認知機能の障害

認知機能の障害は、脳損傷後の高次脳機能障害やアルツハイマー病やパーキンソン病などの変性疾患のみでなく、多くの精神疾患でも認められます。

そのほか、脳梗塞や脳出血・慢性硬膜下血腫・脳腫瘍・脳炎・正常圧水頭症など脳の病気、クロイツフェルト・ヤコブ病などの感染症などが原因で機能低下が見られたり、甲状腺機能低下症やビタミンB12 欠乏症、脱水など内科系の病気が原因でも起こることがあります。

器質性疾患と機能性疾患中枢神経疾患には器質性疾患と機能性疾患がありますが、神経細胞の外傷例えば交通事故による頭部外傷、脳血管障害による神経細胞の障害、その他腫瘍、髄膜炎・脳炎などによる神経細胞の障害、糖尿病・腎障害などによる神経細胞の障害、認知症など神経細胞の脱落等々のよって精神症状が出現する場合器質性精神疾患といいます。一方、上記の中枢神経系の障害がないにもかかわらず精神障害がおこる場合機能性疾患といい、機能性疾患には統合失調症、感情障害、不安障害、身体表現性障害、解離性障害等々があります。機能性疾患は神経細胞の働きの異常であり、伝達物質の過剰放出や過少と関係しているとされています。

<認知機能に影響を及ぼす主な疾患>

疾 患 名発 生 比 率原  因主 な 症 状
発達障害 15人に1人神経回路異常・脳成長異常、ニューロン形態異常、シナプス形態異常コミュニケーションと社会性の困難さ、年齢的に相応した言動などに不注意・多動・衝動性、知的発達には問題はないが「聞く」「話す」「読む」「書く」「計算・推論する」などの特定の能力を要する学習が極端に困難
高次脳機能障害 200人に1人 脳のいずれかの神経細胞の損傷 無気力、損傷部位による機能障害(失語、失認、抑制力)
認知症65歳超の10人に1人大脳皮質や海馬の神経細胞異常記憶、注意、実行機能の障害、視空間認識力、見当識の障害
うつ病5~10人に1人が一度は経験神経伝達物質の異常気分がしずみ、いろいろなことに興味が持てなくなる
(人格変化はなし)
統合失調症100人に1人神経伝達物質の異常自我障害(被害妄想)、思考障害(非論理)、感情障害(攻撃)
せん妄一時的でありデータなし神経伝達物質の異常注意障害、集中力欠如、幻視、妄想、異常行動、昏睡
高次脳機能障害

高次脳機能とは、知覚、記憶、学習、思考、判断などの認知過程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能を総称し、病気(脳血管障害、脳症、脳炎など)や、事故(脳外傷)によって脳が損傷されたために、認知機能に障害が起きた状態を、高次脳機能障害といいます。

右図にある項目は、高次脳機能障害のある人のチェック項目ですが、発達障害や認知症でも同様の症状があるケースは少なくありません。

高次脳機能障害の特徴でいうと重症の人ほど自己認識がなく、脳外科の分野で急性期の意識障害で区分していますが、重症の人はが自分でチェックしてもらうとほんとどチェックがつきませんが、これは「自己モニタリングの障害」であり、「病識の欠如」といいます。

認知症

認知症は、アルツハイマー病、ピック病、びまん性レビー小体病などをはじめとした神経変性疾患や脳血管性障害、甲状腺機能低下症、正常圧水頭症、など様々な原因により認知機能の低下(障害)が起こります。

認知機能低下は右図にあるように主として「記憶障害」「失語(しつご)」「失行(しっこう)」「失認(しつにん)」「遂行又は実行機能障害」などがあり、認知症の中核症状といわれています。

認知症の症状には「中核症状」と「BPSD」(行動・心理症状)に分かれており、認知機能に関係のある「中核症状」は脳の神経細胞が壊れることによって、直接起こる症状です。

中核症状である認知機能障害には、直前に起きたことも忘れる記憶障害、筋道を立てた思考ができなくなる判断力の障害、予想外のことに対処できなくなる問題解決能力の障害、計画的にものごとを実行できなくなる実行機能障害、いつ・どこがわからなくなる見当識障害、ボタンをはめられないなどの失行(しっこう)、道具の使い道がわからなくなる失認(しつにん)、ものの名前がわからなくなる失語(しつご)などがあります。

BPSDは、中核症状が起こることで、行動や心理面に現れる二次的な症状のことです。

BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)
認知症に伴う行動・心理症状のことで、中核症状の進行にって二次的に現れる精神症状・行動障害を指します。精神症状としては抑うつ、不安、幻覚、妄想、睡眠障害などが、行動障害としては暴力・暴言など攻撃的行動、叫声、拒絶、徘徊(はいかい)、不潔行為、異食などがみられます。

認知症の発症進行の過程は、右図のように疾患によって異なるとされています。

アルツハイマー病の場合は、潜在性に発症し,緩徐に進行し、近時記憶障害で発症することが圧倒的に多く、内容はエピソード記憶の障害とされています。

初期から無関心,意欲の低下は存在し,趣味の減少など社会生活範囲の狭小化を認、進行に伴い見当識障害や頭頂葉症状が加わります。

見当識障害は,通常進行に伴い,時,場所,人物の順番に障害されるとされています。(池田学、高次脳機能研究.29:222-228.2009)

