ゲームによる生活への影響
※ここでいう「ゲーム」の定義は、個人がテレビ受像機やディスプレイモニターを通じて行うコンピュータゲーム(VR等も含む)としています。
2000年初頭からゲーム脳に代表されるゲーム有害論がメディアで報じられ、テレビゲームによる様々な悪影響が社会問題のひとつとして捉えられていました。(森昭雄,ゲーム脳の恐怖 NHK出版,2002)
寝屋川調査(メディアの利用状況と認知などへの影響に関する
調査報告書 2005年)では、ゲームやネットを長時間行う子供たちにおいて、そうでない子供たちよりも、統計的に有意に高い割合で認められた前頭葉の機能低下に関係する項目十二が示されています。
また、攻撃的なゲームやインターネットに溺れる子どもたちは、仮想と現実の区別がつかなくなり、麻薬と同様の中毒症状を呈し、脳の前頭前野の発達を妨げられることが伝えられたり、子どもたちの心が、コンピューターやゲームから脳に入ってくる情報によって汚染されていることを記述した書籍が刊行されたりと、脳への悪影響を指摘するものが多くありました。
そのような中で、ゲームに熱中すると脳の前頭前野の働きが低下する「ゲーム脳」になるといった研究などが科学的検証を受けずに流布していること等があることを懸念し、2010年に日本神経科学学会が発表した研究倫理指針で、発表時には科学的根拠を明確にするよう求めた声明を発表しました。
「ヒト脳機能の非侵襲的研究」の倫理問題等に関する指針 改訂にあたっての声明(日本神経科学学会)
最近では、東北大学加齢医学研究所の川島隆太教授の研究グループが、ビデオゲームの長時間プレイが神経系の好ましくない神経メカニズムの発達と言語知能の遅れにつながることを示唆しています。
長時間のビデオゲームが小児広汎な脳領域発達や言語性知能に及ぼす悪影響を発見(東北大学加齢医学研究所プレスリリース.2016)
この研究は小児の縦断追跡データを用いて、ビデオゲームプレイ習慣が数年後の言語知能や脳の微小形態の特徴とどう関連しているかを解析し、長時間のビデオゲームプレイが、脳の前頭前皮質、海馬、基底核といった高次認知機能や記憶、意欲に関わる領域の発達性変化や言語性知能に対する影響に関連していることを明らかにしました。この論文は米国精神医学雑誌Molecular Psychiatryに掲載されています。(H Takeuchi,et al;Molecular Psychiatry 21,1781–1789,2016)
韓国は2011年から午前0時から6時まで16歳未満のオンラインゲームサイトへのアクセス制限を設ける「シャットダウン法」が施行されています。この背景には、ゲームセンターで80時間以上オンラインゲームに興じていたい少年が一種の血栓症で死亡する事故などがあったことにあります。2006年の韓国情報文化振興院が実施した調査で韓国全体の9.2%、青少年の14%がネット依存状態であるという結果が出て、インターネット中毒予防センターが開設されています。(橋本良明,教育と医学 739;60-6,2016)
◎暮らしのヒント 支援のポイント ~ サポートを考える ~ 家庭でコンピュータテレビゲームを手軽に楽しめるようになってから、技術はどんどん進歩して、いまではインターネットも活用して、さまざまなゲームを楽しめる時代になりました。また、昔はテレビは一家に一台でゲームとチャンネル近年では各部屋にテレビが備えられている場合も珍しくありません。インターネットゲームに使うパソコンもごく身近なものになりました。もちろん、スマホやタブレットを持っている人も多く、それにより移動中でも、ちょっとした空き時間にでも、ゲームをすることができます。 ゲームをする時間を自分でコントロールし、適度にゲームと付き合い、社会生活の中での交流や活動への参加とのバランスが取れた使い方ができると良いのですが、そうではない場合もあります。 過度にゲームにはまった状態になると、昼夜逆転による社会参加への困難、課金の増加による経済的な問題、睡眠不足や不規則な食生活からの健康への問題など、さまざまな生活面へ影響が考えられます。 ただ、「良くないからやめなさい」「やめたほうがいい」と言うだけでは、解決 にはつながりません。