医学生 社会経済的背景

医師の地域・診療科偏在対策は、卒後の研修やキャリア形成の過程に限らない。どんな学生を医学部に入学させるかが、卒後の進路にも影響を与え得る。
 医学教育に長年携わり、日本医学教育学会理事長も務めた岐阜大学名誉教授の鈴木康之氏らは、科研費で2020年度から3カ年で「我々は将来の医療を誰に託すのか?:医学部入学者の社会的背景の解明」に取り組み、2023年度からは3カ年で「我々は将来の医療を誰に託すのか?:医学部入学者の多様化推進に関する政策的研究」を実施中だ。
 2021年に全国の医学生1991人らの協力を得て社会経済的背景を調べた調査では、世帯年収が1800万円以上の家庭が4分の1を占め、医師の子弟・子女が 30%を超え、大都市圏出身者でこれらの指標がより顕著であることなどが明らかになった。
 鈴木氏は「国民の多様な医療ニーズを満たすためには、多様な医学科志願者に対してどのように門戸拡大を図るかが課題だ」と指摘する(2024年6月20日にインタビュー。全2回の連載)。


「教育だけで良医を育てることができるか」

――先生はどんな経緯から、医学生の社会経済的背景に着目した研究に取り組まれるようになったのでしょうか。

 私は小児科医ですが、2001年から岐阜大学の医学教育開発研究センターで教育を主担当するようになりました(編集部注:2005年から2015年までは同センター長)。医学部の中でどんな教育を行えば、優れた医師として育っていくかに焦点を当てて研究をしてきました。

 その一環で、例えば高齢者と交流する地域体験実習、市民参加の医療面接実習など、医学生が患者や市民と交流するカリキュラムを取り入れてきました。私自身にとっても患者や市民の声を直接聞く機会になり、医師や医療に対する感謝や期待の言葉が聞かれる一方、医師の態度や言葉遣いに対する苦言も度々耳にしました。

 「優れた学生を選抜し、医学教育の改善に取り組んでいるのに、なぜそのように言われてしまうのか」「教育だけで良医を育てることは可能なのだろうか」――。教育の重要性は言うまでもありませんが、教育にも限界があり、どんな医学生を入学させるか、根本に立ち返って検討する必要があるのではないか、との思いを抱くようになりました。そのためにはまず、どんな社会経済的背景を持つ学生が入学しているのか、その現状を把握する必要があるとの考えに至りました。

 もっとも、現役時代はこの研究に着手できる余裕はなかったのですが、定年を前にこの研究だけはしておかなければと思い、仲間と相談しながら取り組みを始めました。

 2020年度からの「我々は将来の医療を誰に託すのか?:医学部入学者の社会的背景の解明」では、全国の82の医学部のほか、歯学部、薬学部、看護学部などの協力を得て大規模な調査を実施しました。医学部生については、42医学部の協力を得て、医学部3、4年生の計1991人から回答を得ています。親の年収、親の職業、学生自身の出身高校など多岐にわたる項目を調べ、医学部生の属性が他学部生とどのような相違があるかを比較分析しました。

 その結果は2023年9月のBMJ Openに掲載されました(Impact of medical students’ socioeconomic backgrounds on medical school application, admission, and migration in Japan: a web-based survey. BMJ Open 2023; 13: e07355)。

国公立のみ受験は全体の4分の1にすぎず

――様々な調査をされています。事前にある程度、結果は想定されていたと思いますが、想定通りの結果だったのでしょうか。意外に思った点はありますか。

 医学部生は他学部生と比較して恵まれた家庭・教育環境にあることは予想していましたが、想像以上にその差の開きが大きかったですね。

(BMJ Open 2023; 13: e07355による)

 例えば親の世帯年収ですが、医学部生は「年収1800万円以上」が25.6%、「年収1000万~1800万円未満」が30.9%、計56.5%で半数を超えます。医学部と歯学部の学生は、薬学部生と比較しても有意に高く、庶民感覚からすれば、「相当豊かな家庭環境で育った医学生たち」です。

 医学生の中でも、▽私立と国公立、国公立と地域枠(卒業後に一定期間、地域で勤務する約束で入学する学生。奨学金が受給される)との間、▽関西、関東などの大都市圏出身者と、九州/沖縄や北海道/東北出身者との間――では、世帯年収に有意差が見られました。

 もう一つ、意外だったのは国公立の医学部しか受けていない学生は4分の1(25.8%)しかおらず、4分の3は私立医学部も受験していたということです。もちろん私立を「お試し受験」する人もいると思いますが、私立に合格したら入学する意思を持つ医学生が4分の3もいるのかと思いました。これも今の医学生が経済的に余裕がある人が多いことを反映しているのだろうと思います。

 昔は今よりも国公立と私立を受験する層がはっきり分かれていたのではないかと思いますが、今はオーバーラップしてきているということかもしれません。経済的事情から国公立しか受験できない学生にとっては、医学部の門戸はとても狭いと推測されます。

 親が医師である医学部生は33.2%でしたが、これは昔のデータと大差ありません。ただ、昔と比べて、私立では医師の子弟・子女の割合が減る一方、逆に国公立では増えており、この点でも「国公立と私立の学生の背景や雰囲気は昔よりも近くなってきた」と実感として感じている教員は多いようです。

――「親が高収入」という指標は、学費が高い医学部に入学させることができるだけではなく、親自身が高学歴で、教育熱心という事情も示唆するものですか。

 その辺りも現在、分析中ですが、確かに親の学歴と年収は比例する傾向が見られています。もっとも、それがそのまま子どもの能力差に直結するかは疑問が残ります。医学生に限らず、家庭環境が子どもの将来の社会的、経済的、文化的達成と関係するという社会学の研究がありますが、親の学歴や年収が低い家庭の子どもでも、優れた教育機会を提供したら、能力を伸ばせる子どもたちも多くいると思うからです。

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