CT52 うつ病の対処行動としての側面 sickness behavior 学習補助

本論文は、うつ病を疾病行動の観点から考察し、両者の類似点と相違点を免疫学的および行動学的に分析しています。 疾病行動は急性炎症への適応反応である一方、うつ病は慢性的な経過をたどる進行性の疾患であり、免疫炎症経路、酸化ストレス、自己免疫、神経変性などが複雑に関与しています。 共通の炎症経路が存在するものの、うつ病ではこれらの経路が感作され、有害な影響をもたらす点が疾病行動とは異なります。 抗うつ薬の免疫調節作用についても触れ、うつ病治療の難しさや新たな治療戦略の必要性を議論しています。

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概要:

「うつ病の対処行動としての側面(sickness behavior)」に基づき、うつ病と疾病行動の関連性について概説します。両者の現象学的な類似性に着目しつつ、免疫炎症経路の関与という共通の基盤を探ります。しかし、臨床的うつ病は単なる疾病行動の延長ではなく、慢性的な炎症、酸化ストレス、自己免疫、神経変性といった、より複雑な病態生理を持つ進行性の疾患であることが強調されています。

主なテーマと重要なアイデア:

  1. 疾病行動と臨床的うつ病の現象学的類似性:
  • 疾病行動は、感染や免疫外傷によって誘発される行動複合体であり、エネルギー節約による回復促進を目的とした適応的な反応です。
  • うつ病と疾病行動は、行動抑制、食欲不振と体重減少、快楽喪失、倦怠感、痛覚過敏、脱力感、不安、神経認知症状など、多くの類似した症状を示します。
  • 引用: 「疾病行動とうつ病には、現象学的にかなりの類似点がある。たとえば、行動の抑制、⾷欲不振および体重減少、そしてメランコリー的(快楽喪失)、⾝体⽣理的-⾝体的(倦怠感、痛覚過敏、脱⼒感)、不安、神経認知症状などである。」
  1. 共通の免疫炎症経路:
  • 両者の類似性の一部は、共通の免疫炎症経路の活性化によって説明されます。炎症性サイトカイン(IL-1、TNFα、IL-6など)が、疾病行動と臨床的うつ病の両方において重要な役割を果たしていると考えられています。
  • 臨床的うつ病は、これらの炎症性サイトカインの上昇や、C反応性タンパク質などの急性期タンパク質のレベル上昇を伴う、免疫炎症性疾患であるという豊富な証拠が存在します。
  • 引用: 「したがって、疾病⾏動とうつ病の間には、顕著な⾏動的および炎症的類似性が存在すると結論づけることができる。」
  1. 臨床的うつ病における神経進行性プロセスの基盤:
  • 臨床的うつ病では、免疫炎症経路の感作、酸化・ニトロ化ストレスによる進行性の損傷、そして自己エピトープに対する自己免疫応答への移行が起こります。
  • これらのメカニズムは神経進行性プロセスの基盤であり、複数のうつ病エピソードが神経組織の損傷を引き起こし、機能的および認知的な後遺症をもたらす可能性があります。
  • 引用: 「しかしながら臨床的うつ病では、免疫-炎症経路の感作、脂質・タンパク質・DNAに対する酸化的およびニトロ化的ストレスによる進⾏性の損傷、そして⾃⼰エピトープに対する⾃⼰免疫応答への移⾏が起こる。これら後者のメカニズムは神経進⾏性プロセスの基盤であり、複数のうつ病エピソードが神経組織の損傷を引き起こし、その結果として機能的および認知的な後遺症をもたらす。」
  1. 炎症の両義性(ヤヌス的な側面):
  • 炎症は、良性で急性の側面としては疾病行動を通じた保護的な炎症を生み出し、悪性で慢性的な側面としては、うつ病のような神経炎症および神経変性プロセスを引き起こす可能性があります。
  • 慢性的な炎症反応は、より不明確なトリガーに続いて生じます。
  • 引用: 「炎症は両義的な(ヤヌス的な)反応を引き起こす可能性があり、良性で急性の側⾯としては疾病⾏動を通じた保護的な炎症を⽣成し、悪性で慢性的な側⾯としては、たとえばうつ病のような、神経炎症および神経変性プロセスの間で正のフィードバックループが形成される⽣涯にわたる疾患を引き起こす。」
  1. 疾病行動と臨床的うつ病の症状的・行動的な相違点:
  • うつ病に特有の症状として、自殺念慮、罪悪感、無価値感などが挙げられます。
  • 発熱は疾病行動の一般的な特徴ですが、臨床的うつ病では明確な証拠はありません。
  • うつ病は食欲不振や体重減少だけでなく、過食や体重増加を伴う場合もあります。
  • 疾病行動は急性で短期的な反応であるのに対し、うつ病は再発性または慢性的な経過をたどることが多く、季節変動や(軽)躁症状を伴うこともあります。
  1. TRYCAT(トリプトファン代謝産物)経路の関与:
  • うつ病の一部の個体では、炎症に関連する新たな経路としてTRYCAT経路の活性化が明らかになっています。
  • IDOという酵素によってトリプトファンが異化され、キヌレニンなどの代謝産物が増加します。
  • この経路は、疾病行動とうつ病様行動を分離する可能性が示唆されていますが、臨床的うつ病における役割はまだ議論の余地があります。
  1. 臨床的うつ病を特徴づける有害な免疫炎症性経路:
  • 再発性うつ病エピソードは、免疫炎症反応を感作させる可能性があります。うつ病エピソードの回数が多いほど、炎症性バイオマーカーのレベルが高くなる傾向があります。
  • 自己免疫反応(抗セロトニン抗体など)も、うつ病の病態生理に関与している可能性があります。
  • 酸化ストレスおよびニトロ化ストレス(O&NS)経路の活性化は、臨床的うつ病において有害な影響を及ぼし、神経進行性変化に関与していると考えられています。
  1. 神経進行性変化(ニューロプログレッション):
  • 臨床的うつ病、特に再発性および慢性うつ病では、神経変性、神経新生および神経可塑性の低下、アポトーシスといった神経進行性変化が見られることがあります。
  • うつ病エピソードの繰り返しは、認知機能の低下や脳構造の変化と関連しています。
  1. うつ病と疾病行動における病因的要因の相違:
  • 疾病行動は、急性感染や炎症性外傷に対する適応的なCIRS(補償性免疫制御系)の急性期として概念化されます。
  • 臨床的うつ病の発症には、心理社会的ストレス、様々な医学的疾患、免疫療法、産後期など、より多様で明確に定義されていない複数のトリガー要因が関与する可能性があります。
  1. 抗うつ治療の免疫調節作用:
  • 抗うつ薬は、炎症性サイトカインの産生を抑制するなど、免疫調節作用を示すことが知られています。
  • しかし、うつ病患者においては、抗うつ薬のin vivoでの効果は必ずしも明確ではなく、臨床的寛解が免疫炎症性経路の正常化と一致しない場合があります。

