CT48 精神分析におけるナルシシズム研究

ナルシシズムという概念の複雑さと、精神分析におけるその多様な理解について解説します。特に、本書で取り上げられている主要なテーマ、重要なアイデア、そして精神分析におけるナルシシズム研究の代表的な論者であるオットー・カーンバーグとハインツ・コフートの理論における対照的な視点に焦点を当てます。

主要テーマと重要なアイデア:

  1. ナルシシズム概念の捉えどころのなさ:
  • 資料は、精神分析におけるナルシシズムという概念の定義と理解が一貫しておらず、多くの混乱と議論が存在することを強調しています。
  • フロイトの初期のナルシシズム概念に対する自己評価や、ジュディス・タイホルツ、スミス、アワーバック、テイラー、マイスナー、キーリー&オグルドニクズク、ヒンツェといった精神分析家たちの見解を引用し、この概念の曖昧さと多義性を示しています。
  • 例えば、フロイト自身がナルシシズムを「難産であり、対応する変形のすべての兆候を帯びている」と評しています。
  • また、ナルシシズムが臨床的には性的倒錯、発達段階、対象選択、人間関係のモード、自己評価の臨床状態など、多様な側面を示すために使用されてきたことが指摘されています(マイスナー、プルヴァー、ムーアを参照)。
  • キーリー&オグルドニクズクは、「この用語の広範な口語的使用にもかかわらず、ナルシシズムは悪名高く単純でとらえどころのない構造のままである…」と述べています。
  • ヒンツェは、ナルシシズムと自己愛的という言葉が広範かつ緩やかに使用されることで、「記述的および識別的な力を失ってしまったように思われる」と懸念を示しています。
  1. ナルシシズム理解の困難さの背景:
  • 資料は、ナルシシズムについての合意形成が困難である理由として、精神分析という分野自体の新しさ、人間の複雑な内面の探求の困難さ、そして個々の主観性の多様性を挙げています。
  • 著者自身も、「私たち自身や他の人々を理解するという仕事は、私たち自身の魂のすべての混乱、すべての矛盾、そしてすべての暗い隅に浸ることを必要とします」と述べています。
  • また、人間機能のモデル化における概念化の多様性が、ナルシシズムのような基礎的な概念の理解をさらに複雑にしていると指摘しています。
  1. オットー・カーンバーグの理論:
  • カーンバーグは、自己愛的パーソナリティ障害(NPD)の中心に「統合された、しかし非常に病的な、誇大な自己」が存在すると考えました(ヒンツェを参照)。
  • この誇大な自己は、幼少期の侮辱、失望、欲求不満から自己を守る役割を果たす一方で、他者との真の親密さを阻害し、不信感、共感の欠如、他者の道具的利用といった特徴を生み出すとされます。
  • カーンバーグは、病的なナルシシストの内面を「空腹で、激怒し、空虚な自己のイメージがあり…価値がなく、貧困に苦しみ、空っぽの人間であり、常に置き去りにされていると感じ、食べ物、幸福、名声を持っている人々への羨望によってむさぼり食われている」と描写しています(1970年の著作より)。
  • カーンバーグのモデルでは、NPDの重症度を、より高いレベル、境界線レベル、悪性ナルシシズムのレベルに分類し、それぞれ特徴が異なるとしました。悪性ナルシシズムは最も病的な形態であり、偏執的な特徴や復讐心などを伴います。
  • カーンバーグ派の治療は、患者の誇大な自己、敵意、孤立といった防衛機制に積極的に取り組み、転移の解釈を通じて患者が自己のナルシシズムから解放されることを目指します。逆転移は強く、不快感を伴うことが多いとされます。
  • カーンバーグの理論は対象関係論の視点に基づいており、初期の重要な二者関係の内的表象が自己愛的パーソナリティの形成に大きな影響を与えると強調しています。
  • キーリーとオグルドニクズクは、カーンバーグの枠組みにおいて、相互依存と脆弱性に耐えられないことが、他者を心から愛する能力の損傷を意味すると指摘し、「人は自分の欠点、失敗、および違反に耐えることができないときに、どうすれば自分自身を愛することができるでしょうか?」と問いかけています。
  1. ハインツ・コフートの理論:
  • コフートは、秩序だったまとまりのある自己感覚の発達における自己対象の重要性を強調しました(プドゥを参照)。
  • 自己対象とは、両親など、個人の自己感覚に大きな影響を与える他者のことです。
  • コフートは、健全な自己発達には、ミラーリング体験(自分の才能に対する親の自然な感謝)と理想化体験(穏やかで信頼できる親との同一化)が不可欠であると考えました。
  • これらの自己対象体験と共感的な反応を通じて、個人は自分の欲望を追求し、人生の課題に立ち向かう強さと活力を得ることができます。
  • キーリーとオグルドニクズクは、「最適な条件下では、初期の自己対象体験は、(また)子供への自然な共感的な反応を通して両親によって提供されます…成熟は異なる自己対象ニーズをもたらし、したがって自己対象からの異なる反応をもたらします」と述べています。
  • コフートの視点では、自己愛的成熟とは、自己および親対象の限界と善良さ、偉大さ、および力を徐々に受け入れる物語であるとされます(タイホルツを参照)。
  • モロンは、コフートの理論におけるナルシシズムを、自己対象との融合と、分離した対象との関係性である対象愛という、二つの異なる発達ラインの概念で表現しています。
  • コフートは、共感の侵害は避けられないとしつつも、繰り返されるトラウマ的な自己対象の失敗が、脆弱な自己と自己の断片化に対する恥や過度の依存を生み出すとしました。
  • コフート派の治療では、自己愛的転移(ミラーリング転移、理想化転移、双子関係)を通じて、患者の古風な自己を癒し、自己発達の断絶を修復することを目指します。スミスは、コフートにとってナルシシズムを定義したのは、カテキシスの対象(誇大な病的な自己)ではなく、カテキシスの質(関係が想定する形態)であったと指摘しています。
  • プドゥは、コフート療法における癒しのプロセスを、分析家が内省と共感への調律を通して提供できる癒しの経験を通じて、不適切な自己対象関係が作り出した自己発達の断絶を修復する試みであると説明しています。コフートはナルシシズムを一種の逮捕された発達と見なしました。

