認知機能と発達障害

発達障害とは、発達障害者支援法には「自閉症、アスペルガー症候群その他の広汎性発達障害、学習障害、注意欠陥多動性障害その他これに類する脳機能の障害であってその症状が通常低年齢において発現するものとして政令で定めるもの」と定義されています。
発達障害は、かつては知的障害を伴う自閉症を中心に研究の場で議論されてきました。(内山登紀夫,言語発達遅滞研究,4:1-12,2002)
その後、アスペルガー症候群を英語圏で再評価したことから、知的障害を智わない自閉症スペクトラムについて研究や関心が加速しました。(Wing L,Psychological Medicine,11:115-129,1981)
これまでの発達障害は、その中核症状(自閉症スペクトラム:社会性・コミュニケーションの問題、注意欠如多動症:不注意・多動性・衝動性、学習障害:読字・書字・算数など)などの問題が中心に議論されてきましたが、当事者の抱える問題は中核症状に限らず、生活全般の支援が必要であること、聴覚や嗅覚などの感覚面の問題も大きいこと、身体健康の管理の支援が必要であることなどが明らかになりつつあります。
発達障害の問題は幼児期や児童期だけでなく、成人期や老年期まで継続した切れ目のない支援が必要であり、また発達障害の女性にもさまざまな支援ニーズがあることもわかってきました。

<診断名と障害特性>

子どもの成長は、「認知や記憶能力の発達」だけでなく、「社会性(対人スキル)の発達」、「感情、情動や行動のコントロールの発達」、「運動(特に協調運動)の発達」など様々な重要な要素があります。それらのうち、「認知や記憶能力の発達」が後れていれば学習障害(LD)、「社会性の発達」が後れていれば自閉症、「感情、情動のコントロールの発達」が後れていれば注意欠如多動症(ADHD)、「運動(特に協調運動)の発達」が後れていれば発達性協調運動障害、発達が全般にわたって後れていれば知的障害というように大きく理解されています。しかし、これらは明確に分けられるわけではなく、例えば、ADHD はよくLD を合併するし、重度の自閉症は知的障害を合併しやすい。単純ではなく相互に関わっているとされています。

もともと発達障害との診断名はなく、自閉症スペクトラム(ASD)、知的障害、学習障害(LD)、注意欠如多動症(ADHD)に分類され、複数の障害があるケースも少なくありません。

自閉症スペクトラム(ASD)

米国の児童精神科医であったKanner Lが1943年に「情動的交流の自閉的障害」の中で11例の特徴底な児童の症例報告を行ったのが自閉症の最初の報告であったとされています。(Baron-Cohen S,et al,Neurosci Biobehav Rev 24(3):355-364,2000)

2013 年のDSM-5(American PsychiatricAssociation, 2013)の出版に伴い,従来カテゴリーによる診断が行われていた広汎性発達障害(Pervasive Developmental Disorders;PDD,下位診断には,自閉性障害,アスペルガー障害,レット障害,小児期崩壊性障害,特定不能の広汎性発達障害がある)は,自閉症スペクトラム障害(Autism Spectrum Disorder:ASD)という単一の診断基準にまとめられました。

ASD の定義する症状を従来の①社会性の障害、②コミュニケーションの障害,③ repetitive/restrieted behavior(RRB)という三つから、①社会的コミュニケーションの障害、②興味の限局と常同的・反復的行動(Repetitive/restricted behavior;RRB)という二つにまとめられました。(桑原斉ら,こころの科学 (174):22-28,2014)

自閉症は、対人関係の障害として、心の理論やジョイント・アテンション(共同注意)の障害が、またコミュニケーションの障害として、音声言語等の同時処理の困難性、視覚情報処理等の継続処理の優位性が注目されています。(伊藤英夫,新・発達心理ハンドブック,福村出版:695-704,2016)

「注意の柔軟性(self shifting: 今向けている注意から別のことへ注意を向ける)」、「ワーキングメモリ( 継続処理の際、一時的に記憶を貯蔵し、統合かする際に再び引き出す)」、「プランニング(ものごとを継続的に計画する)」などに代表される実行機能の障害も想定されており、注意、知覚、記憶、言語などの様々な機能が相互に連関しあって高次の脳機能を司っていると言われています。(Gioia,G.A.,et al,Child Neuro-psychology,8,121-137,2002)