結論:

本メモは、疾病行動と臨床的うつ病の間には現象学的な類似性があるものの、臨床的うつ病は単なる疾病行動の長期化や過剰な反応ではなく、慢性的な炎症、酸化ストレス、自己免疫、神経変性といった、より複雑な病態生理を持つ進行性の疾患であることを明確に示しています。共通の免疫炎症経路が両者の類似性を説明する一方で、臨床的うつ病には、感作、O&NSによる損傷、自己免疫、神経進行性変化といった、より有害なメカニズムが関与していることが強調されています。この理解は、うつ病の病態生理の解明と、より効果的な治療戦略の開発に貢献する可能性があります。

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うつ病と疾病行動に関するFAQ

1. 疾病行動とは何ですか?うつ病とはどのように関連していますか?

疾病行動とは、感染や外傷などによって引き起こされる炎症反応によって生じる行動の複合体です。その目的は、エネルギーを節約し、回復を促進することです。うつ病と疾病行動は、行動抑制、食欲不振、倦怠感、快感喪失など、多くの類似した症状を示します。これは、両者が共通の免疫-炎症経路の活性化を背景に持っているためと考えられています。しかし、臨床的うつ病では、免疫-炎症経路の慢性的な活性化、酸化ストレスや自己免疫反応の関与など、疾病行動には見られないメカニズムが進行しています。

2. うつ病と疾病行動の症状にはどのような類似点と相違点がありますか?

類似点としては、食欲不振、体重減少、運動活動の低下、疲労感、眠気、集中力の低下などが挙げられます。メランコリー症状(快感への反応の低下など)、不安、身体症状(倦怠感、痛覚過敏)も共通して見られることがあります。一方、相違点としては、疾病行動では発熱が見られることが多いですが、臨床的うつ病では明確な発熱は一般的ではありません。また、うつ病に特有の症状として、自殺念慮、罪悪感、無価値感などが挙げられます。

3. うつ病はどのように進行し、疾病行動とは経過が異なりますか?

うつ病は、多くの場合、再発を繰り返したり、慢性化したりする生涯にわたる疾患です。段階的に進行し、症状が軽度な時期から始まり、急性期、再発、または持続的な慢性状態へと移行することがあります。早期の発症、エピソードの長期化や頻回な再発は、予後の悪化と関連しています。一方、疾病行動は、急性感染や外傷に対する短期的な適応反応であり、通常は数日から数週間で終息します。躁状態や季節変動もうつ病の特徴ですが、疾病行動には見られません。

4. うつ病と疾病行動の背後にある共通の生物学的経路は何ですか?また、それぞれに特有の経路はありますか?

両者には、炎症性サイトカイン(IL-1、TNFα、IL-6など)の産生増加を含む、免疫-炎症経路の活性化という共通の基盤があります。しかし、うつ病では、この炎症反応が慢性化し、細胞性免疫の活性化、トリプトファン代謝経路(TRYCAT)の異常、酸化・ニトロ化ストレス(O&NS)の亢進、自己免疫反応、神経新生の障害などが関与するようになります。これらの後者のメカニズムは、うつ病の進行性や神経組織の損傷につながると考えられています。

5. 炎症はうつ病や疾病行動においてどのような役割を果たしますか?その影響は異なるのでしょうか?

炎症は、疾病行動においては、病原体に対抗し、回復を促進するための保護的な役割を果たします。炎症性サイトカインは、エネルギー配分を調整し、免疫細胞の活動を強化します。一方、うつ病における慢性的な炎症は、神経炎症や神経変性プロセスを引き起こす可能性があり、症状の悪化や進行に関与します。炎症は、良性で急性的な側面(疾病行動)と、悪性で慢性的な側面(うつ病)の両方を持つと考えられています。

6. うつ病の発症にはどのような要因が関与しますか?疾病行動の引き金とは異なりますか?

疾病行動は、急性感染症や組織損傷といった明確な引き金によって誘発される適応反応です。一方、うつ病の発症には、心理社会的ストレス、様々な医学的疾患(慢性炎症性疾患、神経変性疾患など)、特定の治療法(インターフェロンα療法など)、産後など、多岐にわたる要因が関与します。うつ病が再発を繰り返すうちに、明らかなストレス要因がなくともエピソードが自律的に出現するようになることもあります。

7. 長期化したり、過剰になったり、不適切な疾病行動はうつ病と見なせるのでしょうか?

うつ病は、単なる疾病行動の長期化や不適応な状態とは考えられていません。むしろ、慢性的な免疫炎症性および変性プロセスの結果として理解されています。共通の炎症性サイトカインの増加は、両者の症状の一部が重なる理由を説明できますが、うつ病は特有の進行性の経過と病態生理を持っています。

8. 抗うつ薬は免疫系にどのような影響を与えますか?その作用機序はうつ病の病態生理とどのように関連していますか?

