難聴と認知症

認知症の最大リスク要因は「難聴」
これまで認知症は、「高血圧」「糖尿病」「肥満」などが危険因子と言われてきました。しかし2017年に、英国の医学雑誌『ランセット』の国際委員会が、加齢による「難聴」も認知症のリスク要因の一つであると指摘し、さらに2020年、高血圧や糖尿病、肥満、飲酒、喫煙などの12の要因の中で、難聴が最も大きなリスク要因であると発表し、話題になりました。正直、われわれのような認知症を扱う医療関係者にとっても、驚きの報告でした。

その理由は明快です。難聴になると、社会的にどんどん孤立していくからです。

聞こえにくくなると、相手が言っていることがわからず、人との会話に参加するのがおっくうになっていきます。何度も聞き返すのが面倒になったり、恥ずかしいと感じるようになり、会話のテンポにもついていけなくなりがちです。家の中でも最小限の会話しかしなくなりますし、外でも人を話をしなくなります。社会との接点が減り、脳細胞への刺激がなくなり、認知症のリスクを高めることになるのです。

人と話したり、コミュニケーションをとったりすることは、脳細胞を活性化させるため、認知症の予防になります。中高年以上になってからの難聴は、それを阻害する働きがあるのです。

高い音から聞こえにくくなる
加齢による難聴の兆候が出始めるのは、個人差がありますが、50代くらいのことが多いようです。

最初は、高い音から聞こえにくくなってきます。子どもの声や鳥のさえずり、女性の高い声などが聞き取りにくくなります。

ただ、いきなりまったく聞こえなくなるわけではなく、音がところどころ抜けて聞こえるようになります。「聞こえてはいるけれど、相手が何を言っているかわからない」という状態です。

たとえばレストランや電車の中など、いろんな音がして騒がしかったりガヤガヤしたりするところで、こうした状態が起こりやすくなります。「こんにちは」なら、「こ」と「は」しか聞こえないなど、単語全体が聞き取れないので、途中で聞き返す必要が出てきたりして、会話についていけなくなるのです。そして進行すると、低い音も聞こえにくくなってきます。男性のほうが発症が早いといわれていますが、理由ははっきりしていません。

気を付けたい老親の難聴の兆候
加齢による難聴は少しずつ進むので、本人が自覚症状を持って訴えてくることはなかなかありません。また、「加齢だから仕方がない」と、あきらめてしまっていることも多いでしょう。ですから、帰省したときなどに、兆候が出ていないか、まわりの家族が気を付けてあげてほしいと思います。特に以下の6点に気を付けてみてください。

①聞き返す回数が増える
会話をしているときに「え?」「何て言ったの?」など、聞き返す回数が増えていないか、気を付けてみてください。

②会話がかみ合わない
会話の途中で聞き返すのは、本人も面倒ですし、話の腰を折るように感じて遠慮することもあります。聞き取れないまま会話に参加していると、話がかみ合わなくなることがあります。

③呼びかけても反応しない
子どもの高い声は聞き取りにくくなりやすいため、たとえば孫が後ろから呼び掛けても反応しない、といったことが起こります。

④会話中に前かがみになる
耳が遠くなると相手の話をよく聞こうとして、前かがみになって耳を近付けてくることが増えることがあります。

⑤電子レンジの音に気づかない
テレビやラジオの音量が大きくなるのは、難聴のわかりやすい兆候としてよく挙げられますが、加えて電子レンジや携帯電話、給湯器などが鳴っているのに反応しなくなったりすることも多いようです。電子レンジや給湯器くらいならよいのですが、警報などのアラーム音にも気付きにくくなることがあるので注意が必要です。

⑥外出が減っている
難聴だけが原因ではないこともありますが、外出が減るのも、聞こえが原因の場合があります。外で人に会っても会話が続かず面白くないなどの理由で、これまで積極的に参加していた地域の行事に行かなくなったり、よく一緒に出掛けていた友人と遊びに行ったりしなくなったりすることがあります。

「補聴器」で聞く力を補う
こうした兆候があった場合は、まずは耳鼻科で検査をしてください。聞こえにくくなっている原因が加齢による難聴かどうか、確認してもらいます。単に耳垢がたまりすぎている場合もありますし、聴神経に腫瘍ができているといった可能性もあります。

加齢による難聴は、治療することは難しいですが、認知症を防ぐためにも「補聴器」で聞く力を補うとよいでしょう。多くの耳鼻科には「補聴器相談医」と呼ばれる補聴器のプロがおり、補聴器が必要かどうか、どのような補聴器が良いか、などが相談できます。視力が落ちたときの眼鏡と同じで、本人に合った補聴器を使うことで、生活の質を維持することができます。補聴器は比較的高額ですが、医療費控除の対象になったり、補助金の対象になる場合もあるので、それも補聴器相談医に相談するとよいでしょう。
一言に「加齢による難聴」といっても、人によって聞こえ方や聞こえにくさは異なるので、補聴器を使う場合も細かい調整が必要になります。トレーニングやケアをしないと、自分に合う「聞こえ」になりません。ですから補聴器を買うときは、耳鼻科でしっかりアドバイスを受けて、本人に合った補聴器を選び、丁寧に調整してくれる販売店を見つけることが大切です。

補聴器も機械なので、多少の慣れが必要です。高齢になればなるほど、こうした機械を使うことに抵抗を持ったり、調整を面倒に感じたりして、せっかく買っても途中で使うことを断念してしまう可能性が高くなります。だからこそ、症状が進行してからではなく、できるだけ早いタイミングで検査をして、補聴器の利用を考えてほしいと思います。

聞き取りやすい話し方をする
耳鼻科での検査や補聴器の利用を考える一方で、本人が聞き取りやすい話し方をするようにしてあげてください。次のことに気を付けるとよいでしょう。

①ゆっくりはっきり区切って話す
早口でまくしたてると聞き取りにくいので、「ゆっくり」「はっきり」「区切って」話すことを心がけましょう。単語や文節を意識し、句読点のあるところを区切って話すと、聞き取りやすくなります。

②表情や口の動きをはっきりさせる
聴力が落ちてきている人は、相手の表情や口元を見て会話を理解しようとすることが増えます。楽しい話をするときは、楽しそうな表情や口の動きをするなど、非言語で伝わるコミュニケーションを大切にするとよいでしょう。

③正面から話しかける
後ろから話しかけると気付きにくいので、なるべく正面から話しかけるようにしましょう。正面からだと、「今から話しかけてくるな。集中して聞こう」という心の準備ができます。相手が聞こえにくいのではないかと思うと、つい耳元で話しかけたくなりますが、そうすると顔が見えないので表情が読み取りにくいですし、羞恥心をかきたててしまうこともあります。

早めに気付いてあげることが大事
加齢による難聴は、気候や気圧の変化により、多少聞こえにくさが変わることはありますが、基本的によくなることはほとんどありません。治療よりも、いかに聞こえにくさをカバーするかを考えた方がよいでしょう。

まわりが、聞き取りやすい話し方をすることは重要ですが、やはり早めに補聴器を取り入れることをお勧めします。補聴器をつけることで、会話にスムーズに参加できれば、周りと楽しくコミュニケーションをすることも可能になります。それが人生を豊かにし、認知症を防ぐことになります。ただ、年をとるほど、「加齢だからどうしようもない」と諦めて病院に行きたがらなかったり、補聴器を使うことに抵抗も強くなるので、補聴器に慣れるためにも、認知症リスクを早めに下げるためにも、早めに兆候に気付いて対応してほしいと思います。

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