中核症状が対人関係の障害であることを考えると、言葉や表情、声音、顔の認知などを介したコミュニケーションについての認知機能を自覚的または他覚的に評価することが必要です。

その前提としてこれらの機能させるためには視覚・聴覚・体性感覚など一次的な知覚と、感覚の弁別理解といった二次的な知覚機能の情報が必要となります。

ASDの特徴を固定的・硬直的にとらえずに、時間・場所・対人関係によって現れ方が異なり、弾力的・流動的な見方を推奨しています。(Wing L:A Guide for Parents and Professfessionals. Constable & Robinson Limited,London,1996)

注意欠如・多動性症ADHD)

ADHDは1775年に”Attention Deficits(Disorders)”としてWeikardが文献として最初に報告しています。(Barkley RA,et al:J Atten Disord. 16(8):623-30,2012)

その後、知的発達水準とは無関係に道徳的抑制の欠如に基づく行動異常が見られる43症例の報告(1902年)により注目されるようになりました。(Still GF,Lancet,159:1008-1012,1163-1168,1902)

ADHDは1968年にアメリカ精神 医学会(American Psychiatric Association)の診断基準DSM‐Ⅱ( Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders-Ⅱ)に掲載されました。

 DSM版 区分・分類
DSM-Ⅱ(1968年)「小児期・青年期の行動障害群」内に小児期多動性反応(Hyperkinetic Reaction of Childhood)
DSM-Ⅲ(1980年)「行動障害群」内に、注意欠如障害(Attention-Deficit Disorder<ADD>with/without  Hyperactivity )
DSM-Ⅲ-R(1987年)「破滅的行動障害群」内に、反抗挑発症・素行症とともに注意欠如多動症(Attention-Deficit Hyperactivity Disorder<ADHD>)
DSM-Ⅳ(1994年)
DSM-Ⅳ-R(2000年)
「注意欠如と破壊的行動障害群」内に注意欠如/多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder<AD/HD>)
DSM-Ⅴ(2013年)「神経発達症群」内に注意欠如/多動症(Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder<AD/HD>)※反抗挑発症・素行症といった「無秩序破壊的・衝動制御・素行症群」とは区分された

学習障害(LD)

学習障害(Learning Disability:LD)とは1963年にKirk, S.により提唱された用語で、教育用語として知的機能の全般的発達遅滞はないが、読む・書くなどの能力の習得や使用に困難のある状態を指していました。(清水貞夫,アメリカの軽度発達障害児教育,クリエイツかもがわ,京都,2004)

学習障害(LD)の特性を、①学力の困難、②言葉の困難、③社会の困難、④運動の困難、⑤行動の困難に分け、①は狭義の学習障害に対応する特性、②と③は教育における学習障害に対応する特性、③から⑤はLDの中核となる症状ではないが重複しやすい特性であるとしています。(上野和彦,LDとADHD,講談社,東京,2003)

<学習障害の教育における定義>
「学習障害とは、基本的には全般的な知的発達に遅れはないが、聞く・話す・読む・書く・計算するまたは推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示すさまざまな状態をさすものである。学習障害は、その原因として、中枢神経系に何等かの機能障害があると推定されているが、視覚障害・聴覚障害・知的障害・情緒障害安堵の障害や環境的な要因が直接的に原因となっているものではない」(学習障害児に対する指導について「学習障害及びこれに類似する学習上の困難を有する児童生徒の指導方法に関する調査研究協力者会議」文部省,1999)
<学習障害の医学的定義>
神経発達症群/神経発達障害群(neurodevelopmental disorders)の限局性学習症/限局性学習障害(specific learning disorder)限局性学習障害(Specific Learning Disorder)は、以下の6つの症状の少なくとも1つが存在することによって示される、学習スキルの習得と使用に困難をもつもの、としています。ただしこれらの困難は、それらに対して介入が行われたにもかかわらず、生じたものでなければならないとされています。①不正確あるいは緩徐な努力性の読み
②文章理解の困難
③綴りの困難
④書字表出の困難
⑤数感覚や計算などの困難
⑥算数・数学的推論の困難
<DSM-5(アメリカ精神医学会「精神疾患の診断と統計マニュアル第5版」,2013/2014)>
学習能力の特異的発達障害<ICD-10(世界保健機構(WHO)「疾病及び関連保健問題の国際統計分類第10版」,2003)>医学領域における定義は、他の障害として定義されている「聞く」「話す」に関する項目を含まず、かつ、知的障害を排除しない点で教育領域における定義と異なります。

