一九八○年代、マクヒュー博士は記憶回復療法の主要な反対者となった。精神分析医が患者 の多重人格障害の潜在的な原因が過去の児童虐待にあることを発見したと主張したのだ。マク ヒュー博士は多重人格障害は偽りの病気で、記憶回復は医原性(イアトロジェニック)治療者によって引き起こされた、という意味のギリシア語 で、原因を発見するためと称された治療過程で植えつけられ たと考えている。偽りの記憶が子供時代の虐待であることは多く、マクヒュー博士は誤って告 発された被告人の容疑を晴らす専門家として証言をするために、メリーランド州ロックヴィル、ニューハンプシャー州マンチェスター、ロードアイランド州プロヴィデンス、ウィスコンシン州 アップルトンを飛びまわった。
現在のトランスジェンダーの大流行も同様に熱狂に圧倒された精神医学の専門家によって助長されて不適切に扱われていると、マクヒュー博士は考えている。ほかのあらゆる医療分野では人間を対象とした実験的手法は倫理委員会の監視のもとに行なわれているのに、性別適合手術は違う。マクヒュー博士は性別適合手術が基にしている研究の証拠の質が低いことを指摘し、性別適合手術は実験的だと主張している。
これまでの精神疾患の流行と今回の重要な違いは、トランスジェンダーの大流行はおもに友人 やメディアや学校によって引き起こされているという点だ。昨今のティーンエイジャーは自分の どこが悪いのかを知るためにセラピストに相談したりしない。パソコンの画面の前にすわって 「わたしはトランスジェンダー?」とGoogleで検索し、症状リストを見て自己診断をくだ す。むしろ、セラピストはすでに起こっている問題を悪化させたり助長したりするだけだ。
しかしながら多重人格障害の流行が終わったように、トランスジェンダーの流行も終わるとマ クヒューは考えている。法廷では、患者たちが医師を訴えている。そうしたティーンエイジャー の少女のなかには「二十三か二十四歳で目覚めて「ほら、このとおり。夕方になるとひげが伸び てくるし、胸は取ってしまったし、妊娠もできない。わたしはあるべき姿じゃない。いったい、 どうしてこんなふうになってしまったの?』と言う子もいるでしょう」
もちろん、トランスジェンダーの大流行が精神疾患の流行のひとつに過ぎないからといって、 なぜトランスジェンダーなのかという疑問の答えにはなっていない。非常に多くの熱狂が流行っ ては消えていった。連続殺人はほとんどなくなった。銃乱射は増加。過食は減っているかもしれ ないが、自傷と自殺は急増している。ひとつの熱狂が収まると、またひとつが定着する。
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ネットに誘導されて熱狂が発生する。その様子はトランプ再選と似たような原理である。ネットは一種の催眠術だと考えていいのかもしれない。
自分こそが賢くて、真実にたどり着いたと錯覚させるシステムである。
ネットの内部にいると誰でも多かれ少なかれ視野狭窄になる。自分を客観的に見つめることができない。自分は正しくて敵は間違っているという二分型思考に誘導されて違和感を感じなくなる。どうしたらよいのかはよく分からない。いまは先進国にとどまっているが、徐々に全世界に拡散していく。自分だけが正しいと信じる狂信者や、正しいふりをして別の利益を追い求めて他人を犠牲にする悪者、そうした人々から受ける被害から社会を防衛できるのだろうか。その場合も、何が被害であるかの議論の部分ですでに信じるか信じないかの二分法は始まってしまっている。静かに考えてみるしかない。