抗うつ薬は、炎症性サイトカインの産生を抑制したり、抗炎症性サイトカインの産生を促進したりするなど、免疫調節作用を持つことが示されています。しかし、うつ病患者においては、抗うつ薬の免疫抑制効果は必ずしも明確ではなく、臨床的な寛解と免疫炎症性経路の正常化が一致しないこともあります。これは、うつ病における免疫炎症反応が、抗うつ薬では抑制できない他のプロセスによって持続的に活性化されている可能性を示唆しています。新たな治療戦略として、炎症や酸化ストレスなどを標的とした併用療法が研究されています。

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うつ病と疾病行動は、共通の炎症経路を持つが、異なる特徴と経過を示す状態です。この論文では、これらの類似点と相違点、そしてそれぞれの根底にある病因について議論しています。

疾病行動

疾病行動は、感染や組織損傷などの急性の炎症性刺激によって誘発される行動の複合体であり、炎症性サイトカイン(PICs)によって媒介されます。その目的は、エネルギーを節約し、病原体との闘いにエネルギーを再配分し、それによって回復を促進する適応的な反応です。疾病行動の特徴的な症状には、脱力感、痛覚過敏、発熱、無気力、社会的交流への無関心、食欲不振および体重減少、集中力の欠如などがあります。軽度から中等度の発熱は宿主の防御機能を強化する可能性があります。食欲不振は、カロリー制限を通じて炎症を弱める可能性や、細菌の増殖に必要な鉄の利用を制限する可能性が示唆されています。運動の抑制もエネルギー節約に役立ちます。疾病行動は、トリガーが排除されれば終息する急性かつ短期的な状態です(最大19〜43日)。疾病行動は、急性の炎症性トリガーに対する短期的な反応であり、恒常性維持を目的とした適応的な動機づけ状態と考えられています。これは、補償性(抗)炎症反射系(CIRS)の一部と見なされます。

うつ病

臨床的うつ病は、気分が落ち込む、興味や喜びの喪失、食欲の変化、睡眠障害、精神運動性の変化、疲労感、思考力や集中力の低下などを特徴とする精神障害です。うつ病は、単一のエピソードで終わることもありますが、多くは反復性または生涯にわたる疾患であり、慢性化したり、頻繁に再発したりする可能性があります。一部のうつ病患者は治療抵抗性を示すことがあります。双極性うつ病では、軽躁または躁病エピソードを経験することもあります。うつ病は、軽度な症状から始まり、閾値未満の前駆症状を経て、急性エピソード、再発、または慢性的な形へと進行することがあります。早期の発症、長いエピソード期間、多いエピソード回数は、再発のリスクを高めます。うつ病は、脳のエネルギー産生の低下と関連しています。

うつ病と疾病行動の類似点

疾病行動とうつ病の間には、行動的および炎症的な類似性が多く存在します。例えば、食欲不振、体重減少、運動活動の低下、疲労感、眠気、集中力の欠如は両者に見られます。メランコリーな特徴(快刺激への反応の欠如、精神運動抑制、体重減少)、不安、倦怠感や痛覚過敏といった身体症状も共通しています。これらの類似性は、共通の免疫-炎症経路、すなわち炎症応答系(IRS)の活性化によって一部説明されます。炎症性サイトカイン(PICs)の増加は、疾病行動とうつ病の両方の根底にあると考えられています。

うつ病と疾病行動の相違点

しかしながら、うつ病と疾病行動には重要な違いもあります。

  • 発熱: 発熱は疾病行動の一般的な症状ですが、臨床的うつ病では明確な発熱の証拠は乏しいです。一部の研究ではうつ病患者でわずかな体温上昇が報告されていますが、疾病行動ほど顕著ではありません。
  • 精神症状: 自殺念慮、罪悪感、無価値感などは、うつ病に特有の実存的な症状であり、疾病行動には見られません。
  • 食欲: うつ病では食欲不振や体重減少だけでなく、過食や体重増加も起こりえます。一方、疾病行動では通常、食欲不振と体重減少が見られます。
  • 経過: 疾病行動は急性で短期間の適応反応であるのに対し、うつ病は慢性化しやすい、再発性の経過をたどる疾患です。うつ病には季節変動や(軽)躁症状を伴うこともあります。
  • 病因: 疾病行動は明確な急性感染や組織損傷によって引き起こされることが多いですが、うつ病の誘因は多因子性であり、心理社会的ストレス、医学的炎症性疾患、神経炎症性障害など、明確に定義されていない場合が多いです。
  • 適応性: 疾病行動は適応的なCIRS応答ですが、うつ病は機能障害を伴う進行性疾患と見なされます。

うつ病に特有の病態生理

うつ病、特に反復性および慢性うつ病では、炎症経路とその後の影響は有害な効果を持ちます。

  • 免疫炎症反応の感作: 再発性うつ病エピソードは免疫炎症反応を感作させることが示唆されています。うつ病エピソードを繰り返すことで、炎症性バイオマーカーが増加する傾向があります。
  • 自己免疫への移行: うつ病患者の一部では、セロトニンなどの自己抗体活性が高いことが報告されており、これは炎症と細胞性免疫の活性化に関連しています。
  • 酸化およびニトロ化ストレス(O&NS): 臨床的うつ病はO&NS経路の活性化を伴い、脂質、タンパク質、DNAなどへの損傷を引き起こす可能性があります。これらの損傷は自己免疫反応を引き起こす可能性があります。
  • 神経進行性変化(ニューロプログレッション): うつ病、特に罹病期間が長く、再発を繰り返す患者では、神経変性、神経新生および神経可塑性の低下、脳の構造変化(海馬などの容積減少)が見られることがあります。これらの変化は認知機能の低下と関連しています。
  • TRYCAT経路の異常: トリプトファン代謝産物(TRYCAT)経路の活性化は、うつ病における炎症と関連していますが、その役割は複雑です。IDOの活性化によるトリプトファンの減少とTRYCATの増加は、初期の免疫炎症反応を弱める可能性がありますが、一部のTRYCAT(キノリン酸など)の増加は有害である可能性があります।TRYCAT経路の異常は、うつ病よりも身体化とより密接に関連している可能性も示唆されています。
  • CIRSの機能不全: 疾病行動はCIRSの一部として急性炎症を抑制する役割を果たしますが、うつ病ではCIRSが存在するものの、慢性的な炎症や他の病態生理学的プロセスによってその機能が損なわれている可能性があります。

