精神疾患である統合失調症とは?
統合失調症は、人種、民族、地域を越えて、その生涯有病率の0.6~1.9%と言われる精神疾患の1つである。むかし精神分裂病と呼ばれた時代もあるが、無用な社会差別や誤解を生んだため、いまでは統合失調症と改名されている。近年ではこの疾患の入院患者が減少傾向にあるとはいえ、日本でも数十万人の入院患者がいて、病院のベッド占有率は最も高い。思春期以降に、ありもしない悪口が聞こえてきたり、支離滅裂な話をすることで、この病気が発見される。でも発症早期に薬物治療を開始すると、かなりの治療有効性を発揮することが知られ、患者の社会復帰も可能となる。
アメリカの診断基準(DSM4)に従えば、幻覚、妄想、解体会話、緊張行動、陰性症状のいずれか2つ以上を1ヶ月以上に渡り呈することが最低必要条件になっている。この診断基準によれば類似した疾患に、統合失調症様障害、短期精神病障害、失調感情障害、妄想性障害、双極性障害などがあり、病態の期間、感情障害の有無などで区別されている。これらの診断は精神・心理症候で医師が問診を通して判断するものであって、決して生物学的、遺伝学的な根拠があるものではない。このように、統合失調症は、病態に不連続性のある特異な疾患であるというよりは、おおきな精神病症候群のひとつの区分であると考えたほうが妥当かもしれない。
統合失調症は遺伝病?
教科書的には、統合失調症の一卵性双生児の発症一致率が50%、患者の親から生まれた子供の発症率は10倍に上昇するなどの事実から、遺伝の関与が強く示唆されている。実際にも、患者が多発する濃厚家系があちこちに存在する。しかし、多くの家系発症の場合、たとえばDISC1遺伝子転座家系でも、統合失調症だけではなく、強迫性神経障害、感情障害など、多様な精神病が混在しているし、また、転座を持っているにもかかわらず正常な家族もいる。数千人以上を対象とした遺伝学的な家系解析や同胞対解析、SNP解析によって、NRG1、COMT,DISC1など数十の候補遺伝子が報告されているが、その疾患リスクへの貢献度(オッズ比)はすべて1.5倍以下である。したがって、これらの遺伝子は、原因遺伝子、連鎖遺伝子、リスク遺伝子と呼べるものではなく「関連遺伝子」と現在では称される。
多くの統合失調症の遺伝研究の蓄積はあるものの、いまや単一遺伝子でこの疾患を解説するのには無理がありそうだと言われている。それに代わって登場した仮説がCommondisease-commonvariantの仮説である。つまり、遺伝子個々の疾患貢献度は低くとも、頻発する当該遺伝子多型が数十個、集まれば発症にいたるという仮説である。しかし、2008年のTheWellcomeTrustCaseControlConsortiumによる数千人規模のゲノムワイド関連解析でも、旧来の候補遺伝子が確認されることはなかったし、メタ解析でもその正否は分かれる。そこに登場した次の仮説が遺伝子のコピー数多型(CNV)の関与である。旧来のSNP解析技術では無視されてきたゲノム変異であり、新規の変異や多型が多く発見されているのだが、統合失調症においてはその変異部位には患者間の共通性がすくなく、Commondisease-commonvariantの仮説に反する結果となっている。
統合失調症のサイトカイン仮説
数十万人規模の疫学的な研究でも、環境のなかに統合失調症に関連する関連因子がいくつか見つかっている。たとえば、妊娠母体のインフルエンザ感染、周産期障害(低体重出生)などである。オッズ比、有意確率など、上記関連遺伝子に勝るとも劣らない因子として重要視されている。結果、現在の最もポピュラーな統合失調症の解説として、脳発達障害仮説が提唱されている。遺伝因子と環境因子が相互作用をして、脳の発達を障害した結果、この精神疾患の発病に至るというものである。実際にも、この仮説に基づいて、妊娠したネズミや生まれたてのネズミをインフルエンザウイルス感染させたり、低い酸素濃度に暴露させたり、強い炎症をおこさせたりしたら、その後、動物は確かにいろいろな異常行動を示すようになるのである。
最新の研究によると、モデル動物が異常行動を示す原因は、脳のウイルス感染や神経細胞死ではなく、免疫や炎症反応に伴って誘導されるサイトカインと呼ばれる蛋白が原因ではないかと提唱されている。実際に、このサイトカインという蛋白は、ヒトでも癌の免疫治療やウイルス肝炎治療に処方されているが、精神症状が副作用として出る場合がある。そこでウイルスや低酸素に代わって、生まれたてのネズミにこれらインターロイキン(IL)やインターフェロン(IFN)、上皮成長因子(EGF)などの炎症性サイトカインを注射すると、慢性的な異常行動を示すようになる場合があった。また、その異常行動の発生時期やパターンは、投与したサイトカインの種類、量、時期に依存していた。実際に、このサイトカインという蛋白は、ヒトでも癌の免疫治療やウイルス肝炎治療に処方されているが、精神症状が副作用として出る場合がある。このことは、サイトカインと脳機能(精神)には密接な関係があることを示唆するものである。
統合失調症の研究が難しいのは?
最後にもう一度、原点に返って統合失調症研究の問題点を考えてみよう。この疾患に対する研究には、①患者を対象にしてゲノム、脳画像、脳波等を調べる「臨床研究」、②動物モデルを作って認知行動異常に係る遺伝子、シグナル薬理作用を研究する「基礎研究」に大別される。「臨床研究」の問題点は、この疾患に生物学的な定義が存在しないことがあげられる。現在の診断学は患者の心理症候に依存しているので、極端な場合、担当医、病床期などで違う精神疾患へと診断が変化することであすらある。その意味で、統合失調症は、病因や経過の異なる多用な疾患集合体で、生物学的に不均一な症候群ではないかといわれている。また「基礎研究」での問題点は、ヒトとマウスの脳機能、精神機能の相違である。統合失調症の定義は、「悪口される幻聴」といったヒト特有の高次脳機能(心理症候)に全て依存しているが、これをマウスに当てはめるのは不可能な点である。
従って、モデル動物の科学的妥当性の評価に、また精神疾患の科学的診断に、信頼にたる生物学マーカーを同定することが急務と考えられる。残念ながら、「統合失調症」を研究するということが、生物学的に何を研究しているのか正確に答えられる人はいないのが現状かもしれない。しかし、その答えはわずか1300グラムの我々の脳の中に隠されている。(新潟大学脳研究所・脳研コラムより)