プロパガンダは支配の重要な要素である。アメリカではウッドロー・ウィルソン政権下の1917年4月に設立されたCPI(広報委員会)が組織的プロパガンダの始まりだと言えるかもしれない。委員長に選ばれたのはジョージ・クリールだ。(Chris Hedges, “Death of the Liberal Class,” Nation Books, 2010)
クリールの下で働いていたエドワード・バーネイズは精神分析学の創始者であるジークムント・フロイトの甥にあたり、1929年には女性の喫煙を推進した「自由のたいまつ」なるキャンペーンを成功させ、54年にはユナイテッド・フルーツに雇われてCIAのグアテマラにおけるクーデターを正当化する宣伝を展開した。
第2次世界大戦後におけるアメリカのプロパガンダで「モッキンバード」が果たした役割は大きい。これは1948年にスタートしたCIAの極秘プロジェクトで、責任者はコード・メイヤー。実際の工作で中心的な役割を果たしたのはアレン・ダレス、ダレスの側近だったフランク・ウィズナーとリチャード・ヘルムズ、そしてワシントン・ポスト紙の社主だったフィリップ・グラハムだという。(Deborah Davis, “Katharine The Great”, Sheridan Square Press, 1979)
同じ時期、CIAはヘルムズ長官の下、人間の心理を操作する研究も進められていた。「MKウルトラ」だ。ヘルムズは退任時に関係書類の廃棄を命令し、後任のウィリアム・コルビーも工作の詳細を知らないというが、個人や集団を操る技術を研究していたことは間違いない。プロパガンダの技術は企業の「宣伝」にも応用されている。