映画「8年越しの花嫁」の題材となった病気は、抗NMDA受容体抗体脳炎です。これは、体内で産生された抗体が脳を攻撃する自己免疫性脳炎の一種で、発症率は300万人に1人とされています。若い女性を中心に全国で年間推計約1000人が発症し、小児でも発症することが報告されています。
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婦人科の先生に訊くと、
脳炎ですが、婦人科に関係する病気なのです。卵巣にできる卵巣腫瘍の中で、悪性が卵巣がん、良性が卵巣のう腫です。卵巣腫瘍の中で最も多いとされる、良性の卵巣皮様嚢(のう)腫(奇形腫)が、この脳炎患者さんに最も多く合併するのです。
この脳炎はまれな病気で、皮様嚢腫があるからと言って発症するわけではありませんが、脳炎患者さんの40〜60%に皮様嚢腫が合併するそうです。脳炎を起こす場合、皮様嚢腫は7cm以上が多いそうですが、それ以下の小さな皮様嚢腫でも起こることが報告されています。その他、卵巣皮様嚢腫は、最も多いトラブルが「茎捻転」で、嚢腫が大きくなると、ねじれて卵巣自体の血行が途絶え、痛み、また、卵巣が壊死してしまうことがあります。皮様嚢腫は年齢を問わずできる腫瘍ですが、年齢が高くなるとまれですが悪性転化(がん化)することもあります。
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別のお医者さんは次のように書いています。
今の若者は、素直に恋心をはじけさせることの出来る才能が備わっている。それは戦後の男女共学を通して日本人が学んだ最大の教育の財産なのかもしれないが、ハリウッド映画もこれに一役買っている。朝起きてキスをし、夜寝る前に愛していると言ってハグをしキスをする。ハリウッド映画はそんなアメリカ人の日常を余すところなくスクリーンに映し出してきた。観ている日本人はそれが世界の日常であるかのように感じたはずだ。しかし性にオープンな欧米では、その弊害として、「me too」運動に繋がるセクハラ事件が起こり続けていることもまた現実である。幸い日本ではこうした告発は少ないが、欧米ではこの運動に端を発し、ディレクター、監督などの映画関係者の生々しいセクハラが次々に暴露され続けている。
一方、ハリウッドスターの離婚歴もすごい。2,3回の離婚・結婚はざらだ。スティーブ・マックイーンは何度目かの妻、アリ・マックグローに「君のことは愛しているけどもう恋していない」と「名言」を吐いて別れたが、枯れた域に達しようとしている自分としては、やはり「君のことを愛しているし、ずっと恋している」と妻に言って人生を終えたいものだ。
『無法松の一生』の松五郎は、九州男児を地でいくような小倉の車引きであった。いじめに遭っていた「ぼんぼん」を助けたことで自宅に招待されるが、それ以来、ずっと美しく気品がある吉岡夫人のことを慕い続ける。若くして未亡人となった彼女と一人息子である「ぼんぼん」のための半生を送るが、自分が彼女に寄せる思いを言葉にすることが出来ないまま、3通の通帳を残して逝った。吉岡夫人名義のもの、ぼんぼん、吉岡敏雄名義のもの、そして自分名義のもの。吉岡夫人から盆暮れにもらったご祝儀は手をつけないで封筒のまま押入れに大事にしまっていた。松五郎にとって、自分の吉岡夫人への思いが、一体恋であるのか何であるのか、理解も説明もできないまま人生の幕を閉じた。明治の世相がなせる業である。監督稲垣浩はこの明治男の恋物語に魅せられて二度映画にした。一度目は坂東妻三郎、二度目は三船敏郎が松五郎を演じた。今なお永遠の輝きを放つ松五郎のラブストーリーは二度目の映画で見事に世界の人々の心を掴み、ヴェネツィア映画祭賞を手にした。今からちょうど60年前のことである。
ドライな人間が増えたと言われる今の日本にもこの松五郎につながるような男がいる。映画「8年越しの花嫁」(瀬々敬久監督)に登場する西澤尚志である。この映画は実話をもとに忠実にストーリーが展開されていて心に迫る。
西澤尚志(佐藤健)は岡山の自動車修理工場「太陽モータース」で働く生真面目な男だ。もう27歳になるというのに恋人もおらず、もっぱら関心は自動車に関することばかりである。しかしその仕事ぶりは同僚や社長から一目置かれていた。運命の日2006年3月17日、彼は腹痛を押して気が乗らないまま合コンに行くことになる。何とか義理を果たしたと思った帰り際、宴会中、彼を不愉快そうに見つめていた中原麻衣(土屋太鳳)に呼び止められる。「あんた何よ、あの態度。合コンが台無しじゃない」。尚志はしどろもどろに腹痛のことを打ち明けて誤解を解くと、麻衣は納得して去っていった。後日、彼女から丁寧なお詫びのメールが届く。そしてとんとん拍子に二人の距離は縮まっていき、当然のように恋に落ちていく。