なぜ、ゲーム中心の生活になったのか、それにより本人にとって何を失っ て何を得ることができたのか、気持ちの面や環境の面などから考える必要があります。最近では、ゲームの中で他の人と関わったり、チームをつくったり、”人間関係”をつくるものもあります。一概に、一人でテレビに向かっているだけのものではなくなりました。バーチャルななかで、人とつながったり、夢をかなえたり、現実ではできないことをすることができる場合もあります。そこには、その人を惹きつける喜びや嬉しさや満足できる何かがあり、やがてそれが繰り返され、習慣にもなっていくのでしょう。「依存」の状態になっている場合には、本人の努力だけの問題ではありません。周囲の人と専門家による継続的で温かいサポートが大切です。 |
インターネットゲーム障害
DSM-5(アメリカ精神医学会)では、アルコールや覚醒剤等の何らかの物質による「物質関連障害」と並び,ギャンブルに対する依存として「ギャンブル障害」が精神疾患として正式に採用されました。そして,インターネットゲームに対する依存として「インターネットゲーム障害」が今後検討されるべき疾患としてではじめて提案されました。
12か月の期間内のどこかで、5項目以上を満たせばインターネットゲーム障害(internet gaming disorder:IGD)とするという診断基準です。
ドイツ人の生徒1万1千人を対象とした調査ではインターネットゲーム障害の有病率は1.16%だったという報告があります。(Rehbein F et al;Addiction 110,842-851,2015)
<「インターネットゲーム障害」DSM-5での診断基準>
1 | インターネットゲームに精通している.個人は以前のゲーム活動について考えるか,次のゲームをすることを予期する.インターネットゲームは日常生活において支配的な活動となる. |
2 | インターネットゲームが取り去られたときの離脱症状.これらの症状は,典型的には,過敏症,不安,または悲しみとして説明されるが,薬理学的離脱の物理的兆候はない. |
3 | 耐性 – インターネットゲームに携わる時間を増やす必要がある. |
4 | インターネットゲームへの参加を制御する試みが失敗した. |
5 | インターネットゲームを除いた,以前の趣味や娯楽の利益の喪失. |
6 | 心理的,社会的な問題があることが判明しても,インターネットゲームの過度の使用を継続した |
7 | インターネットゲームの使用に関して,家族,セラピスト,または他の人を欺いた. |
8 | 否定的な気分(無力感,罪悪感,不安感)から逃げるためにインターネットゲームを使用する. |
9 | インターネットゲームへのために,重要な人間関係,職業,教育または就職の機会を危険にさらしたり,失ったりした. |
(大嶋啓太郎,「インターネット依存症について [1] DSM-5 の中での取り扱い 」北海道立精神保険福祉センター訳)を参考作成)を引用
インターネット依存やインターネットゲーム障害の問題は、病的な依存レベルまで至らなくても、長時間使用者(児)には生活上の問題が生じているケースがあります。
したがって、将来の依存リスクや長期的な発達への影響があるため、薬物依存のような稀な精神疾患ととらえるのではなく、多くの子どもにとって無視できない問題として臨床研究や啓発活動に取り組む必要があるという意見があります。(鷲見聡,小児科診療 80(4)513-517,2017)
インターネットゲーム障害に関する研究において指摘されている脳部位は実行機能の中心的役割を担っている前頭前野の背外側部(DLPFC)です。(Desai,R.A,et al;Pediatrics,126 e141424,2010)
実行機能障害が症状の基底にあるADHD(注意欠如多動障害)あるいはそれと共通の特徴を持つ様々な発達障害児(者)はインターネットゲーム障害のリスクが高いことが脳科学的に追認されています。(萱村俊哉,武庫川女子大学情報教育研究センター紀要,12-14,2015)
<画像診断で解るインタネットゲーム障害による主な脳の局所機能とその障害>
脳の解剖学的局所 | 局所機能とその障害 |
