山本義隆『世界の見方の転換』全3巻まえがき
すでに古典たる評価を得ている『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』に続き、「なぜ、どのように西欧近代において科学が生まれたのか」を解き明かす。近代科学誕生史〈三部作〉を締めくくる待望の書き下ろし。2014年3月20日刊行。
プトレマイオス理論の復元にはじまり、コペルニクス地動説をへてケプラーにいたる15-16世紀天文学の展開は、観測にもとづく天文学を言葉の学問であった宇宙論の上位に置くという学問的序列の一大変革をなしとげ、「まったく新しい自然研究のあり方を生みだした」。それは、「認識の内容、真理性の規準、研究の方法、そして学問の目的、そのすべてを刷新する過程、端的に〈世界の見方と学問のあり方の転換〉であり、こうして17世紀の新科学を準備することになる」(「まえがき」より)。
世界の見方の転換 1【新装版】
天文学の復興と天地学の提唱
『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』に続き「なぜ、どのように西欧近代において科学が生まれたのか」を探る、近代科学誕生史〈三部作〉の堂々たる完結篇。“遠隔力”の問題とともに、著者が17世紀科学革命への「戦略高地」の一つであったと見る天文学の近代科学化を、16世紀文化革命はいかに準備したのか。
プトレマイオス理論の復元にはじまり、コペルニクス地動説をへてケプラーの天体力学へいたる15-16世紀の天文学史の展開は、観測にもとづく天文学を、自然哲学としての宇宙論より上に据えるという学問上の下剋上をなしとげ、まったく新しい自然研究のあり方を生みだした。多くの科学史家を虜にしてきたこの一大変革を、著者は前作から貫かれる独自の視座と周到な目配りで捉えなおす。
話は、後世の天文研究の改革にとって最大級の足がかりになると同時に障壁にもなった、プトレマイオスの数学的天文学から始まる。アリストテレス宇宙論とプトレマイオス理論の屈折した関係、そしてこの理論が二千年紀にわたり通用したほどの精度をもつ理由が、スリリングに説き明かされる。レギオモンタヌスら人文主義者がその体系を復元し、数学や観測による天文学を自然哲学への有力なアプローチと位置づけることで、変革への最初の一歩を刻む第1巻。
[初版2014年3月20日発行]
目次
まえがき
第1巻 天文学の復興と天地学の提唱
第1章 古代世界像の到達地平——アリストテレスとプトレマイオス
1 アリストテレスの宇宙像
2 プラトンの影響
3 プトレマイオスにとっての天文学
4 プトレマイオスの太陽と月の理論
5 プトレマイオスの惑星理論
6 誘導円・周転円モデルの背景
7 離心円・等化点モデルの精度
8 宇宙の大きさと『惑星仮説』
9 天文学と自然学の分裂と相克
10 プトレマイオスの『地理学』
第2章 地理学・天文学・占星術——ポイルバッハをめぐって
1 人文主義とプトレマイオスの復活
2 ドイツの人文主義運動
3 15世紀のウィーン大学
4 ポイルバッハと『惑星の新理論』
5 ポイルバッハの天文学
6 実学としての中世天文学
7 西欧占星術の起源をめぐって
8 キリスト教と占星術
9 地理学と占星術
10 宮廷数学官の誕生
第3章 数学的科学と観測天文学の復興——レギオモンタヌスとヴァルター
1 数学的科学の復活
2 レギオモンタヌスと三角法
3 レギオモンタヌスのプトレマイオス批判
4 レギオモンタヌスと同心球理論
5 科学の進歩という概念の出現
6 レギオモンタヌスの天体観測
7 自然科学書の出版計画
8 エフェメリデスとカレンダー
9 弟子ヴァルターと観測天文学
第4章 プトレマイオス地理学の更新——天地学と数理技能者たち
1 プトレマイオスの『地理学』をめぐって
2 ベーハイムとヴェルナー