認知症の詳しい説明は「認知症と認知機能」のページをご覧ください。

発達障害

発達障害は「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能障害であり、その症状が通常低年齢で発現するもの」と発達障害者支援法(平成17年度施行)で定義されています。

日常臨床で発達障害児・者の認知機能について、知能や言語能力、視聴覚認知、空間知覚、注意、実行機能、心理特性、対人関係特性などに関わるさまざまな能力を神経心理学テスト等で評価した上で、総合的な判断を下し、支援方法を提示することが一般的です。(認知神経科学,13(1),2011)

ICD10による分類ICD(International Classification of Diseases)は、WHOによる国際疾病分類で、国際的に使われている医学の診断基準であり、日本国内でも使用されています。発達障害として代表的なものには、以下のようなものが挙げられます。F8:会話および言語の特異的発達障害(言語障害) 学力の特異的発達障害(学習障害)
運動機能の特異的発達障害(発達性協調運動障害)
広汎性発達障害(自閉症、アスペルガー症候群など)F9:小児期および青年期に通常発症する行動および情緒の障害
多動性障害(注意欠如多動性障害)
素行(行為)障害(反抗挑戦性障害など)
小児期に特異的に発症する情緒障害(分離不安障害など)
小児期および青年期に特異的に発症する社会的機能の障害(選択緘黙、愛着障害など)
チック障害(トゥレット症候群など)
小児期および青年期に特異的に発症する他の行動および情緒の障害(吃音など)(「発達障害を理解しよう」:東京都福祉局より引用)

発達障害の詳しい説明は「発達障害と認知機能」のページをご覧ください。

精神疾患と認知機能

もともと脳器質疾患(神経疾患領域)で論じられてきた「認知機能障害」は、今ではほとんどすべての精神疾患において問題となっています。特に、統合失調症において中核症状の一つと考えられており、薬物療法(第二世代の抗精神病薬)によっても十分な治療効果が得られず、臨床上の課題となっています。(Davidson M,er al:Am J Psychiatry,166:675-682,2009)

うつ病の認知機能障害は主に記憶や注意、遂行機能(前頭葉機能)の領域に焦点があり、これらの認知機能に関して中核的な役割をする神経基盤がうつ病によって障害されるものと考えられています。(高野晴成ら:臨床精神医学38:393-400,2009)

双極性障害はうつ病以上に認知機能障害の重畳が深刻であり、認知症に移行する例もうつ病より多いとされています。うつ病ー双極性障害ー統合失調症の関係性を考える上で、認知機能障害は一つの鍵となりうる概念とされています。(Nakano Y,et al:J Affect Disord 111:46-51,2008)

また、アルコール依存の患者でも認知機能障害が残存していることなど、精神疾患における認知機能障害の枠組みが拡がっています。(Matsushita S,et al:Neurology of Aging,Third Editin:235-240.2010)。

認知機能障害に関係する精神疾患の詳しい説明は「精神疾患と認知機能」のページをご覧ください。

その他

<パーキンソン病>
パーキンソン病の認知機能障害は、手続き記憶障害、遂行機能障害、視空間認知障害、臭覚障害、社会行動障害、のほか、社会的認知機能として表情認知、意思決定、他者森林の推測機能のいずれにおいても異状がみられることが報告されています。(臨床神経;5:1-5,2011)

<甲状腺ホルモン>
甲状腺機能異常、特に甲状腺機能低下症は高齢者において疾患頻度が高く、認知症との鑑別において治療可能な認知機能障害、いわゆりteatable dementiの1つとして重要とされています。(Weytingh MD,et al:J Neurol,242:466-71,1995)

また、病的な甲状腺ホルモン低下症と認知症との関連だけでなくせんざいせいの甲状腺ホルモン異常が認知症に影響する可能性が検討され、特に潜在性の甲状腺ホルモン過剰が認知症に関連するという知見が多く示されています。(廣西昌也,日本甲状腺学会誌,8(2):60-72,2017)

<糖尿病>
2型糖尿病が神経変性疾患であるアルツハイマー病の発症を増やすのかは、いまだ不明な点が残されているものの、多くの研究によって徐々にその機序が明らかにされつつあります。インスリン抵抗性の関与、アミロイドベータ(Aβ)蛋白の産生、タウ蛋白のリン酸化の亢進、などその機序は単純ではないとされています。(Umegaki H et al:Geriatr Gerontol Int 13(1):28-24,2013)

高齢者の糖尿病患者では、高齢糖尿病患者では記憶、遂行機能(実行機能)、情報処理能力などの認知機能の領域が障害されやすいという報告があります。(Palta P et al. J Int Neuropsychol Soc 20: 278–291, 2014)

日本老年医学会では、75歳以上、HbA1c 8.5%以上、重症低血糖の既往、脳卒中の既往のある状況では認知機能障害の頻度が高いことを認識する必要があるとしています。

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