思考の癖とか感情の癖とか言うんですが、診察室で振り返れば、それは多くの人が理解できると思う。でも、思考感情が動く現場で、リアルタイムに自分がどのような状態にあるかを感じて修正できるものだろうか。これをメンタライズすると言ったりする。
わたしがたとえとしてよく話すのは、絵を描くときのことだ。
風景をスケッチするとして、自分が下手なのはわかる。しかし、どう描けばいいのか分からない。
だって、絵を描くって、結局、線を上下に2ミリ程度の幅で動かして、どの位置がいいか決めれば、必ずいい絵が描けるんだろうと思うでしょう。書いた直後に、これ違うなと思ったら、別の線を引いて、納得のいくところで決定すればいいんですから。
だから、最終的に、この絵は良いとか判断できる人であれば、いい絵が描けるはずのものですよね。でも実際にはそうはいかない。で、書いているときも、変だなと思いつつ、どうにもできない。
脳内の、絵を描く部分と、絵を評価する部分は、ある程度離れているんだと思います。これが接近している人は絵がうまい。
だいたい世の中で、絵画が好まれ、美術館は繁盛しているのだから、脳の「絵画を見る」部分は皆さんしっかり発達している。
しかし絵画を描く脳の部分はみんなが同じ程度に発達しているともいえない。
こう考えると、CBT(認知行動療法)でやっているのは効果があるんでしょうか。
自分の思考感情が偏しているとこは理解できる。しかし実際にそれをリアルタイムで訂正することは難しいのではないか。
脳の、自分の行動を命令する部分と、自分の行動を観察する部分がかなり近くて、観察をリアルタイムで行動制御に反映できる人は、なにかコツをつかめばできるようになるでしょう。
しかし大半の凡人には難しいような気がする。
スポーツでも、観戦している場合と、実際に自分がプレイする場合は違う。
観戦していて、野球の場合なら、ボール球に手を出すなとか、簡単に言えるけれども、プレイヤーとして、それができるかと言えば、簡単ではない。
0-100思考をやめると言われて、理解はできるけれども、リアルタイムで自分の思考の癖を認識して訂正することが簡単にできるとも思えない。
見方を変えれば、ニューロンネットワークのどこをどう変えたらよいのかと言う話なのであるが、そのような細かい話が解明できているわけではない。
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おおむねのところを言えば、
現実の問題があって悩んでいる場合、
その現実問題を解決してやれば、少し気持ちも軽くなり、精神的に余裕もできて、
次の現実問題に対処しやすくなり、
そうすると自信もできて、また前に進むことができる。
精神の深層に入り込むことなく、
表層で、問題解決をしているだけ。
そうでないと、16回でHAM-Dを改善することはできない。
脳内の世界モデルの訂正をするにはもっと時間がかかる。
時間の問題だけではなく、さらに、その精神の深層にどのように介入できるかの問題がある。
深層の問題は、だいたいはカプセル内に閉じ込められているもので、
現在の地点から介入する、外科的な感覚でメスを入れるなど、簡単なことではない。
例えば、性ホルモンの変動があって、その当時と似た環境ができたとか、
対人関係で、その傷が発生した当時と似た状況があって、傷口が生々しく開いているとか、
そのような場合に、介入する経路が開かれるのだとイメージしている。
そうすると、治療の必要上、その傷の部分を一時的にでも介入可能な字様態にすることができればよいのだが、確実な方法がない。
催眠術は野蛮な方法であるが、何かの理由で効果があったのかもしれない。
何かのホルモン系の変動を引き起こして、ニューロンネットワークにアクセスして安くする方法はあるのかもしれない。
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脳内に世界の小さなモデルを作ると表現しているが、それも比喩的な話であって、実体としては、ニューロンネットワークの中に、世界の縮図が保持されている。どのようにしてそれが可能なのか、分からない。
生きてきて、環境を働きかけて、環境からの反応を感知して、そのような情報を集積したものがニューロンネットワークにどのような形で実現されているのか分からないが、集積されていき、何かしら輪郭のある像となってゆく。たとえば母親なら、いろいろな場面の総合として、母親像が脳内に形成される。
ニューロンネットワークで言えば、脳の働きの一つとして、シミュレーション機能があって、これから何かをしたいけれども、どのような見通しでやったらよいのか、それを事前に予測したい場面に、脳は、内部の小さな世界に刺激を送って、返ってきた反応を見て、考えることになる。とはいっても、それは瞬時のことであるが。だから卓球もできるし野球もできる。
だから、世界の縮図があると比喩的に言うけれども、刺激に対する反応の集積が保存されていると言ったほうがよい。
しかしこういう考え方は、脳機能についての、半導体回路でのニューロンネットワークの模倣とか、そんなイメージから多く来ているのかもしれない。今の時代だからそのように考えるということかもしれない。
少し前までは、ニューロンネットワークをどんなに考えても、自意識の成立は難しいのではないかとの意見も多かったが、人工知能が一般の人々の前に出現してみると、案外、この線でもっとすごいことができるのではないかと思えてくる。
それも時代の影響だろう。
多分、今後量子コンピュータとか光子コンピュータが身近なものになれば、それに応じて、脳のモデルも新しくなるだろう。
本当は、脳の機能そのものが本質的に解明されて、それがコンピュータ世界に応用されるのがよいのだが、しばらくは逆方向の影響が続くだろう。
しかし原則的に考えて、ニューロンをどのように組み合わせても、自意識が発生するとは考えにくいのだが、それは自分脳の限界ということなのだろう。