病因的要因

疾病行動は、急性感染や炎症性外傷に対する適応的なCIRSの急性期として理解されています。慢性炎症は、急性炎症の原因の排除失敗、慢性的な刺激因子、または自己免疫反応によって生じることがあります。疾病行動は、急性炎症から慢性炎症への移行を防ぐ上で重要な役割を果たします。

一方、うつ病の病因はより複雑で多岐にわたります。急性感染がうつ病の主要な原因であるという証拠はほとんどありませんが、HIV感染や腸内細菌の異常などは関連している可能性があります。心理社会的ストレスは、炎症性およびO&NS応答を誘導し、うつ病を引き起こす可能性があります。また、多くの慢性疾患や状態(心血管疾患、慢性閉塞性肺疾患、自己免疫疾患、神経変性疾患、インターフェロンα治療、産後期など)は、免疫炎症性およびO&NS経路の活性化を伴い、うつ病との高い併存率を示します。外傷的な人生経験も炎症状態を誘発し、うつ病に至ることがあります。

抗うつ治療

抗うつ薬は、免疫調節および免疫抑制効果を示すことが知られています。多くの抗うつ薬は、炎症性サイトカインの産生を抑制し、免疫抑制性サイトカインの産生を増加させます。動物モデルでは抗炎症効果も示されています。しかし、うつ病患者における抗うつ薬のin vivoでの効果は必ずしも明確ではなく、臨床的寛解は免疫炎症性経路の正常化と一致しない場合があります。これは、うつ病が抗うつ薬の免疫抑制効果に抵抗性を示す可能性や、他の要因(自己免疫応答、腸内細菌の異常など)によって炎症が持続的に活性化されている可能性を示唆しています。抗うつ薬はO&NSの軽減や神経進行性プロセスの抑制にも影響を与える可能性があります。近年では、炎症などを標的とした新たな併用治療戦略も開発されています。

結論

うつ病と疾病行動は、炎症性サイトカインの増加という共通の基盤を持ちますが、異なる経過、症状、および病態生理を示す「ヤヌスの顔」のような関係にあります。疾病行動は急性炎症に対する適応的なCIRS応答である一方、うつ病は慢性的な炎症およびO&NS反応、自己免疫、神経進行性変化などを伴う機能障害を伴う進行性疾患です。炎症は、疾病行動のような有益な急性保護応答と、うつ病のような慢性的な障害という両方の側面を持ちうるのです。現代社会における炎症関連慢性疾患の増加は、進化的に保存されてきた適応的な炎症応答が、慢性的な病態へと移行していく過程を示唆していると言えるでしょう。

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免疫炎症経路は、感染や組織損傷などの急性の刺激に対する生体の防御反応として重要であり、疾病行動の誘発や、うつ病を含む慢性疾患の病態生理にも深く関与しています。

疾病行動における免疫炎症経路

疾病行動は、急性感染や組織損傷といった炎症性誘導因子によって開始されます。これらの刺激は、自然免疫系の受容体によって認識され、炎症性サイトカイン(PICs)、例えばIL-1、TNFα、IL-6などを活性化します。これらのPICsは、炎症を起こしている組織の免疫細胞を標的とし、エネルギーを節約し、病原体との闘いにエネルギーを再配分することで回復を促進する適応的な反応である疾病行動を引き起こします。

疾病行動の症状、例えば脱力感、痛覚過敏、発熱、無気力、食欲不振などは、運動、性的活動、脳活動といったエネルギー消費的なプロセスを抑制し、それによって代謝エネルギーを感染との闘いに振り向ける役割を果たします。疾病行動は、急性炎症に対する**補償性(抗)炎症反射系(CIRS)**の一部とみなされ、炎症の潜在的な有害作用から保護すると同時に、抗炎症反射の役割も果たします。

うつ病における免疫炎症経路

一方、臨床的うつ病においても、慢性かつ軽度の炎症過程および細胞性免疫(CMI)の活性化が確認されています。メタアナリシスや研究報告により、特にIL-6、TNFα、IL-1の増加、ならびにCMI活性化の指標であるネオプテリンや可溶性IL-2受容体(sIL-2R)のレベル上昇といった、うつ病患者における炎症性サイトカインの増加が示されています。

共通の免疫炎症経路が、疾病行動とうつ病の現象の一部が重複していることの説明となります。しかしながら、うつ病は疾病行動とは異なり、慢性的な経過をたどり、神経進行性プロセスの基盤となるメカニズムが関与しています。

うつ病に特有の免疫炎症関連の病態生理

  • 炎症反応の感作: 再発性うつ病エピソードは、免疫炎症反応を感作させ、その後のエピソードでより強い炎症反応を引き起こす可能性があります。
  • 自己免疫への移行: 慢性的な炎症や酸化ストレスによって損傷を受けた分子が免疫原性を持ち、自己免疫反応を引き起こす可能性があります。
  • 酸化およびニトロ化ストレス(O&NS): うつ病ではO&NS経路が活性化し、細胞や組織に損傷を与え、炎症をさらに悪化させる悪循環が生じる可能性があります。
  • 神経進行性変化: 慢性的な炎症やO&NSは、神経変性、神経新生の低下、脳構造の変化を引き起こし、認知機能の低下やうつ病の慢性化に関与する可能性があります。
  • トリプトファン代謝産物(TRYCAT)経路の異常: 炎症性サイトカインによって活性化されるIDOは、トリプトファンをキヌレニンなどのTRYCATsに代謝させ、セロトニンの合成を低下させる可能性があります。一部のTRYCATs(キノリン酸など)は神経毒性を持つ可能性があり、うつ病の病態生理に関与する可能性があります。
  • 補償性(抗)炎症反射系(CIRS)の機能不全: うつ病患者においてもCIRSが存在しますが、その機能が慢性的な炎症や他の病態生理学的プロセスによって損なわれている可能性があります。