結論:

提示された資料は、ナルシシズムが精神分析において中心的な概念でありながら、その定義と理解には多くの困難と多様性があることを明確に示しています。リチャード・ウッドの著書は、フロイト以来の精神分析におけるナルシシズム研究の歴史を概観し、カーンバーグとコフートという二人の主要な論者の対照的な理論を紹介することで、この複雑な概念への理解を深めることを試みていると言えます。ナルシシズムの多様な現れと、それに対する精神分析的なアプローチの違いを理解することは、臨床実践において自己愛的特性を持つ患者を認識し、評価し、治療する上で不可欠であると考えられます。

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資料とこれまでの会話を踏まえ、ナルシシズムの概念について議論します。

ナルシシズムという概念は、精神分析において非常に重要な基礎概念であるにもかかわらず、その本質を捉えることは混乱を招く捉えどころのない課題であるとされています。リチャード・ウッドの著書『ナルシシズム:現代的入門』は、この重要な概念の歴史的概要を提供し、フロム、ローゼンフェルド、カーンバーグ、コフートなどの研究を参照しながら、ナルシシズムの理解を特徴づける理論的展望を批判的に概説しています。ウッドは、極度の人間的苦痛をもたらす可能性のある重度の病的なナルシシズム、自己愛性人格障害の範囲内のナルシシズム、そして個人的、文化的、創造的な発展の成功に不可欠な健全な形態のナルシシズムという3つの主要な形態を描写し、調査しています。

フロイト自身も、ナルシシズムを定義しようとする最初の試みを回顧的に評価し、「ナルシシズム」は難産であり、対応する変形のすべての兆候を帯びていると述べています。半世紀以上後にも、ジュディス・タイホルツも同様の評価を下しており、フロイトのナルシシズムに関する考えには矛盾、不一致、ギャップが含まれていると指摘されています。

スミス(1988)は、ナルシシズムは極めて重要な精神分析の概念でありながら、他の重要な精神分析のメタ理論の分野と問題なく統合できるかは決して明らかではないと述べています。さらに、フロイトの死後の理論的および技術的革新によって、ナルシシズムの位置づけは不安定になっているものの、その重要性は逆説的にも増大していると指摘しています。オーエルバッハ(1990)は、フロイトが私たちに遺産として残した多くの概念の中で、ナルシシズムほど捉えどころのないものはないと述べています。テイラー(1992)は、ナルシシズムは非常に包括的な概念になることによって、その理論的および臨床的特異性を失う危険性があると指摘しています。

ナルシシズムの概念は、臨床的には性的倒錯を示すために、遺伝的には特定の特徴を持つ発達段階を示すために、人間関係においては対象選択のタイプや環境と関係を持つモードを示すために、そして自己評価の臨床状態のさまざまな側面を示すためにも使用されてきました。マイスナー(2008)は、プルヴァー(1970)がナルシシズムのいくつかのサブタイプを特定し続けたことを指摘しており、それには、発達段階、対象選択の形態、関係を持つモード、自己参照的な態度、対象愛に反対する姿勢を反映した態度、そして対象愛を強化し支持する態度が含まれます。さらに、マイスナーは、ムーア(1975)が「ナルシシズムの概念に伴う混乱にもかかわらず、広範な形態を網羅する理論的構築のための組織的母体として、グローバルな用語を保持することを主張した」と指摘しています。キーリーとオグルドニチュク(2014)は、複数の精神分析的視点がこの概念に豊かさと深みをもたらしたが、やや混乱した錯綜とした文献を生み出したと指摘し、この用語の広範な口語的使用にもかかわらず、ナルシシズムは悪名高く単純でとらえどころのない構造のままであると述べています。