年明け早々、尚志は意を決して告白する。「結婚しよう」。尚志の唐突な言葉にも、出会いの日から愛をはぐくんできた麻衣は込み上げるものを抑えきれず頷く。その時岡山では有名な結婚式場の前を通りかかる。「私、ここで結婚式を挙げるのが夢だったの」。即座にウエディングプランナーに会い、二人が出会った3月17日に挙式をすることにする。
その後結婚式まで順調に時が流れるはずだったが、麻衣の様子がある日を境におかしくなっていく。彼女は幻覚、幻視を訴え暴れるようになったのだ。尚志は慌てて病院に運ぶが、間もなく意識がなくなり人工呼吸器につながれた彼女は、全身がむくみ、まるで別人のような風貌になってしまう。それでも尚志は毎朝病室に足を運び、彼女が治ったときのためにと携帯電話の動画に丹念に闘病の様子を残すようにする。
「抗NMDA受容体脳炎」。それが彼女の病名だ。卵巣に奇形腫ができ、その細胞が産生する蛋白質に対し抗体が作られ、それが脳のNMDA受容体を攻撃し脳が機能しなくなる病気である。300万人に1人の奇病、難病で、麻衣の意識は約束の3月17日が過ぎても依然戻らない。尚志は今年はダメでもきっと来年には回復すると信じて式場のキャンセルをしなかった。
延々と重苦しい時間が流れていく。2008年になっても変わらない麻衣の状態に、彼女の両親は絶望の中で、尚志に対して重い口を開く。「もう君はいいと思うんだ」、「どういうことですか」、「もう麻衣のことは忘れてもらっていいんだよ。きみは家族じゃないんだから」。「家族ではない」。尚志はその言葉に傷つきながらも結局麻衣の元を離れられない。
奇跡は起こり始める。2009年になり麻衣は少しずつ回復し始め、2012年3月には普通に話せるまでに快復し、記憶も少しづつ戻り始める。しかし尚志にとって絶望的な事実を突きつけられることになる。「麻衣、俺のこと、覚えてないの?」そう言われても目の焦点が合わない麻衣。ある程度回復しても知らない男がずっと傍にいるだけなのだと知った尚志は、この出来事から彼女を思い出の場所に連れ出し懸命に記憶を呼び起こそうとする。しかしそれも結局徒労に終わり、当惑する彼女の姿を観た彼は、これ以上苦しめたくないと考え、思い出の詰まった岡山を後にして小豆島の小さな修理工場で働き始める。
病気になり6年経ち麻衣はやっと退院する。彼女はある日偶然、件の結婚式場のウェディングプランナーに出会うが、尚志が今なお3月17日の予約を解約していないことを聞いて驚く。3月17日??麻衣はふと手元にある古い携帯電話のパスワードに「0317」と入力してみる。今まで決して開けなかった携帯が開き、闘病の中で尚志が懸命に送り続けた何百通ものメールが次々に届き始めるではないか。そして彼女の闘病の姿を映し出す動画の数々が収められている。麻衣の記憶が急速に蘇り始めた瞬間である。そして2015年3月17日。実に8年越しの恋を実らせ二人は件の結婚式場で見事ゴールインし、同じ年、第一子誕生する。何という奇跡。
脳の感染症や腫瘍などに伴い産生された抗体によって脳炎症状がおこる2次性脳炎症の中で、脳の神経伝達物質の受容体に抗体が結合し、障害を起こすものがいくつも報告されているが、これらは比較的予後が良いとされる.抗NMDA受容体抗体脳炎は,麻衣のように若い女性の卵巣の奇形腫が原因となり,情動を司る脳の辺縁系が障害されることが多いため、彼女のように精神症状で発症することが多い。脳細胞の決定的な傷害までには至らず、脳細胞表面に抗体が結合することにより機能抑制がおこり脳炎症状を起こすと考えられている。このタイプの脳炎は抗体が徐々に除去され、何年か経過して脳の機能が回復することがあるが、麻衣のケースはその中でも極めて珍しい。こうした脳の受容体を攻撃する脳炎としては、このほかに抗voltage-gatedpotassium channel(VGKC)抗体脳炎がよく知られているが、このタイプは男性に多い。今後更にさまざまな抗体による脳炎が明らかにされていくものと思われる。
大切な人に降りかかった土砂降りの雨のような災難の中で、自然と傘をさしかける尚志の様に私も男としてかく生きていきたい、そしてかく逝きたいと願う。私も最愛の人に災いが降りかかれば全力で守っていきたい。若い頃は傲慢にも一時間でも家内より早く逝きたい、家内が命を閉じる状況だけは受容できないと考え続けていた。しかしそれはエゴイスティックな一方向の愛だ。きっと私を深く想っている妻は私がいなくなったら寂しがるだろう。だったら・・・彼女より一時間でも長く生きていたいとふと考えるようになっている自分に驚く。その時が来てみないとわからないことだが。
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「抗NMDA受容体脳炎」とは、具体的にどんな病気なのでしょうか?