このように、免疫炎症経路は疾病行動とうつ病の両方に関与するものの、その性質や結果は大きく異なります。疾病行動は急性炎症に対する適応的な反応であるのに対し、うつ病では慢性的な炎症が神経進行性変化などを引き起こし、機能障害を伴う進行性の疾患へとつながる可能性があります。

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酸化ストレスについて。以前の免疫炎症経路に関する議論を踏まえ、酸化ストレスについて詳しくご説明します。

今回の資料では、臨床的うつ病は酸化ストレスおよびニトロ化ストレス(O&NS)経路の活性化を伴うと明記されています。これらの経路は、うつ病における免疫炎症反応によって増幅する可能性があり、抗酸化物質(コエンザイムQ10、亜鉛、グルタチオンなど)のレベル低下と相まって、炎症、抗酸化物質の減少、活性化されたO&NS経路の間で悪循環を引き起こす可能性があります。

重要な点として、資料には適応的な病的行動(sickness behavior)にO&NS経路が関与しているという報告はないと述べられています。しかしながら、これらの経路は臨床的うつ病において有害な影響を及ぼし、慢性うつ病にも関与しています。

具体的に、うつ病は活性酸素種(ROS)および活性窒素種(RNS)の増加だけでなく、脂質、タンパク質、DNA、ミトコンドリアに対するO&NSによる損傷を特徴とすることが多くの証拠によって示されています。

このような過程において、O&NS経路は膜脂肪酸および機能的タンパク質の化学構造を変化させる可能性があります。これらの変化を受けた脂肪酸およびタンパク質が免疫原性を持つようになると、それらの「新生エピトープ」に対して自己免疫反応が引き起こされ、これらのエピトープの機能や化学構造にさらに損傷を与える可能性があります。多くのうつ病患者において、自己免疫反応がIgMを介して上昇しており、これはパルミチン酸、ミリスチン酸、L-ファルネシル-S-システインといったアンカレッジ分子や、アセチルコリン、ホスファチジルイノシトール、オレイン酸、NO付加体などの新生エピトープに向けられています。

特に、これらのIgMを介する自己免疫反応の一部は、非慢性うつ病患者よりも慢性うつ病患者において有意に高くなっており、このO&NSによる損傷が、神経進行性経路を活性化することによって慢性うつ病を発症するリスクを高める可能性を示唆しています。これらのO&NS関連プロセスは、炎症性メディエーターが5-HTニューロンに及ぼす影響と相まって、炎症およびCMI活性化からO&NSによる損傷と自己免疫反応への移行を説明するものであり、これらはいずれも既存の炎症を悪化させ、慢性うつ病の過程に関与していると考えられます。

さらに、O&NS経路は、炎症性サイトカイン(PICs)、CMIサイトカイン、TRYCATsとともに、神経進行性変化にも寄与している可能性があります。

病因的な側面から見ると、心理社会的ストレス因子は脂質過酸化やDNA損傷などを含む炎症性、Th1様、O&NS応答を誘導する可能性があり、うつ病およびうつ様行動を引き起こす可能性があります。

また、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、心血管疾患(CVD)、神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病など)を含む多くの医学的疾患や状態が、免疫炎症性およびO&NS経路の活性化を伴っており、うつ病との高い併存率を示します。併存するうつ病による負の影響は、(神経)炎症負荷の増加、TRYCATの産生、O&NSによる損傷、自己免疫および神経進行性変化への移行によって説明され得ます。

興味深いことに、抗うつ薬は酸化ストレスおよび窒素種(O&NS)の軽減、抗酸化物質の増加、神経進行性プロセスの抑制にも影響を与えることが示されています。

結論として、今回の資料は、酸化ストレスが臨床的うつ病の病態生理において重要な役割を果たしており、慢性化や神経進行にも関与する可能性を示唆しています。これは、以前議論した免疫炎症経路とも密接に関連しており、うつ病を単なる感情の障害ではなく、免疫系、酸化ストレス、神経系の複雑な相互作用によって引き起こされる疾患として理解する上で重要な要素となります。

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免疫炎症経路および酸化ストレスに関する議論を踏まえ、神経進行性変化について解説します。

資料によると、臨床的うつ病において有害な影響を及ぼすものの、病的行動には関与していない免疫炎症関連経路の一つに、**神経進行性変化(ニューロプログレッション)**があります。これは、神経変性、神経新生および神経可塑性の低下、ならびにアポトーシスと関連する、段階的かつ潜在的に進行性のプロセスと定義されています。

臨床的うつ病における神経進行性変化の特徴

  • 多くの(ただし全てではない)うつ病患者は、神経進行性疾患を示唆する特徴を呈します。
  • 罹病期間が長く、より頻繁にうつ病エピソードを経験している人は、その後の再発リスクが高くなります。また、治療反応は、より多くの再発性気分エピソードを経験するごとに低下する傾向があります。
  • 再発性うつ病エピソードは、認知機能障害の増加と相関しており、たとえば記憶力の低下は、各うつ病エピソードの後に2〜3%低下するとされています。また、うつ病エピソードは認知症のリスク増加とも関連しています。
  • より多くのうつ病エピソードは、脳の基礎的な構造変化、たとえば眼窩前頭皮質および帯状回下部前頭皮質、海馬、基底核の容積減少と関連しています。たとえば、罹病期間は大脳灰白質の容積と負の相関を示しています。メタアナリシスによると、慢性うつ病(2年以上)または再発性うつ病の患者では、海馬の容積が有意に減少しており、この減少はうつ病エピソードの回数と関連していることが示されています。いくつかの研究では、再発性うつ病患者における海馬容積の減少が神経認知機能の低下と関連していると報告されています。
  • 治療抵抗性および罹病期間は、右尾状核および左被殻の容積減少と関連しています。