3 デューラーとその周辺
4 携帯用日時計の製作をめぐって
5 ヨハネス・シェーナー
6 天地学とヴァルトゼーミュラー
7 プトレマイオス『地理学』の対象化
8 セバスティアン・ミュンスター
9 フィールド作業と協働研究
10 ペトルス・アピアヌス
11 『皇帝の天文学』
付記A プトレマイオス天文学補遺
A-1 太陽軌道の決定
A-2 金星軌道パラメータの決定
A-3 プトレマイオス・モデルとケプラー運動の比較
A-4 古代における月と太陽までの距離の推定
世界の見方の転換 2【新装版】
地動説の提唱と宇宙論の相克
コペルニクス地動説の本質とは何であったのか。精確さと概念上の革命性をあわせもち、既存の世界観に対する両刃の剣であった彼の『回転論』に、以降の学者たちはどのように対峙したのだろう。アリストテレスの体系とは異なるよりどころを必要としていたプロテスタンティズムの唱導者たちは、新しい天文学の魅力と脅威にどのように反応したのか。さらに、神学や哲学と自然学の序列に関しても、天文学の新展開がさまざまな議論と潮流を喚起してゆく。
レティクス、ゲンマ・フリシウス、オジアンダー、メランヒトンら、『回転論』の含意と格闘した知識人たちの姿を、著者は透徹したまなざしで捉えている。理論と観測事実の関係、あるいは自然学と自然そのものとの関係をめぐる彼らの真摯な葛藤は、プトレマイオス・モデルへの信頼と哲学的・神学的要請に支えられたアリストテレス宇宙論の呪縛の強さを浮き彫りにしつつも、近代科学の胎動期を体現している。
占星術の広範な利用を背景として、コペルニクス理論の意義が徐々に深く広く認識されるにつれ、言葉の学問であった宇宙論とその下に置かれた観測天文学との序列がしだいに揺らぎはじめる第2巻。
[初版2014年3月20日発行]
目次
第2巻 地動説の提唱と宇宙論の相克
第5章 ニコラウス・コペルニクス——太陽系の体系化と世界の一元化
1 天文学者コペルニクスの生涯と背景
2 コペルニクス改革を導いたもの
3 惑星系の調和と秩序
4 分点の歳差と1年の定義をめぐって
5 等化点(エカント)をめぐって
6 小周転円モデルの導入
7 コペルニクスにおける軌道の決定
8 惑星理論におけるコペルニクス改革の実像
9 二元的世界とその解体
10 コペルニクス地動説の隘路
11 コペルニクスの自然学
第6章 初期のコペルニクス主義者たち——レティクス、ガッサー、ゲンマ
1 レティクスとペトレイウス
2 レティクスの『第一解説』
3 宇宙の大きさをめぐって
4 アキレス・ガッサー
5 ゲンマ・フリシウス
6 経度決定法をめぐって
7 三角測量とゲンマの学問の手法
8 『回転論』出版の前後
9 コペルニクス理論への傾斜
10 学問の序列をめぐって
第7章 不可知論と相対論——オジアンダーとルター
1 『回転論』の匿名の序「読者へ」
2 「読者へ」をめぐって
3 アンドレアス・オジアンダー
4 相対性と不可知論
5 終末論と年代学
6 ルターとコペルニクス
7 ルターにおける科学と神学
第8章 宗教改革と数学的天文学の隆盛——メランヒトン・サークル
1 宗教改革と大学改革
2 メランヒトンの教育改革
3 メランヒトンと天文学教育
4 メランヒトン改革と数学教育
5 ドイツにおける占星術の隆盛
6 メランヒトンと占星術
7 メランヒトンとコペルニクス
8 エラスムス・ラインホルト
9 ポイツァーとその教え子たち
10 「ヴィッテンベルク解釈」をめぐって
付記B コペルニクス『回転論』における惑星軌道
B-1 小周転円モデルのケプラー運動との比較
B-2 外惑星の例としての土星軌道の決定
B-3 コペルニクスの地球軌道の決定
B-4 コペルニクスにおける地球軌道の大きさの決定
世界の見方の転換 3【新装版】
世界の一元化と天文学の改革
