卓球を見ていて思ったこと
相手のラケットがボールを打って、ボールのコースと回転を読解して、自分の方針を決めて、ボールを打つ。
最初はゆっくりでないと打てない。しかし練習しているうちに、回転するボールも打ち返せるようになる。
ところが最近の神経学の理解では、人間が視覚情報を視覚野に送り、ボールのコースと回転を分析し、情報処理して、運動神経に伝達し、運動野から脊髄神経を通って、末梢の筋肉に至る迄、いくつかの神経を経由している。神経細胞の内部では電気信号として伝わるのであるが、神経細胞間はシナプス間隙があり、そこは神経伝達物質が情報を伝達する。アセチルコリンとかセロトニンとかドパミン、ノルアドレナリンなどがある。とすると、網膜、視覚神経、視覚野、分析、意思決定、運動合成、運動野、末梢神経まで、いくつかの神経伝達物質が放出されてレセプターにキャッチされて、情報が伝達されてゆく。
とすると、神経系の伝達処理に時間がかかりすぎる。卓球は分かりやすい例だが。例えばバレーボールのスパイクをレシーブするとして、神経伝達よりもボールが早い。
野球でも、投手の手からボールが離れて、打者の手元に届くまでの時間と、神経伝達速度を比較すると、神経伝達速度が遅いので、バットに当たらないはずである。
卓球でもバレーボールでも野球でも、神経伝達策度の遅さを補うのは、予測である。
勿論、できるだけ精密な観察をする。この選手がこの打ち方で来るときは、こんなボールがこの辺に来るという予測の精度を上げるために、相手のすべての状況と動作を読む必要がある。
プロ野球でサイン盗みの話がときどき話題になる。ヤンキースのジャッジが怪しいとか。普通の人間は、メジャーのピッチャーのボールの場合、球種が分かっていても、さらにボールの位置が分かっていても、なかなか打てないだろう。しかしプロのバッターは、球種が分かっていれば打てるらしい。
サイン盗みしていなくても、投球動作の癖を知っていれば、ストレートかスライダーかわかることもある。昔の話、山本浩二は江川卓を良く打った。山本が解説者になったときに、江川のボールの一球ごとに、ストレート、カーブと見事に言い当てていたことがある。山本は、江川の癖のポイントは説明しなかったが、球種が分かっていたから、よく打てたのだろう。二人は法政大学の先輩後輩であり、後輩の江川が打たれるのは仕方のないことだとの意見もあったし、江川も引退してからそのようなことを言っている。
人間の運動系では、練習をすると、いちいち運動系とかを通過しないでも、小脳が肩代わりして、素早く反応できることが知られている。
自転車に初めて乗る時は大脳の運動野を働かせているので、簡単には乗れない。しかし慣れてくると小脳で自動運転できるようになるので、片手運転、スマホを見ながら、必要なら傘もさして、自転車に乗ることができるようになる。
練習するというのは、視覚野から情報処理、意思決定、運動プログラムの出の一連のセットを小脳が覚えることなのだろう。そのように鍛えておいて、あとは、観察である。なるべく早い時点で意思決定をして運動を始める。
相手のボールがネットに引っ掛かったときには空振りをしていたりもする。あるいは相手コートにわずかに入らずオーバーした時も、空振りしている。これはコートに入って跳ね返ったところを打つつもりで動いているので、たぶん、ぎりぎりでコートに入って跳ね返ったときにはきちんとボールを打ち返せるようなスイングをしているのだろう。
目から筋肉までの伝達時間が少ないほどいい。意思決定するための観察完了時点は早いほどよい。もし前者が遅くても、後者が早かったら何とかなる。しかし相手も工夫するので、フェイント気味に打つこともできる。そのフェイントに引っ掛かるようだと勝負は終わっている。しかし運動神経がよければ、試合中に学習することができる。
予想よりもスピン量が多くて対応できなくても、1セットもあれば、観察も小脳運動セットも調整することができるようだ。オリンピック選手はそんな感じ。平野が韓国人選手と当たって負けた時、最初は調整ができていなかった。後半になって調整は出来て、追いついて、先にマッチポイントを握ったのだが、そこから再度逆転された。韓国選手は平野を学習して、観察のコツをつかみ、小脳セッティングも変化させたのだと思う。
運動神経がいいということの内容は、半分は観察であり、半分は小脳セットの完成度と変更の速さなのではないかと想像する。
サッカーの長谷川選手は観察が素晴らしいことをテレビ番組の中で実証していた。フィールドの中で、瞬間のうちに、相手選手と味方選手がどの位置にいるか確認して、パスの位置決定をする空間把握能力である。
小脳運動セットをいくつも完成させて持っておくこと、そしてそのどれを使えばいいのかの判断が早いこと、このあたりが運動神経がいいということの内容だと思うが、この前半部分の、運動セットの完成はつまり学習である。学習して、特定の神経伝達セットを作り上げること。
個人的には、学習がうまくいかず、不適応なテンプレートができてしまい、かつ、それを繰り返してしまう(訂正できない)のが、不安性障害の説明になると思うのだが、これは上記の運動セットの形成と同じプロセスである。
パニック障害、閉所恐怖症、高所恐怖症、強迫性障害、など、不安系の病気は、学習理論で説明できる部分があると思う。そうであれば、治療の仕方は運動選手の練習と同じになるはずである。だから認知行動療法が有効である。
図解すればいいと分かっているがいずれ考える。