山本周五郎 樅の木は残った

「宇乃、この樅はね、親やきょうだいからはなされて、ひとりだけ此処へ移されてきたのだ、ひとりだけでね、わかるか」

宇乃は「はい」と頷いた。

「ひとりだけ、見も知らぬ土地へ移されて来て、まわりには助けてくれる者もない、それでもしゃんとして、風や雨や、雪や霜にもくじけずに、ひとりでしっかりと生きている、宇乃にはそれがわかるね」

「はいー」

「宇乃にはわかる」と甲斐は云った。彼はふと遠いどこかを見るような眼つきをした。

山本周五郎 樅の木は残った

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