ヒンツェ(2017)は、私たち(精神分析家)がナルシシズムと自己愛的という言葉を正常または逸脱した心理学的現象を記述するために使用しているが、それらは非常に広範囲に、そしてしばしば非常に緩やかに使用されるため、記述的および識別的な力を失ってしまったように思われると述べています。

ナルシシズムについての合意に達することがこれほどまでに困難である理由について、本書の著者は、精神分析の科学がまだ比較的新しいからだと主張しています。私たち自身や他の人々を理解するという仕事は、私たち自身の魂のすべての混乱、すべての矛盾、そしてすべての暗い隅に浸ることを必要とし、私たちが探求することを非常に当惑させ、さらには恐ろしく感じることがあるため、意図せずに制限されていることに気づくことがあると述べています。さらに、私たち一人ひとりが、私たち自身のユニークな主観性とダイナミクスによって定義されており、それが文化、遺伝学、脳機能、および生化学と絡み合っているという認識が高まっていることも、この作業を困難にしています。

著者は、私たちが努力する中で、人間の機能のモデルである概念化の多様性を生み出すことは避けられず、特にナルシシズムのような、私たちが誰であるかを把握する上で基礎的な役割を果たしているように見える概念についてはそうであると述べています。基礎となる、あるいは重要な概念は、私たちが構築または修正している過程にある他の多くの臨床的および理論的構築と必然的に交差する必要があり、概念化が変化するにつれて、私たちの根本的なアイデアへの理解も変化すると説明しています。

したがって、私たちは多くの新たな、異なる「ナルシシズム」のモデルと取り組まなければならず、それは、私たちが日々の実践で対処しなければならない臨床的現実に対処するために、できる限り最善を尽くして適用しなければならない、アイデアと抽象概念の見かけ上の不協和音であると著者は指摘しています。ダニエル・ショウの科学の概念に触れ、まるで盲目の男女のグループが、自分たちが知っていると思う象の部分を言い当てようとしているかのようだと述べており、私たちの概念やモデルの多くは厳密な科学的調査によって裏付けられているものの、私たちが知っていることを単一の説得力のある視点に統合することを可能にするものはないと示唆しています。さらに、ナルシシズムを理解しようと試みている実践者が、彼らの発見を記述する際に、同質な患者グループを指していることさえ明らかではない、つまり、ある臨床家のグループがナルシシスティックであると考えるものを、別のグループはそう考えない可能性があると指摘しています。

オットー・カーンバーグとハインツ・コフートはそれぞれ、ナルシシズムに関する精神分析的思考の進化に大きく貢献してきましたが、彼らの理論的立場は、ナルシシズムについて考える方法における著しい違いによって大きく定義されています。類似点として、欠陥のある自己が自己愛的障害の中心にあり、古風な、または初期の誇大な自己イメージと古風な理想化された親イメージが成人の自己愛的病理に大きく貢献するという合意があります。

カーンバーグのモデルでは、多くの分析家が、自己愛性人格の中心には、統合された、しかし非常に病的な、誇大な自己があるという考えを共有しており、それは自己愛性人格にまとまりを提供し、生後数年間の侮辱、失望、および深刻な欲求不満から保護します。しかし、その代償として、他者との持続的で人生を与える親密さを構築することを可能にするであろう私たち自身の最良の部分を否定することになります。カーンバーグの定式化が意味するところは、自己愛性人格障害(NPD)を抱える人々は、他者とのつながりから孤立し、手におえない不信感によって定義され、自分自身の欠陥や他者のニーズに耐えることができないため、絶え間なく自分の誇大さを再確認することに多くのエネルギーを費やさなければならないということです。彼らは他人を使い捨てのように扱い、知覚された自己利益が優先されますが、貪欲と自己高揚はめったに満たされず、誇大な自己構造は脆弱で硬直しています。カーンバーグは、病的なナルシシストの中心には「空腹で、激怒し、空虚な自己のイメージがあり、欲求不満にさせられていることへの無力な怒りに満ちており、患者自身と同じくらい憎しみ深く、復讐心に燃えているように見える世界を恐れている…」と指摘しています。カーンバーググループは、誇大な自己の形成に加えて、気質的な贈り物、逆境な幼少期の経験、社会文化的影響、愛着スタイル、感情的共感の欠如を含む多くの潜在的な貢献要因を特定しています。カーンバーグモデルは、治療において積極的に攻撃される必要のある、硬直した防衛と撤退のシステムを強調し、セラピストは患者のenvyとセラピストを打ち負かそうとする試みに直面して、患者を孤独な存在からこじ開ける責任を負っています。カーンバーグ療法は、転移の断定的な解釈が、患者が自身のナルシシズムが作り出す貧困と孤独から解放されるのを助けることを期待する一種の戦闘を表しています。カーンバーグの理解の中心となったのは、患者の人生を定義した重要な二者関係の内的表象であり、ナルシシズムがより顕著になるにつれて、著しい敵意と手におえない不信と皮肉が浸透していると見なすことができます。カーンバーグの枠組みでは、相互依存と脆弱性に耐えることができないということは、他者を心から愛する能力が損なわれていることを意味し、病的なナルシシズムは自己への過剰な投資ではなく、自己の歪んだバージョンであると指摘されています。