<これらの定義に示されている主要な構成要素>
(1)特定の基礎的教科学習の困難
(2)個人内の能力の著しい差異(知能と学業成績)
(3)除外項目(知的障害・感覚障害・自閉症などによるものや環境要因によらないもの)
(4)中枢神経の機能障害(学習を進めるうえで必要な認知機能の障害を内的にもつ)

発達障害と認知機能

日常臨床で発達障害児・者の認知機能は「知能」や「言語能力」、「視聴覚認知」、「空間知覚」、「注意」、「実行機能」、「心理特性」、「対人関係特性」などに関わる様々な能力を評価したうえで、総合的な判断を下し、支援方法を提示することが一般的とされています。(加茂牧子,認知神経科学.13(1):29-33,2011)

発達障害の認知特性は、情動障害、語義語用障害、実行機能障害、記憶障害、注意障害、発達性失行、失認、感覚障害、協調運動障害、自尊感情低下、自己効力感低下などで、高次脳機能障害と類似の症状を呈することが多いとされています。(永吉美砂子,J Rehabil Med,54(4),279-282,2017)

<発達障害評価のための神経心理学検査の例>WISC-III WPPSI WAIS K-ABC SLTA トークンテスト語の列挙ITPA・絵画語彙発達検査DAMT
HTPWCST ストループテスト
Frostig視知覚発達検査立方体透視図AVLT
線分二等分検査錯綜図Rey-Ostereich 複雑図形線分
抹消検査
Benton視覚記銘検査
Raven色彩マトリクス検査
Trail making test やる気スコア仮名拾い
環境音認知DLT 音源定位―方向感など(加我牧子,認知神経科学 13(1),29-33, 2011)

ウェクスラーの神経心理学検査(WISC,WAIS)において高機能広汎性発達障害において言語性IQ(VIQ)や言語性理解(VC)の高さは結晶性能力の高さを反映したもので、言語能力と直結する証拠が得られなかったことから、言語能力が高いとされるアスペルガー症候群や高機能広汎性発達障害が視考(Visual Thinking)であることは、言語性IQが有意であっても、視覚的な情報処理を行っている証言を裏付けるもので、言語性行動は生活場面での行動や学校での学習に大きく影響するものであり、実生活場面での検証が必要であるとされています。(水野薫,福島大学教育総合センター紀要創刊号,33-38,2006)

Late onset ADHDと認知症

発達障害は児童期や思春期の疾患とされていましたが、近年では「大人の発達障害」が話題になるように成人期についてもその病態がわかってきました。(Hinshaw.SP.et al,J Consult Clin Psychol,80:1041-1051,2012)

発達障害は初老期や老年期においても存在することは容易に想像されますが、実際の研究報告は少なく老年精神医学の専門家は発達障害の診療経験が少ないため見逃している可能性が高いことが影響していると考えられています。

初老期や老年期になってはじめて顕在化する注意欠如多動症(ADHD)である「Late-onset ADHD」の存在について2016年に発表されています。(Agnew-Blasis,J.C,et al,JAMA Psychiatry,73:713-720,2016)

認知症専門外来の初診例を対象に行った研究で、若年性アルツハイマー病(eary-onset Alzheimaer’s disease:EOAD)を疑われた患者の16.7%が注意欠如多動症(ADHD)であり、多くの認知症外来で見逃されている可能性がありると報告しています。(佐々木博之,精神治療学,32(12):1611-1617,2017)

発達障害と社会機能障害

近年において、発達障害は、思春期まで大きな問題なく過ごしたものの、就労などの環境変化に伴い、周囲の環境に適応できず精神的、社会的に大きな問題を抱えるようになって表面化するケースが増えています。

自閉症スペクトラム症や注意欠如多動症は「症状が社会・学業・職業機能を損ねている(診断基準D)」ことが要求されています。(DSM-5:アメリカ精神医学会「精神疾患の診断と統計マニュアル第5版」,2013/2014)
このことは「社会機能障害」を有することが診断の必須の条件であることを意味しています。
つまり、先天的な機能的・器質的により特徴的な症状を有しているだけでは「発達障害の特性を持っている」ということになります。

