昔から根強く続いている考え方に、「症状とは、現実場面で解決できない葛藤について、外部に表出して、他人を操作するための、精神または身体の違和感である」というものがある。
確かに、全体とは言わないが、一部の症状は、これで説明できるような気がする。あるいは、これでしか説明できない。
例えば、かつての経験で、胃痛があったとして、その時に自分はどのように処遇されたかの記憶があり、葛藤場面にあたって、その記憶を手掛かりに、無意識のうちに、周囲の人たちを操作する手段として、あるいは、周囲の人に対しての一種のメッセージとして、発している。