大脳皮質 眼窩前頭葉、前帯状回、外包、脳梁 | 神経ネットワークの統合性の低下 眼窩前頭葉の障害は、衝動的でキレやすい/現実課題よりネット、ゲームを優先/無気力、意欲がなくなる 前帯状回の障害は、非共感性/痛みや危険の認識・感情の調整の障害/中毒者に特有の強い渇望 外包の神経線維の障害は、無気力で自閉的/無関心 |
灰白質 右眼窩前頭皮質、島皮質 | 両側の著名な委縮。報酬系の障害/自分の感情が生き生きと感じられない/恐怖、痛みに無頓着/相手の感情がわかりにくくなる、 |
(岡田知雄,母子健康協会ホームページより引用)
ゲームと認知機能
テレビゲームには注意力や短期記憶力を向上させる利点があるとの研究結果が報告されています。
アクション型のテレビゲームを成人(18~30歳の男女約100人)を対象に行った研究で、プレイする人の一部で脳の灰白質と呼ばれる部分の萎縮が認められた、ゲームをプレイする際の脳の働かせ方やゲームの種類によっては灰白質の容積が増加するとの報告があります。
シューティングゲーム(コールオブデューティ、バトルフィールド、キルゾーン)、アクションゲーム(スーパーマリオシリーズ)を90時間プレイし、MRI検査により海馬の領域への影響を評価したもので、「空間的戦略(spatial strategies)」に基づいてゲームをプレイしていた人には、海馬における灰白質の容積が増加、「反応学習(response learning)」に基づいてゲームをプレイしていた人では、灰白質の容積が縮小、「スーパーマリオ」シリーズでは、海馬だけでなく嗅内皮質と呼ばれる脳領域の容積も増加することが示唆されたとの内容です。
Impact of video games on plasticity of the hippocampus.(West GL,et al;Molecular Psychiatry 2017 Aug 8. doi)
コンピューターゲームのジャンルは10以上あるが、アクションゲームが認知的側面に良い影響を与える報告があります。プレイヤーは映像を見ながら注意の状態を変える必要があり、焦点的注意、分散的注意を意図的に切り替えていることがわかっており、大脳皮質の注意を制御する脳領域の活性がより大きく変化することを伝えています。
Action video game modifies visual selective attention( C. Shawn Green,et al;Nature 423,534–537, 2003)
ビデオゲームをすると、子どもの運動技能や反応時間、さらには成績も高まる可能性があるが、やりすぎは社会的・行動的な問題につながる可能性があるとの報告があります。
Video gaming in school children: How much is enough?(PujoJ,et al;Ann Neurol.80(3),2016)
アクションゲームを治療用に応用する課題として、患者のニーズにあわせて調整する必要があり、注意欠陥障害のある人にとって次の一手をより積極的に考えるよう仕向ける方法が模索されています。また、高齢者の反応時間を早めることを目的としたゲームなども重要になる、対象となる人の認知的な特性に応じたゲームの内容や動作にしていくことが脳トレゲームの成功につながる、と伝えています。(Daphne Bavelier, et al;Scientifi American July,2016)
拡張現実ゲーム(augmented reality)
拡張現実は、現実世界を映した映像にグラフィックや音を重ね合わせ、現実世界を拡張させる技術のことで、この拡張現実と位置情報を活用したゲーム「ポケモンGO」が2016年に配信され日本だけでなく世界中で大流行しています。
このゲームに関する科学的調査および研究は2017年の段階では報告されていませんが、様々な視点からの効果や問題点が報じられています。(塚本雅彦:情報処理 57;824-825,2016)
また、マイナス面として事故のリスクがあり、夢中になりすぎて交通事故や転落事項を起こしたケースが報じられており、衝動性の高いADHD児は特にリスクが高い可能性があると指摘しています。(鷲見聡,小児科診療 80(4)513-517,2017)
認知機能の影響については、孤立からの脱却、運動効果、社会との関係性やコミュニケーション機会が増えるなど、前頭葉機能への効果が期待されます。