認知機能と見当識障害

見当識は、現在自身が生活している状況を、周囲との関係と個人経験を結び付けてとらえる能力であり、視覚認知、意識、知覚、注意、記憶、思考などの機能によって維持されており、単一の認知機能ではありません。
思考、判断、記憶が障害されれば、周囲の状況を正しく記銘し、現在を自己の生活史上に秩序づけることができなくなります。
時間や場所の見当識障害は記憶障害や意識障害と密接に関係しており、せん妄のような意識障害がある場合は見当識障害が目立つとされてます。

アルツハイマー型認知症の場合、通常記憶への依存が高い「時間の見当識」が障害されやすく、アルツハイマー型認知症の見当識障害は後部帯状回の障害と関連することが報告されています(Hirono N , et al; J Neurol Psychiatry,64:552-554,1998)

時間の見当識障害

見当識障害では、時間感覚がわからなくなる症状が多く現れます。それも日付や時間を間違えるだけでなく、夏や冬などの季節や1日の朝・昼・夜の認識がわからなくなり、朝食をとったかどうかもあやふやになってしまうケースもあります。

場所の見当識障害

場所の見当識障害として、「自分の部屋や家に戻れない、トイレまでの行き方がわからない、通い慣れた道がわからなくなる」という道順の障害と、街並失認(まちなみしつにん)、前向性地誌的見当識障害、自己中心的地誌的見当識障害、などの地誌的記憶障害を区別する必要があります。(Aguirre GK, D’Esposito M. Brain;122:1613-1628,1999)
街並失認とは建物や風景の識別ができなくなることで、外出すると家まで戻ってくることが困難になります。道順障害は、目的地を識別はできるものの、見慣れた道であってもどの方角に曲がればよいかなどわからなくなる症状です。

意識障害,認知症,健忘症候群,半側空間無視などによらないで「熟知している場所で道に迷う」症状は地誌的見当識障害 topographical disorientation と呼ばれています。

地誌的見当識障害をその病態の違いにより,以下の4種類に分類されています。
①街並失認(landmark agnosia)
②前向性地誌的見当識障害(anterogradedisorientation)
③自己中心的地誌的見当識障害(egocentricdisorientation)
④道順障害(heading disorientation)
(Aguirre GK, D’Esposito M. Brain;122:1613-1628,1999)

人の見当識障害

自分の名前や生まれ育った場所に関する認識を失い、家族や友人などの人間関係のつながりもわからなくなり、相貌失認、記憶錯誤等があります。
完全にその人のことがわからないというわけではなく、見覚えがある顔だと思っていても、相手と自分がどんな関係なのか思い出せないのです。顔についての情報の中では、個人の弁別や同定、表情の認知、そして視線方向の検出が重要とされています。

◎暮らしのヒント・支援のポイント  ~見当識が低下している状態を支援するには支援の際には、見当識の低下に限らず、アセスメントを正しく細やかに行うことが大切です。見当識の場合、よく「見当識の低下がみられます」という一言で、専門職の間では情報が共有されることもありますが、見当識事態には、「日時・場所・人」などの複数の要素があります。そして、それらの要素は、一斉に一様に低下するのではなく、人によってさまざまなです。そのあたりをしっかりと確認する必要があります。【見当識の状態のアセスメント】1.時間・日にち・年・季節・場所(市町、住所、建物種別のどの程度まで把握できているか)・人(親子・親族・知人・関係者などどのあたりまで把握できているか)を確認する。
2.時間や日にちが分からない場合、時計やカレンダーなどを見て確認することができるか、確認する手段を思いつかないかを確認する。
3.家の中や身近な場所に、日にちを確認できる道具(日を表示する掛け時計や、腕時計)があるかどうかを確認するとともに、本人から見える場所か、見える大きさ化を確認する。
4.ゴミ出しや通院、薬の管理について確認するとともに、ご近所さんや友人らに、本人にゴミ出しや外出の声かけを出来る人がいるかどうかを確認する。ご本人が、見当識のどの概念が低下していて、ご自身でその情報を補う能力がどれほどあり、どんな支援をすれば、これまでと同じように活動や行動が可能なのかを見極めることが大切です。例えば「見当識の低下でお薬が管理できず、きちんと飲めていない」という方については、お薬カレンダーという方法はよく使われていますが、そもそも日にちをきちんと正しく把握するきっかけがなければ、カレンダーだけあっても、「今日が何日か?」は、わからず、使いこなせません。もし、日にちを表示したデジタル時計を使えるのであれば、お薬カレンダーや予定を書いたカレンダーとともに、デジタル時計を設置すると良いでしょう。もし、時計を見ることも難しそうであれば、自動的に薬がでてくる機械の導入や、支援者がお薬を手渡すことを検討する必要があるかもしれません。お薬の管理方法は薬剤師さんがプロフェッショナルですが、使う手段を決定するための情報は、アセスメントによって得られるものです。正しく細やかなアセスメントが必要であるのは、過不足のない支援を行うために大切です。アセスメントに詳しくないご家族などの支援者の場合は、是非、ケアマネージャーまたはお住まいの地域の地域包括支援センターにも相談してみましょう。適切なタイミングでの適切な支援は、住み慣れた地域で安心安全な生活を末永く続けていただくために大切です。
見当識を保つために

学校に通ったり、働く世代の人にとっては、月曜日は会議、火曜日は習い事、水曜日は定時退社の日、木曜日は・・・などと、曜日を知るためのいくつものきっかけがあります。おそらく、見当識を意識して曜日を確認する人はあまりいないと思いますが、記憶している昨日や一昨日の出来事、未来の予定などを元に、「今日は5月2日水曜日!」ということを確信しています。

一方、例えば仕事をリタイアし、今までのメリハリのある毎日から、毎日が日曜日のように同じ状態になると、曜日や日にちを思い出し確信するきっかけが減ってしまいます。

見当識をしっかり保つためには、日々、外出したり人に会うなどをして、情報交換をし、会話を楽しみ、心を動かす活動が大切です。そしてこれは、見当識を保つだけでなく、認知機能の低下の防止や認知症の予防にも有効と考えられています。

もっと積極的に認知機能、見当識を保つ力を高めたい!と思われるかたには、その日にあった出来事などをレポート形式で日記にすることをお勧めします。特に、お仕事や活動の機会が少なくなってきた方は、文章でまとめて表現したり、人にわかりやすく伝える工夫をする機会が減ってきます。その日一日や前日、その週に会った出来事をレポートすることは、思い出す力(記憶力)を鍛えるとともに、定期的に書くことで日日を意識するきっかけにもなります。

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