対照的に、コフートのモデルでは、秩序だったまとまりのある自己感覚が発達過程において果たす重要性が第一に与えられます。コフートの世界では、自己対象(人の両親など、人の自己感覚に大きな影響を与える他の人々)は、自己の完全性と心理的健康を確保する上で重要な役割を果たします。キーリーとオグルドニチュク(2014)は、自己対象体験には、子供の才能に対する両親の感謝であるミラーリング体験と、子供が穏やかで効果的で信頼できる両親と同一化し、融合することを可能にする理想化体験の2つの主要な形態があると説明しています。これらの自己対象関係は、個人の欲望を追求し、人生の課題に直面して自分の価値観を維持または修正するための強さと活力の感覚を提供します。ポジティブな自己対象体験を持つ人は、愛されていると感じることができ、自分の能力を現実的に評価することができ、他者を心から愛することができる立場にあり、自分が受け取ったものを他者に与えることができます。自己の成熟は、自己の価値への感謝から派生した願望を満たし、自己を拡大および成長させる必要性を反映して、生涯にわたって展開すると見なされます。コフートの世界では、「自己愛的成熟とは、自己および親対象の限界と善良さ、偉大さ、および力を徐々に受け入れる物語であると言えるだろう」とされています。モロン(1986)は、コフートの視点の中で、「幼児は、心理的に分離していると同時に、自己対象と部分的に融合していると理解される。これは、ナルシシズム(自己対象との融合)と対象愛(分離した対象との関係性)という2つの別個の発達ラインの概念で表現されている」と説明しています。コフートは、他の人々への愛と自己愛/自尊心は、2つの異なる心理的機能であると考えています。

キーリーとオグルドニチュク(2014)は、コフートが、誰かの成熟体験の一部として、共感の侵害が避けられないことを受け入れたことを強調しています。しかし、繰り返される、トラウマ的な自己対象の失敗は、欠乏感と空虚感を生み出す、不器用な保存メカニズムに過度に依存する脆弱な自己につながります。その結果、将来の怪我や失望に直面して、自己の断片化に対する恥と高められた脆弱性の感覚を押し付けることが、特定の個人の自己との経験をますます知らせる可能性があります。病的な自己愛的パーソナリティが構築された土台として誇大さを見たカーンバーグとは異なり、コフートは、誇大さを自己(ミラーリング転移)または他者(理想化転移)のいずれかを指すものとして定義しました。コフート療法内の自己愛性転移は、患者が彼とセラピストが同じであるという感覚を伝えた双子関係としても現れる可能性があります。スミス(1988)は、コフートについて、ナルシシズムを定義したのは、カテシスの対象(すなわち、誇大な病的な自己)ではなく、カテシスの質(関係が想定する形態)であったと述べています。そのような転移は、自己を癒し、その古風な「幼児的、横暴、およびサディスティックな質」から自己を取り除く試みでした。プドゥ(1999)は、コフート療法における癒しのプロセスを、不適切な自己対象関係が自己のために作り出した自己発達の断絶を修復する試みとして説明し、分析家が内省と共感への調律を通して提供できる癒しの経験を探求すると説明しました。この観点から、コフートは、患者に適切に成熟する機会を否定した、一種の逮捕された発達としてナルシシズムに焦点を当てていると見なすことができます。

このように、ナルシシズムの概念は多岐にわたり、精神分析の異なる学派によって理解や焦点が大きく異なります。ウッドの著書は、これらの多様な視点を概観し、ナルシシズムの全体像を理解するための入門として役立つとされています。

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はい、精神分析的視点について議論します。

このソースは、精神分析におけるナルシシズムという重要な基礎概念に対する現代的な入門として、『ナルシシズム:現代的入門』(リチャード・ウッド著)を紹介しています。この書籍は、フロム、ローゼンフェルド、カーンバーグ、コフートなどの研究を参照しながら、ナルシシズムの理解を特徴づける理論的展望を批判的に概説しています。