<DSM-5の診断基準に示されたADHDの社会機能障害>・学業、仕事、またはその他の活動においてしばしば綿密に注意することができない
・細部を見過ごしたり、見逃してしまう、作業が不正確である
・講義、会話、かたは長時間の読書に集中し続けることが難しい
・しばしば指示に従えず、学業、幼児、または職場での義務を最後までやり遂げることができない
・課題を始めるがすぐに手中できなくなる、また容易に脱線する

<生活障害としての発達障害>

人それぞれにある生来的な特性が、対人・対環境・時間の流れに沿って、変かしていく様を「発達」とし、経年とともに変化していき、それらの環境の中で何かしら躓きがあった場合に発達障害とすれば、この発達障害特性とは全ての人が大なり小なり持っている発達特性となります。

その特性を持って生活している中で対人・対環境・時間の流れが阻害的に作用したときに、発達障害特性のある個人に対し、対人・対環境・時間の流れが補償的に作用するのか阻害的に作用するのかで特性の色合いが顕在化し生活障害の生じ方が異なるため、日常生活でどのような機能障害を抱えているのを把握することが必要とされています。(田中康雄,生活障害として診る発達障害臨床、中山書店,2016)

認知特性と合理的配慮

視覚や聴覚から入った情報を理解・整理・記憶・表現する方法は人によって違いがあり、その人の思考や認知の「好み(優位性)」を認知特性としています。

アスペルガーの子どもは言語能力が高いと言われながらも、治療教育では、視覚的な情報の活用が効果的であることが知られています。(内山登喜夫ら,高機能自閉症・アスペルガー症候群入門,2002)

視覚情報は再認しやすく、不注意やワーキングメモリー障害を補償するものであるために注意欠如多動症(ADHD)を有する広汎性発達障害(PDD)には、なおさら視覚化が有効であると言われる根拠の一つになっています(上林靖子ら,注意欠陥多動性障害ADHDの診断、治療ガイドライン,2003)

<合理的配慮>

2013年6月に障害者差別解消法「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」が成立しました。この法律の第4条第2項の条文の中に、「必要かつ合理的な配慮」について記載されており、はじめて日本の法律が合理的配慮に関する規定を設けたものです。

募集及び採用時・面接時に、就労支援機関の職員等の同席を認めること。
・面接・採用試験について、文字によるやりとりや試験時間の延長等を行うこと。
採用後・業務指導や相談に関し、担当者を定めること。
・業務指示やスケジュールを明確にし、指示を一つずつ出す、作業手順について図等を活用したマニュアルを作成する等の対応を行うこと。
・出退勤時刻・休暇・休憩に関し、通院・体調に配慮すること。
・感覚過敏を緩和するため、サングラスの着用や耳栓の使用をも認める等の対応を行うこと。本人の状況を見ながら業務量等を調整すること。
・本人のプライバシーに配慮した上で、他の労働者に対し、障害の内容や必要な配慮等を説明すること。

(改正障害者雇用促進法に基づく合理的配慮指針 H28.4施行)

合理的配慮では、その「根拠」すなわち、個々人の多様な障害特性、特に「認知機能」の丁寧な把握が支障を解消できる効果的な配慮を検討するために重要である。

ASD人間関係における相手の表情や声音、会話の文脈等の解釈(社会的情報の処理)
ADHD集中力(注意力)等
LD言葉や数字の理解と表現(言語情報の処理・出力(数的処理能力)など

発達障害のある子どもの合理的配慮について(国立特別支援教育研究所ホームページ)

発達障害者支援法

発達障害支援法は2004年12月に超党派の議員立法により成立し2005年に施行されました。その後、2014年に発達障害が障害者に含まれるものであることを障害者自立支援法、児童福祉法に明確化され2016年に「発達障害者支援法の一部を改定する法律」が成立し改正されました。

<主な趣旨>
○発達障害者に対する障害の定義と発達障害への理解の促進
○発達生活全般にわたる支援の促進
○発達障害者支援を担当する部局相互の緊密な連携の確保、関係機関との協力体制の整備等

発達障害支援法の改正について(厚生労働省ホームページより)

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