに気づくかもしれない。もし私たちの宇宙が唯一のものならば、生命の存在に都合よく物理定数が決まっているのは奇跡にしか思えないだろう。しかしさまざまな宇宙が無数に誕生し、私たちの宇宙はその一つに過ぎないのならば、微調整されているように見えるのは不思議なことではなく、ある意味で当然のことだと言える。このような考え方は「人間原理」と呼ばれている。

人間原理の考え方は、物理学者や宇宙論の研究者に広く支持されているとまでは言えない。もしかすると、物理定数を今の値にする未知の仕組みがあって、それをまだ私たちが知らないだけかもしれないからだ。実際そうだとしたら、人間原理によって物理定数の微調整問題が「解決した」と考えることは、それ以上の真理の追究をストップさせることにつながるかもしれない。人間原理の考え方に批判的な研究者たちはそのように考えているようだ。物理定数の微調整問題がマルチバース宇宙論と人間原理の考え方によって本当に解決できるのか否か。それは今後の研究の進展にかかっていると言えるだろう。

さて次回は、近年大きな注目を集めている「ダークエネルギー」の微調整問題を取り上げる。ダークエネルギーとは、宇宙空間にあまねく満ちている謎のエネルギーのことだ。ダークエネルギーの微調整問題は既存の物理学理論では極めて解決が困難だとみなされており、マルチバース宇宙論が近年注目を浴びるきっかけにもなった問題である。お楽しみに。

第6回の要点

  • 物理定数や物理法則の一部は、泡宇宙ごとに異なっていると考えられている。
  • 私たちが住む泡宇宙の様々な物理定数は、生命の存在にとって非常に都合がよい値に“微調整”されているように見える。
  • クォークどうしを結びつける強い力がほんの少しでも弱かったら、炭素は誕生せず、地球生命は誕生しなかった。
  • もし宇宙が無数に存在し、それぞれの宇宙で物理定数が異なっているのなら、物理定数の微調整問題は解決する。

  1. ただし、私たちの住む宇宙で物理定数が本当に一定かどうかが調べ尽くされているわけではない。実際、わずかに時間的に変化している可能性なども理論的に考えられており、そのようなわずかなズレを見つけようとしている研究者もいる。そのようなズレがもし見つかれば、それは新しい物理学の理論を構築するための端緒になるはずだと期待されている。
  2. 中間子は一般にクォーク1個と反クォーク1個でできている。反クォークとは、対応するクォークの反粒子である。反粒子とは、対応する粒子と質量や電荷の大きさが同じで、電荷の符号が逆の粒子のことである。
  3. 人工的に合成された元素も含めると、元素の数は現在118種類が知られている。天然にそれなりの量が存在するのは原子番号92のウランまでで、それ以上原子番号が大きな元素(超ウラン元素)は、天然にほんのわずかに存在するだけか、人工的に合成されたものである。ウランよりも原子番号が小さい元素の中にも、原子番号43のテクネチウムなど、天然にはほとんど存在しない元素もある。
  4. ヘリウム原子核とベリリウム8原子核が融合すると、安定な炭素原子核より少しだけエネルギーの高い状態(励起状態)に一時的になる。励起状態の炭素原子核はその後、光を放出して安定な炭素原子核になる。ヘリウム原子核とベリリウム8原子核のもつエネルギーの和より、炭素原子核の励起状態のエネルギーが少しだけ高いという偶然がこの反応を実現させている(共鳴反応)。このエネルギー差は、反応前のヘリウム原子核とベリリウム8原子核がもつ運動エネルギーでちょうど補うことができる。
     また、単純に考えると、炭素原子核にさらにヘリウム原子核が融合すると、酸素原子核(陽子8個、中性子8個)ができそうに思える。しかしトリプルアルファ反応とは違い、この反応はエネルギー的に起きにくいことが知られている。もし炭素と同じような共鳴反応が起きるのであれば、炭素原子核は酸素原子核の合成反応によって消費し尽くされ、ほとんど存在しなくなってしまうはずだが、実際はそうはなっていない。これも強い力の強さがほどよい値を取っていたおかげである。
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