神経進行性変化のメカニズム

資料では、うつ病において、上述の神経進行性変化が、少なくとも部分的には炎症およびO&NS経路によって引き起こされているという証拠があると指摘されています。

  • 炎症性サイトカイン(PICs)(IL-1やTNFαなど)
  • CMIサイトカイン(IFNγやIL-2など)
  • トリプトファン代謝産物(TRYCATs)(キノリン酸など)
  • 構造脂肪酸、アンカレッジ分子、機能的タンパク質、DNAおよびミトコンドリアに対するO&NSによる損傷

これら全てが神経進行性変化に寄与している可能性があります。

補償性免疫制御系(CIRS)との関連

興味深いことに、CIRS(補償性免疫制御系)は、病状の進行に伴って弱まるようであり、この炎症性活性化を抑制する機能の喪失が、複数回のエピソードで見られる神経進行性変化の過程に関与している可能性があります。

動物モデルにおける神経進行性変化

慢性軽度ストレスモデル(CMS)などの慢性動物モデルは、急性サイトカインまたはLPS誘導モデルよりも、臨床的うつ病の心理社会的病因、(神経)炎症性および(神経)進行性病態生理をより正確に反映しているとされています。これらのモデルは、心理社会的なトリガーが、全身性および中枢神経系の炎症、神経新生の低下および神経細胞の損傷を含む神経進行性変化と関連して、うつ様行動を引き起こす可能性があることを示しています。

結論

資料は、臨床的うつ病が慢性的な炎症およびO&NS反応、あるいはその後遺症として、神経進行性変化を伴うことを示唆しています。これらの変化は、認知機能の低下、脳構造の変化、治療抵抗性、そして疾患の進行に関与する可能性があり、うつ病を単なる気分の障害ではなく、進行性の神経生物学的疾患として捉える上で重要な側面です。これは、以前議論した免疫炎症経路や酸化ストレスが、これらの神経進行性変化を引き起こす重要な要因であることを裏付けています。

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免疫炎症経路、酸化ストレス、神経進行性変化に関する議論を踏まえ、**トリプトファン代謝(TRYCAT)**について解説します。

近年、うつ病の一部の個体で炎症と関連する新たな経路、すなわちトリプトファン代謝産物(TRYCAT)経路の活性化が明らかになっています。

TRYCAT経路の概要とその活性化メカニズム

  • この経路の最初の段階であり、律速酵素は**インドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ(IDO)**です。
  • IDOはIFNγやIL-1、TNFαなどの炎症性サイトカイン(PICs)によって活性化され、トリプトファンの異化を促進し、トリプトファンの枯渇およびキヌレニン、キヌレン酸、キサントレン酸、キノリン酸などのTRYCATsの合成増加を引き起こします。
  • IDOは腎臓、肺、脾臓、十二指腸など多くの臓器、免疫細胞、およびアストログリアやミクログリアなど脳内にも発現しています。

うつ病におけるTRYCAT経路の役割

  • 血漿中のトリプトファンの低下は臨床うつ病において頻繁に観察され、炎症のバイオマーカー(急性期反応物質、サイトカインレベルの上昇)やCMI活性化(血清ネオプテリンやsIL-2Rsの上昇)と強く関連しています。
  • IFNαを用いた免疫療法中にうつ病症状が発症する際、それはキヌレニン/トリプトファン比によって評価されるIDO活性化と強く関連しています。
  • 同様に、出産後の期間においても、トリプトファンの低下およびIDO活性の上昇は、不安およびうつ病症状と関連しています。
  • 急性のトリプトファン枯渇は、脆弱な個体においてうつ病症状の顕著な増加を引き起こします。
  • 最近の研究では、IDOの活性化がげっ歯類において疾病行動とうつ病様行動を分離する可能性が示されています。
    • BCG接種によりIDOが活性化し、最初に急性疾病行動、その後慢性的なうつ病様症状が続く。
    • IFNγおよびTNFαは、ミクログリアにおけるIDO活性化とうつ病様行動の引き起こしに共に必要である。
    • IDO欠損マウスはBCGによるうつ病誘発効果には抵抗性を示す。
  • 臨床うつ病においては結果は議論の余地があるものの、初期の研究ではうつ病患者におけるトリプトファン負荷後のTRYCATの尿中排泄に変化は見られなかった。
  • それにもかかわらず、キサントレン酸の高い排泄率は不安や血漿トリプトファンの利用可能性低下と関連していました。
  • 最近の研究では、うつ病においてキヌレン酸のレベルが低下し、その結果としてキヌレニン/キヌレン酸比が相対的に上昇していることが観察されています。この比率は、うつ病の病態生理にとって重要である可能性があります。なぜなら、キヌレニンおよびその代謝産物のいくつか(例えばキノリン酸)は、うつ病誘発性、不安誘発性、興奮毒性および神経毒性を持つのに対し、キヌレン酸は神経保護的であるからです。
  • ある研究では、メランコリー型うつ病の青少年においてTRYCATの増加が示されており、別の研究では、うつ病による自殺犠牲者のミクログリア内でキノリン酸の増加が示されています。
  • 最近のデータは、TRYCAT経路の異常が従来うつ病の特徴とされてきたが、それが身体化とより密接に関連している可能性を示唆しています。血漿トリプトファンはうつ病よりも身体化においてより低く、キヌレニン/キヌレン酸比およびキヌレニン/トリプトファン比は、うつ病患者よりも身体化の患者で有意に高かった。