ソースによると、ナルシシズムの本質的な精神分析的概念を捉えることは、長年にわたり課題とされてきました。フロイトの初期のナルシシズムに関する考えには矛盾や不明確な点があり、その後も多くの精神分析家がナルシシズムという用語の意味について混乱が残っていると指摘しています。ナルシシズムは非常に包括的な概念になることで、その理論的および臨床的特異性を失う危険性も指摘されています。

本書では、ナルシシズムの3つの主要な形態が描写・調査されています。それは、極度の人間的苦痛をもたらす可能性のある重度の病的なナルシシズム、自己愛性人格障害の範囲内のナルシシズム、そして個人的、文化的、創造的な発展の成功に不可欠な健全な形態のナルシシズムです。

精神分析におけるナルシシズムに関する主要な視点として、オットー・カーンバーグとハインツ・コフートの理論が詳細に比較されています。彼らはナルシシズムに関する精神分析的思考の進化に大きく貢献しましたが、その理論的立場には著しい違いがあります。

カーンバーグの視点

カーンバーグは、自己愛的パーソナリティの中核には、統合された、しかし非常に病的な、誇大な自己があると考えています。この誇大な自己は、自己愛的パーソナリティにまとまりを与え、幼少期の侮辱、失望、欲求不満から個人を守る役割を果たしますが、その代償として、他者との持続的で親密な関係を築く能力が損なわれます。自己愛性パーソナリティ障害(NPD)を持つ人々は、他者とのつながりから孤立し、強い不信感を抱いています。彼らは自身の欠陥や他者のニーズに耐えられないため、絶えず自身の誇大さを再確認することにエネルギーを費やします。他者は自己利益のために利用され、使い捨てにされる傾向があり、誇大さが傷つけられるとアイデンティティの危機が生じます。

カーンバーグの定式化の中心には、誇大な自己が攻撃的な対人姿勢を通して自己を支え、その資格を強化するという概念があります。病的なナルシシストの内的世界は、理想化された自己像や、搾取された人々のイメージによって大きく定義されています。カーンバーグは、病的なナルシシストの中心には「空腹で、激怒し、空虚な自己のイメージがあり、欲求不満にさせられていることへの無力な怒りに満ちており、患者自身と同じくらい憎しみ深く、復讐心に燃えているように見える世界を恐れている…」と述べています。

病的なナルシシズムには、より高いレベル、境界線レベル、悪性ナルシシズムといった組織化のレベルが存在します。悪性ナルシシズムは、偏執的な特徴、復讐的な動機、反社会的行動、そして共感の欠如によって特徴づけられます。カーンバーグは、NPDの形成に寄与する要因として、気質的な要素、逆境的な幼少期の経験、社会文化的影響、愛着スタイル、感情的共感の欠如などを挙げています。

カーンバーグモデルにおける治療は、患者の硬直した防衛と撤退のシステムに積極的に働きかけることを強調します。セラピストは、転移の解釈を通じて、患者が自身のナルシシズムがもたらす貧困と孤独から解放されるのを助けることを目指します。

コフートの視点

対照的に、コフートモデルでは、秩序だったまとまりのある自己感覚の発達における重要性が第一に与えられます。コフートは、自己の完全性と心理的健康を確保する上で重要な役割を果たす自己対象の概念を提唱しました。自己対象とは、人の自己感覚に大きな影響を与える他者(例えば、両親)のことです。

コフートは、健全な自己の発達には、**ミラーリング体験(子供の才能に対する親の自然な感謝を経験すること)と理想化体験(子供が穏やかで、効果的で、信頼できる親と同一化し、融合すること)**が不可欠であると考えました。これらの自己対象関係と共感的な反応を通じて、個人は自身の欲望を追求し、人生の課題に直面して自身の価値観を維持・修正するための強さと活力を得ます。

コフートの視点では、ナルシシズムは、不適切な自己対象関係によって生じた自己発達の断絶、つまり一種の逮捕された発達と見なすことができます。治療においては、分析家が内省と共感を通して提供できる癒しの経験を探求し、不適切な自己対象関係が自己のために作り出した発達の断絶を修復することを目指します。コフート療法における自己愛的転移は、誇大な自己または理想化された他者を指すだけでなく、患者とセラピストが同じであるという感覚を伝える双子関係としても現れる可能性があります。コフートは、ナルシシズムを定義するのは、カテキシスの対象(誇大な病的な自己)ではなく、カテキシスの質(関係が想定する形態)であると述べています。

コフートは、成熟の過程において共感の侵害は避けられないとしましたが、繰り返されるトラウマ的な自己対象の失敗は、脆弱な自己につながり、欠乏感と空虚感を生み出すと考えました。

