精神療法の各種流派を眺めて、少し感想。
●精神分析
・巨大流派になっていて、過去の蓄積も巨大、しかしアイディアそのものはそんなに多彩でもないし深淵でもない。
・蓄積が大きいので、一人の人間が学ぶには手に余る。それぞれがあいまいなことを言っているのでどうしようもない。
・個々の観察、発想、技法についてはいいアイディアも多い。しかし、それを精神分析的用語で語る必要もない。
・山でウサギを狩る方法の解説を読んで、海で魚を取ることに応用するとして、いつまでも山の用語を使う必要はない。
・もっとあっさりと言えるはずだ。
・当然、今後は、脳神経回路の話として読み替えが進んで、昔の話はだんだん忘れられてゆくだろう。
・そうなれば、精神分析学は文系の文献学者の研究領域になるだろう。それがふさわしい。文献学者は実にすごい仕事をする。
●フロイトは初期には科学的だった。
・フロイトは初期には、むしろ神経学の領域でよい仕事をした。当時の物理学の輝かしい勝利、進化理論の勝利などが背景にある。また発生生物学はよいインスピレーションを与えた。初期のフロイトの提案は、いずれも、納得しやすい発想であった。自然科学的な検証にはふさわしくないとしても、少なくとも、思弁的な領域の中では、自然科学的発想に近いものだったと思う。
・しかしその後は、フロイトは図に乗ったのか、根拠の薄弱な発想を展開してゆく。自分が開発した自由連想の方法のように、自由に連想している。ユングなど周囲のとりまきもよくなかったのだろうと思う。フロイトの脳内の投影にはなっているのだろう。しかし大多数の人の脳の構造を言い当てているのかどうか、疑わしい。少なくともフロイトの脳の中にそのような回路があったのだろうと言える程度で、それ以上のものではないと思われる。
・これはたぶん、フロイトの、中期以降、その後の分析学派の巨大な流れを理解していない立場からの感想だろう。よく理解していれば、一生でも、その内部で散歩して楽しいのかもしれない。
●ロジャーズとエリス
・分析学派の巨大に集積の後に、ロジャーズやREBTのエリスが登場しているのが面白い。
・いずれも、分析学派の達成から見れば、退化したものと思われる。
・精神分析などの高度な知的要求に応じきれない人たちがやはりいつでもいるはずで、その人たちように、難しく考えなくていい、平易な精神療法も必要だったのだろう。
・その中でも、ロジャーズとエリスは両極端である。どちらも理論としては平板、平易。
・ロジャーズはこの人、何言ってるの、という感じもある。信仰を述べるなら別の場所でやってほしい。理屈になっていない。
・信仰告白としては美しいし、そのような方針で適切なケースもあるだろう。しかし、適切ではないケースもすぐに見つかるはずである。どのようなケースに、ロジャーズ的に対処すればよいかを見分けるのが大事な仕事になる。
・それなのに、普遍的に正しい方針だというような態度でいわれると、困ってしまう。親切ではない。
・ロジャーズが当時生きていた環境も大きく影響しているのだと思う。あのような純粋さが人気を博する時代だった。そして日本がそれを輸入して、商売になる時代だった。
●統合の途上
・各主流派は合併、統合、独立を繰り返している。理論は気に入らないが、技法は取り入れたいと思うのだろう。
・現在は、臨床家はたいてい、それぞれのケースに応じて、どのような技法で対処するか、どのような価値観を重んじるか、考えながら、臨機応変で対処している。それで当然だと思う。
・そのような、あいまいな統合派に対して、認知療法は、行動療法と結合して認知行動療法と看板を変えて、その後も技法統合を果たしつつ、巨大流派に成長している。
・DSMが神経症を抹消して、精神分析学派を根絶やしにしようと長年運動している。その成果もあって、精神分析学派はだんだん居場所がなくなってきている。個々の技法とか観察が継承されてゆくのみである。いまさらエディプスコンプレックスとかでケースを検討する人もいないでしょう。思ったとしても、公表はしないでしょう。
・その分、認知行動療法の看板が有利になっている状況だと思う。今度は瞑想とかマインドフルネスをどのように統合するかが問題だ。認知行動療法の看板で巨大化するのか、ACTとかマインドフルネスの看板を出すのか。どちらでも、実質にはあまり違いがない感じがする。スキーマ療法などは、さらに大きな統合ができる道具立てである。
・しかし、新しい発想は少ないようだ。各種道具を、どのような言葉で表現して、どの道具箱に整理するか、そんなことのような気がする。
●未来予想ができるか
・自然科学の理論が正しいかどうかを検証するときに、未来を予想できるかどうかは大切な要素だろう。物理学でも、何秒後の物体の位置と運動量はどうかなどを正確に予言できるから、科学として成立した。
・精神の科学の場合、そのような予想はできない。むしろ、精神病理学が、診断と予後の事実集積がある。未来の状態を予想するには、診断学の方が優勢である。
●薬物療法と精神療法の賢い統合
・現在は精神科の薬物療法が進歩していて、その成果は重大である。精神療法と薬物療法のより賢い統合が課題である。たぶん、何か賢い理論を提示できるのではないかと思う。
・現状では精神療法の専門家と薬物療法の専門家が分離しているので、いい理論もないと思うが、今後は出てくると思う。実際、どのケースにどのタイミングで、どの薬で、どの精神療法か、各人が試行錯誤してデータもあるわけだから、賢い理論も提出されるのではないか。
・薬屋は精神療法について語りえないし、心理屋は薬剤について語らない。どちらもかかわっている人は実際には忙しくて、何かを語るほど暇でもない。おまけに脳画像とか脳波とかもあるので、なおさら忙しい。