CIRSにおけるIDOの保護的機能

  • IDO活性化はCIRSの保護的機能を持っています。すなわち、IDOによる血漿トリプトファンの減少およびTRYCAT生成の増加は、例えばT細胞の活性化および増殖を抑制することにより、一次的な免疫炎症反応を弱める可能性があります。
  • この反射的抑制は、臨床うつ病の自然寛解に関与している可能性があり、うつ病が時に自己限定的疾患であるという観察と一致しています。

矛盾する臨床所見とその理由

  • 急性炎症状態(例えばIFNαを用いた免疫療法中)においては、IDO活性化がうつ病様行動の発症と強く関連する一方、臨床うつ病においては必ずしもそうではなく、身体-身体的症状や自殺行動を示す一部の個体においてのみTRYCATレベルの相対的上昇が見られます。
  • これは、急性うつ病状態ではTRYCAT異常とうつ病発症の関連が強く見られるが、主要うつ病ではこの関連ははるかに弱く、おそらくはトリプトファンの低下およびTRYCATの増加が初期の免疫炎症反応をすでに弱めてしまっているためであると考えられます。
  • それにもかかわらず、前帯状皮質におけるキノリン酸のようなTRYCATの上昇は有害であり、臨床うつ病において役割を果たす可能性があります。

治療標的としての可能性

資料には直接的な言及はありませんが、TRYCAT経路の異常がうつ病の病態生理に関与していることから、この経路を標的とした新たな治療法の開発の可能性が示唆されます。例えば、IDOの阻害、キヌレン酸の増加、キノリン酸の減少などを目指した研究が進められるかもしれません(ただし、これは資料外の情報です)。

結論として、トリプトファン代謝経路は、炎症性サイトカインによって活性化され、トリプトファンの枯渇と神経活性を持つ様々な代謝産物の生成を引き起こすことで、うつ病の病態生理に複雑に関与しています。トリプトファン代謝産物のバランスの崩れ、特に神経毒性を持つキノリン酸の増加や神経保護的なキヌレン酸の低下は、うつ病の症状や神経進行性変化に影響を与える可能性があり、今後の研究において重要な焦点となるでしょう。

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クイズ

  1. 疾病行動とはどのような現象ですか?また、その主な特徴を2-3つの文で説明してください。
  2. 臨床的うつ病と疾病行動の間には、どのような現象学的な類似点がありますか?具体例をいくつか挙げてください。
  3. 炎症性サイトカインは、疾病行動とうつ病においてどのような役割を果たしていると考えられていますか?
  4. うつ病と疾病行動の経過にはどのような違いがありますか?それぞれの時間的推移について触れてください。
  5. TRYCAT(トリプトファン代謝産物)経路は、うつ病と疾病行動においてどのように関与していると考えられていますか?
  6. 再発性うつ病エピソードは、免疫炎症反応にどのような影響を与える可能性がありますか?
  7. 酸化ストレスおよびニトロ化ストレス(O&NS)経路は、うつ病においてどのような有害な影響をもたらすと考えられていますか?
  8. 神経進⾏性変化(ニューロプログレッション)とはどのような現象ですか?うつ病との関連性を説明してください。
  9. 疾病行動は、急性炎症に対するCIRS(補償性免疫調節システム)の一部と見なされていますが、その理由を説明してください。
  10. 抗うつ薬は、免疫システムにどのような影響を与える可能性がありますか?

クイズ解答

  1. 疾病行動とは、感染や免疫外傷によって誘発され、炎症性サイトカインによって媒介される行動複合体です。その主な特徴として、行動の抑制、食欲不振、倦怠感などが挙げられ、急性炎症と闘うためにエネルギーを節約する適応的な反応と考えられています。
  2. 臨床的うつ病と疾病行動の間には、行動の抑制、食欲不振および体重減少、倦怠感、痛覚過敏、不安、神経認知症状など、多くの現象学的な類似点があります。これらの類似性は、共通の免疫-炎症経路の関与によって部分的に説明されると考えられています。
  3. 炎症性サイトカインは、疾病行動においてはその主な媒介因子として働き、行動変化を引き起こします。うつ病においても、炎症性サイトカインの増加が確認されており、病態生理の一端を担っていると考えられていますが、慢性的な炎症過程やその他の要因も複雑に関与しています。
  4. 疾病行動は、典型的には急性感染や組織損傷に対する短期的な適応反応であり、数日から数週間で終息することが多いです。一方、うつ病は、再発と寛解を繰り返す波状の経過や、慢性化するエピソード、季節変動などを伴うことが多い、より長期的な疾患です。
  5. TRYCAT経路は、炎症性サイトカインによって活性化され、トリプトファンの代謝を変化させます。疾病行動においては、IDOの活性化が行動変化に関与する可能性が示唆されています。うつ病においては、TRYCATの代謝産物の一部が神経毒性を持つ可能性や、免疫調節に関与する可能性が研究されています。
  6. 再発性うつ病エピソードは、免疫炎症反応を感作させ、炎症性バイオマーカーの増加や自己免疫反応の亢進を引き起こす可能性があります。この感作は、新たなうつ病エピソードを発症する脆弱性を高める要因の一つと考えられています。
  7. 酸化ストレスおよびニトロ化ストレス(O&NS)経路は、うつ病において脂質、タンパク質、DNAなどに対する損傷を引き起こすと考えられています。これらの損傷は、神経細胞の機能障害や自己免疫反応の引き金となり、慢性うつ病の進行に関与する可能性があります。
  8. 神経進⾏性変化(ニューロプログレッション)とは、神経変性、神経新生の低下、神経可塑性の低下など、段階的かつ潜在的に進行性のプロセスです。うつ病においては、罹病期間の長期化や再発回数の増加と関連しており、認知機能の低下や脳構造の変化を引き起こす可能性があります。
  9. 疾病行動は、急性炎症に対する生体にとって有益な効果を持つCIRS(補償性免疫調節システム)の一部と考えられています。これは、疾病行動がエネルギーを節約し、炎症細胞へのエネルギー再分配を助け、抗炎症作用を持つことで、回復を促進する役割を果たすためです。
  10. 抗うつ薬は、炎症性サイトカインの産生を抑制したり、免疫抑制性サイトカインの産生を増加させたりするなど、免疫調節作用を示す可能性があります。しかし、うつ病患者における抗うつ薬のin vivoでの効果は必ずしも明確ではなく、免疫炎症性経路の正常化と臨床的寛解が一致しない場合もあります。