アリストテレス・パラダイムの正否を数値的に検証するという決定的な問題を提供したのは、16世紀の彗星・新星の観測であった。この世紀に醸成された、自然研究の実証的方法にたいする新たな信頼と、高められた観測精度を足場に、ティコ・ブラーエやメストリンをはじめとする傑出した天文学者たちがドグマを次々に排してゆく。ティコの体系、ジョルダノ・ブルーノの無限宇宙など、宇宙像の刷新もダイナミックに模索される。そして、理論・技能・認識のすべてにわたる変革はついに、ケプラーの天体力学に結実する。
ケプラーが自身の理論を打ち立てた思考過程と、それと不可分でありかつ現代の科学者のものとは根本から異なるケプラーの哲学・科学思想のニュアンスを精緻に読み解く最終章は、圧巻と言うほかはない。
もっとも、ケプラーに限らない。史料原典・研究文献をはば広く読み込み、全3巻を通して浮沈する有名・無名の人物それぞれの構想と創意を丹念に跡づけ、読者にその思索の軌跡をいきいきと追体験させる手腕は、著者の真骨頂と言える。歴史研究の興味に心躍らせながら本書を読み終えたとき、前二著と合わせた〈三部作〉が提示する一個の史観が凛然と浮かび上がる。
[初版2014年3月20日発行]
目次
第3巻 世界の一元化と天文学の改革
第9章 彗星についての見方の転換——二元的世界溶解のはじまり
1 彗星の自然学的理解
2 彗星予兆説と占星術
3 定量的彗星観測のはじまり
4 ポイルバッハと彗星観測
5 視差をもちいた彗星高度の推定
6 1531年のハレー彗星
7 アリストテレス気象論のほころび
8 彗星についての新しい見方の登場
9 セネカの『自然研究』をめぐって
10 パラケルススの宇宙
第10章 アリストテレス的世界の解体——1570年代の新星と彗星
1 1572年の新星
2 ヘッセン方伯ヴィルヘルムIV世
3 ティコ・ブラーエと新星
4 ミハエル・メストリンと新星
5 古代的宇宙像崩壊のはじまり
6 ティコ・ブラーエと天文学
7 1577年の彗星観測
8 ティコとメストリンのアリストテレス批判
9 メストリンによる月の観察
10 アリストテレス批判からコペルニクス説へ
11 ティコ・ブラーエと占星術
第11章 ティコ・ブラーエの体系——剛体的惑星天球の消滅
1 ティコ・ブラーエとコペルニクス理論
2 ティコ・ブラーエの天体観測
3 ティコ・ブラーエの観測精度
4 ティコ・ブラーエの体系にむけて
5 パウル・ヴィティッヒ
6 クリストフ・ロスマン
7 剛体的惑星天球の否定
8 ロスマンとコペルニクス理論
9 ティコの体系のもたらしたもの
10 ジョルダノ・ブルーノと無限宇宙
11 パトリッツィとリディアット
第12章 ヨハネス・ケプラー——物理学的天文学の誕生
1 メストリンとの出会い
2 ケプラーの出発点
3 宇宙の調和的秩序
4 ティコ・ブラーエとの出会い
5 ケプラーとウルスス
6 天文学の仮説について
7 幾何学的仮説と自然学的仮説
8 物理学としての天文学
9 物理学的太陽中心理論
10 ケプラーの第0法則
11 円軌道の破綻
12 地球軌道と太陽中心理論の完成
13 等速円運動の放棄と面積法則
14 楕円軌道への道
15 ケプラーの第1法則
16 第2法則の完成
17 第3法則とケプラーの物理学
18 プラトン主義と元型の理論
19 ケプラーにとっての経験と理論
20 おわりに——物理学の誕生
付記C ケプラーの法則に関連して
C-1 火星軌道の決定 その1 第0法則の検証
C-2 火星軌道の決定 その2 等化点モデルの検証
C-3 地球軌道の決定 離心距離の二等分について
C-4 卵型軌道近似の誤差
C-5 楕円軌道の磁気作用による説明
C-6 火星軌道の決定 その3 直径距離と面積法則
C-7 ケプラーの思考の実例 第3法則の力学モデル
付記D ケプラーと占星術
D-1 ケプラーの占星術批判
D-2 星相の理論と有魂の地球