カーンバーグとコフートの主な違い

カーンバーグは病的なナルシシズムの根底に誇大な自己という病的な構造を見ており、それを積極的に治療で扱う必要性を強調しています。一方、コフートは、誇大性を満たされない自己対象ニーズの表れと捉え、共感的な理解と内省を通じて自己の統合を促すことを重視します。カーンバーグは対象関係論の視点から、初期の重要な二者関係の内的表象がナルシシズムの理解に中心となると考えましたが、コフートは自己心理学の観点から、自己対象との関係を通じて自己が発達していく過程を重視しました。

結論として、精神分析的視点におけるナルシシズムの理解は複雑であり、カーンバーグとコフートをはじめとする多くの理論家によって異なるモデルが提唱されています。それぞれの視点は、ナルシシズムの様々な側面を理解するための重要な枠組みを提供しています。

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はい、病的なナルシシズムについて議論します。

ソース『ナルシシズム:現代的入門』 によると、ナルシシズムにはいくつかの形態があり、その一つが極度の人間的苦痛をもたらす可能性のある重度の病的なナルシシズムです。自己愛性人格障害(NPD)の範囲内のナルシシズムも病的な形態の一つとして挙げられています。

精神分析的な視点から病的なナルシシズムを考察する上で、オットー・カーンバーグの理論は重要な貢献をしています。カーンバーグは、自己愛的パーソナリティの中核には、統合された、しかし非常に病的な、誇大な自己があると考えています。この誇大な自己は、生後数年間の侮辱、失望、欲求不満から自己を守る役割を果たしますが、その代償として、他者との親密な関係を築く能力が損なわれます。

病的なナルシシズムを持つ人々(特に自己愛性パーソナリティ障害(NPD)を抱える人々)は、他者とのつながりから孤立し、強い不信感を抱いているとカーンバーグは述べています。彼らは自身の欠陥や他者のニーズに耐えられないため、絶えず自身の誇大さを再確認することにエネルギーを費やします。他者は自己利益のために利用され、使い捨てにされる傾向があり、誇大さが傷つけられるとアイデンティティの危機が生じます。

カーンバーグの定式化の中心には、誇大な自己が攻撃的な対人姿勢を通して自己を支え、その資格を強化するという概念があります。病的なナルシシストの内的世界は、理想化された自己像や、ナルシシストが搾取した人々のイメージによって大きく定義されています。カーンバーグは、初期の著作で、病的なナルシシストの中心には「空腹で、激怒し、空虚な自己のイメージがあり、欲求不満にさせられていることへの無力な怒りに満ちており、患者自身と同じくらい憎しみ深く、復讐心に燃えているように見える世界を恐れている…価値がなく、貧困に苦しみ、空っぽの人であり、常に置き去りにされていると感じ、食べ物、幸福、名声を持っている人々への羨望によってむさぼり食われている」と述べています。

病的なナルシシズムには、組織化のレベルが存在し、カーンバーグらはより高いレベル、境界線レベル、そして悪性ナルシシズムと呼んでいます。悪性ナルシシズムは、病的なナルシシズムの中でも最も好ましくない気質であり、偏執的な特徴、復讐的な動機、反社会的行動、そして共感の欠如によって特徴づけられます。この用語は1964年にフロムが作り出したもので、臨床的な共通語となっています。

カーンバーググループは、NPDの形成に寄与する可能性のある要因として、誇大な自己の形成に加えて、気質的な要素、逆境的な幼少期の経験、社会文化的影響、愛着スタイル、そして認知的共感とは対照的な感情的共感の欠如などを特定しています。感情的共感とは他者の経験を感じる能力であり、認知的共感とは知的レベルで他者が何を感じているかを識別する能力を指します。

カーンバーグモデルにおける治療は、患者の硬直した防衛と撤退のシステムに積極的に働きかけることを強調します。セラピストは、患者の羨望やセラピストを打ち負かそうとする試みに直面しながら、患者をその孤独な存在、敵意、誇大さへの固執から引き離す責任を負います。転移の解釈を通じて、患者が自身のナルシシズムがもたらす貧困と孤独から解放されるのを助けることを目指します。

一方、コフートの視点では、病的なナルシシズムは、適切な自己対象関係が欠如した結果としての自己発達の断絶と捉えられます。繰り返されるトラウマ的な自己対象の失敗は、欠乏感と空虚感を生み出す脆弱な自己につながるとコフートは考えました。

カーンバーグは病的なナルシシズムの根底に病的な構造としての誇大な自己を見ますが、コフートはそれを満たされない自己対象ニーズの表れと捉えるという点で、両者の視点は大きく異なります。カーンバーグの治療は誇大な自己に積極的に働きかけるのに対し、コフートの治療は共感的な理解を通じて自己の統合を促します。

病的なナルシシズムは、自己愛的な傷つきやすさ、対人関係における困難、自己評価の不安定さなど、様々な問題を引き起こす可能性があります。カーンバーグが指摘するように、病的なナルシシズムの極端な形態である悪性ナルシシズムは、他者に対する攻撃性や反社会的な行動を伴うこともあり、深刻な問題を引き起こす可能性があります.