これは、卵巣などに発生した腫瘍が原因で、細菌から身を守るはずの抗体が自分の脳を攻撃するようになり、脳炎を発症する急性疾患です。幻覚・幻聴・妄想などに苛まれたり、突然興奮状態になるなど、統合失調症に似た症状が出ます。また、本作のヒロインのように昏睡状態になってしまうことも。
発症率は100万人に0.33人と極めて少なく、その症状が特殊だからか、過去には「悪魔憑き」とされる事もあったとか。映画『エクソシスト』の原作のモデルとなった少年を襲ったのは、この「抗NMDA受容体脳炎」だったのでは、ともいわれています。
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クロエ・グレース・モレッツの主演作『彼女が目覚めるその日まで』も、「8年越しの花嫁」と同じく、抗NMDA受容体脳炎と闘った女性の実話を描いた作品
映画『彼女が目覚めるその日まで』は、スザンナ・キャハランが自身の闘病記を綴ったノンフィクション小説『脳に棲む魔物』を映画化した作品です。
スザンナ・キャハラン(英語版)は『ニューヨーク・ポスト』で働く新米の記者だった。彼女には恋人(スティーヴン)もおり、公私ともに順調な日々を送っていた。しかし、彼女は突然幻聴をはじめとする謎の症状に苦しめられるようになった。それが原因で常軌を逸した言動を取ることがしばしば見受けられるようになった。やがて彼女は何かの発作を起こしてしまい、直ちに病院へと搬送された。
病院にやって来たスザンナの父親(トム)は自分に真っ先に連絡しなかったスティーヴンを詰った。トムが冷静さを取り戻した後、スティーヴンは両親の元での療養をスザンナに勧めたが、彼女はそれを拒否した。しかし、最終的に、スザンナは母親(ローナ)の下で治療に専念することになったが、またしても発作が起きた。医者は過労と睡眠不足が原因だと診断したが、スザンナ自身は双極性障害の可能性を疑っていた。献身的に娘を看病していたローナだったが、度重なる発作に疲れ果て、トムに助力を仰いだ。それでもなお病状が好転しなかったので、両親はスザンナの入院治療を希望した。しかし、医者が検査を重ねても異常は見当たらなかった。
統合失調症患者向けの治療も試みられたが、症状は悪化する一方であった。病院はサウエル・ナジャール医師の協力の下、スザンナの病因の解明に努めた。ナジャールがスザンヌに時計の絵を描かせたところ、彼女は全ての数字を右半分に配列した。このことから、ナジャールは右脳に何らかの異常があるのではないかと判断した。病理検査の結果、スザンヌは抗NMDA受容体抗体脳炎であったことが判明した。説明を簡単にするべく、ナジャールは「脳に棲む魔物」という比喩を用いてスザンナの家族に説明した。
7ヶ月後、スザンナは無事に職場に復帰することができた。事の子細を知った上司のリチャードはスザンナに体験談をまとめてはどうかとアドバイスした。それを受けて、スザンナは『脳に棲む魔物』という自叙伝の執筆を始めるのだった。
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