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はい、カーンバーグの理論について議論します。

ソース『ナルシシズム:現代的入門』によると、オットー・カーンバーグはナルシシズムに関する精神分析的思考の進化に大きく貢献した人物の一人です。彼の定式化は、ハインツ・コフートの理論と比較されることが多く、類似点(欠陥のある自己が自己愛的障害の中心にあり、古風な誇大な自己イメージと理想化された親イメージが成人の自己愛的病理に大きく貢献するという共通理解)を持ちながらも、その理論的立場はナルシシズムの捉え方において著しい違いを示しています。

カーンバーグの理論の重要な点は以下の通りです。

  • 誇大な自己(Grandiose Self)の概念:カーンバーグは、自己愛的パーソナリティの中核には、統合された、しかし非常に病的な、誇大な自己があると考えています。これは、単なる過剰な自信や自己評価の高さではなく、病的な心理構造であると捉えられています。
  • 誇大な自己の起源と機能:この誇大な自己は、生後数年間(いわゆる後期口腔期)に経験した侮辱、失望、および深刻な欲求不満の結果として、依存、貧困、および脆弱性から自己を守るために形成されると考えられています。
  • 対人関係への影響:誇大な自己への固執は、他者との持続的で真の親密さを構築する能力を損ないます。自己愛的パーソナリティ障害(NPD)を抱える人々は、他者とのつながりから孤立し、強い不信感を抱いているとされます。彼らは、自身の欠陥や他者のニーズに耐えることができず、絶えず自身の誇大さを再確認することに多くのエネルギーを費やします。他者は自己利益のために利用され、使い捨てにされる傾向があり、知覚された自己利益が優先されます。
  • 誇大な自己の脆弱性:誇大な自己構造は、実際には脆く硬直しており、誇大さが傷つけられるとアイデンティティの喪失や危機が生じます。
  • 攻撃性と資格意識:カーンバーグの理論の中心には、誇大な自己が、著しく攻撃的な対人姿勢を通してそれ自体を支え、その資格を強化するという概念があります。
  • 病的なナルシシストの内的世界:病的なナルシシストの内的世界は、理想化された自己像、「影」、つまりナルシシストが搾取した人々のイメージによって浸透し、大きく定義されていると考えられています。カーンバーグは、病的なナルシシストの中心には「空腹で、激怒し、空虚な自己のイメージがあり、欲求不満にさせられていることへの無力な怒りに満ちており、患者自身と同じくらい憎しみ深く、復讐心に燃えているように見える世界を恐れている…価値がなく、貧困に苦しみ、空っぽの人であり、常に置き去りにされていると感じ、食べ物、幸福、名声を持っている人々への羨望によってむさぼり食われている」と表現しています。
  • 悪性ナルシシズム:カーンバーグは、病的なナルシシズムの最も深刻な形態として悪性ナルシシズムを提唱しました。これは、偏執的な特徴、復讐的な動機、反社会的行動、そして共感の欠如によって特徴づけられます。フロムが1964年にこの用語を作り出して以来、臨床的な共通語となっています。
  • 組織化のレベル:カーンバーグらは、ナルシシズムの病理を理解するために、より高いレベル、境界線レベル、そして悪性ナルシシズムという組織化のレベルを提唱しています。境界線レベルの組織化は、アイデンティティ拡散、自我の弱さ、内省能力の制限、共感の障害などを伴います。
  • 病因論:カーンバーググループは、NPDの形成には、誇大な自己の形成に加えて、気質的な贈り物、逆境な幼少期の経験、社会文化的影響、愛着スタイル、そして認知的共感とは対照的な感情的共感の欠如など、多くの要因が潜在的に寄与する可能性があると指摘しています。感情的共感とは他者の経験を感じる能力であり、認知的共感とは知的レベルで他者が何を感じているかを理解する能力です。
  • 治療的アプローチ:カーンバーグモデルにおける治療は、患者の硬直した、屈しない防衛と撤退のシステムに積極的に働きかけることを強調します。セラピストは、患者の羨望やセラピストを打ち負かそうとする試みに直面しながら、患者をその孤独な存在、敵意、および誇大さへの固執から引き離す責任を負います。転移の断定的な解釈を通じて、患者が自身のナルシシズムがもたらす貧困と孤独から解放されるのを助けることを目指します。転移とは、患者が過去の破壊的な関係パターンをセラピストとの関係で繰り返そうとする衝動を指します。逆転移(セラピスト自身の感情的反応)も、強度が高く、しばしば不快感を伴うと予想されます。
  • 対象関係論との関連:カーンバーグは自身の定式化の多くを対象関係論の観点から導き出しました。自己愛的パーソナリティの理解の中心となるのは、患者の人生を定義した重要な二者関係の内的表象です。

カーンバーグの理論は、病的なナルシシズムの構造と力動性を深く理解するための重要な枠組みを提供しています。彼の提唱する誇大な自己の概念や、悪性ナルシシズムの概念は、臨床現場で自己愛的な問題を持つ人々を理解し、治療する上で重要な指針となっています。

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はい、コフートの理論について議論します。

ソース『ナルシシズム:現代的入門』によると、ハインツ・コフートはオットー・カーンバーグと並んで、ナルシシズムに関する精神分析的思考の進化に大きく貢献した人物の一人です。カーンバーグと同様に、コフートも自己愛的障害の中心には欠陥のある自己があると考えていますが、彼らの理論的立場と治療アプローチには重要な違いがあります。

コフートの理論の重要な点は以下の通りです。

  • 自己対象(Selfobject)の概念: コフートの理論の中核となるのがこの概念です。自己対象とは、自己の完全性と心理的健康を確保する上で重要な役割を果たす他者のことです。特に幼児期において、親など養育者は子供の自己感覚の発達にとって不可欠な自己対象となります。コフートは、幼児は心理的に分離していると同時に、自己対象と部分的に融合していると理解していました。
  • 自己対象ニーズ: コフートは、人は生涯にわたって自己対象ニーズを持つと考えています。成熟は異なる自己対象ニーズをもたらし、それに応じて自己対象からの異なる反応を必要とします。
  • ミラーリング(Mirroring)体験: ミラーリング体験とは、子供が自分の持つ才能に対する両親の自然な感謝を経験することであり、これにより「子供の偉大さと活気」が確認されます。
  • 理想化(Idealizing)体験: 理想化体験とは、子供が「穏やかで、効果的で、信頼できる両親と同一化し、融合する」ことを可能にする体験です。これにより、子供は切望できる理想、価値観、および存在様式の内面化を促進します。
  • 共感的な応答の重要性: コフートは、一連の共感的な反応とともに、これらの自己対象関係が、個人に自分の欲望を追求し、人生の課題に直面して自分の価値観を維持または修正するための強さと活力を提供すると考えました。
  • ナルシシズムと対象愛の発達ライン: コフートは、ナルシシズム(自己対象との融合)と対象愛(分離した対象との関係性)という2つの別個の発達ラインが存在すると考えました。彼は、他者への愛と自己愛/自尊心は、私たちが誰であるか、誰になりたいのか、そしてなぜ愛されるに値するのかを理解するのを助けてくれる他者との融合から派生すると述べています。
  • 自己愛的転移: コフート療法においては、自己愛的転移が重要視されます。これは、患者が未発達の自己対象ニーズをセラピストに対して再現する現象です。自己愛的転移には、主に以下の3つの形態があります:
    • ミラーリング転移: 患者が賞賛と喝采を強いる手段として誇大で誇示的な姿勢をとります。
    • 理想化転移: 患者がセラピストを全能で完璧な存在として理想化します。
    • 双子関係(Twinship): 患者がセラピストと自分が同じであるという感覚を伝えます。
  • 治療的アプローチ: コフート療法における癒しのプロセスは、不適切な自己対象関係が自己のために作り出した自己発達の断絶を修復する試みとして説明されます。分析家は、内省と共感への調律を通して、患者に癒しの経験を提供しようとします。
  • ナルシシズムを逮捕された発達として捉える: コフートは、ナルシシズムを、初期の自己対象体験の失敗により、患者が適切に成熟する機会を否定された一種の逮捕された発達と見なしました。
  • 共感の侵害: コフートは、誰かの成熟体験の一部として、共感の侵害は避けられないことを受け入れていました。しかし、繰り返されるトラウマ的な自己対象の失敗は、欠乏感と空虚感を生み出す、不器用な保存メカニズムに過度に依存する脆弱な自己につながります。これにより、将来の怪我や失望に直面して、自己の断片化に対する恥と高められた脆弱性の感覚が生じやすくなります。
  • 自己愛的成熟: コフートによれば、自己愛的成熟とは、自己および親対象の限界と善良さ、偉大さ、および力を徐々に受け入れる物語であると言えます。

カーンバーグが病的なナルシシズムの根底に病的な構造としての誇大な自己を見るのに対し、コフートはそれを満たされない自己対象ニーズの表れと捉えるという点で、両者の理論は大きく異なります。カーンバーグの治療が誇大な自己に積極的に働きかけるのに対し、コフートの治療は共感的な理解を通じて自己の統合を促します。

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