考察問題

  1. 疾病行動の概念を用いて、臨床的うつ病の症状の一部を説明することの妥当性と限界について論じてください。特に、うつ病に特有の症状(自殺念慮、罪悪感など)との関連性を考察してください。
  2. うつ病が「慢性的な炎症性疾患」であるという見解は、その病態生理の理解や治療法の開発にどのような影響を与えると考えられますか?既存の治療法との整合性や、新たな治療標的の可能性について議論してください。
  3. 疾病行動が進化的に保存された適応反応であるのに対し、うつ病が現代社会において増加している理由について、免疫-炎症経路の観点から考察してください。生活習慣や環境要因との関連性を含めて議論してください。
  4. 炎症性サイトカイン、TRYCAT経路、酸化ストレス、神経進⾏性変化といった複数の病理学的メカニズムが、うつ病の多様な症状や経過にどのように寄与していると考えられますか?それぞれのメカニズムが相互にどのように影響し合っているかについても考察してください。
  5. 疾病行動とうつ病の類似点と相違点を踏まえ、うつ病の動物モデル開発において、どのような点に注意すべきでしょうか?より臨床的妥当性の高いモデルを構築するための課題と展望について議論してください。

用語集

  • 疾病行動 (Sickness Behavior): 感染や組織損傷などの炎症性刺激によって誘発される、エネルギー節約や回復促進を目的とした行動の複合体。無気力、食欲不振、睡眠の変化などが特徴。
  • 炎症性サイトカイン (Pro-inflammatory Cytokines; PICs): 免疫細胞から分泌されるタンパク質で、炎症反応を促進する。例:IL-1、TNFα、IL-6。
  • 免疫-炎症経路 (Immune-inflammatory Pathway): 免疫システムの活性化とそれに続く炎症反応の連鎖。うつ病や疾病行動の病態生理に関与する。
  • 酸化ストレスおよびニトロ化ストレス (Oxidative and Nitrosative Stress; O&NS): 活性酸素種や活性窒素種の過剰な産生と、それらに対する防御機構の不均衡によって生じる状態。細胞や組織に損傷を与える。
  • 神経進⾏性変化 (Neuroprogression): 時間経過とともに進行する神経細胞の機能低下や構造変化。うつ病の慢性化や再発に関与する可能性が示唆されている。
  • TRYCAT (Tryptophan Catabolites): トリプトファンというアミノ酸の代謝産物。炎症によって活性化されるIDOという酵素によって産生され、神経機能や免疫機能に影響を与える。
  • CIRS (Compensatory (Anti)inflammatory Reflex System): 過剰な炎症反応を抑制するために働く、生体の補償的な反射システム。疾病行動もこの一部と見なされる。
  • 感作 (Sensitization): ストレスなどの刺激への繰り返し曝露によって、その刺激に対する反応が徐々に増強される現象。うつ病の再発リスクを高める可能性。
  • 自己免疫 (Autoimmunity): 自身の体の成分を異物と認識し、免疫システムが攻撃する反応。うつ病との関連も研究されている。
  • 神経炎症 (Neuroinflammation): 脳や脊髄における炎症反応。ミクログリアなどの免疫細胞が活性化し、炎症性物質を放出する。うつ病の病態生理に関与する。

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病的行動とうつ病の主な症状的類似点。

  • 食欲不振および体重減少:うつ病の基本的な症状の一つであり、疾病行動においても特徴的な行動パターンとして見られます。表1でも、うつ病と疾病行動の両方に「食欲不振および体重減少」が挙げられています。
  • 行動の抑制および運動活動の減少:疾病行動の典型的な特徴であり、うつ病においても精神運動抑制として現れます。表1では、疾病行動の項目に「行動抑制――運動活動と探索行動の減少」と記載され、うつ病の精神運動性の抑制と対比されています。
  • 無気力:疾病行動の行動パターンに含まれており、うつ病においても倦怠感やエネルギーの喪失として共通する症状です。表1にも、うつ病の「疲労感またはエネルギーの喪失」と疾病行動の「無気力」が示されています。
  • 集中力の低下:うつ病の基本的な症状の一つであり、疾病行動においても同様の症状が見られます。表1にも、うつ病と疾病行動の両方に「思考力や集中力の低下」「集中力の低下」が記載されています。
  • 不安:臨床的うつ病の症状次元の一つであり、疾病行動中にも見られることがあります。表1では、うつ病の不安次元と疾病行動の「不安」が対比されています。
  • 快楽喪失(アネドニア):うつ病のメランコリー次元の特有の症状であり、疾病行動においても「快楽喪失」が特徴的な行動パターンの一つとして挙げられています。表1でも、うつ病の「特有の質の喜びの喪失(アネドニア)」と疾病行動の「⽢味飲料の摂取減少(アネドニア)」が類似点として示唆されています。
  • 眠気および傾眠:疾病行動の特徴的な行動パターンであり、うつ病においても不眠または過眠といった睡眠障害が見られますが、特に眠気という点で共通しています。表1にも、うつ病の「不眠または過眠」に対して、疾病行動の「眠気」が示されています。
  • 倦怠感および痛覚過敏:うつ病の身体-身体症状次元の重要な要素であり、疾病行動の主要な症状としても挙げられています。表1にも、うつ病の「インフルエンザ様の倦怠感︓痛みと筋⾁の緊張(患者の⼀部)」に対して、疾病行動の「倦怠感および痛覚過敏(疾病⾏動の主要症状)」が示されています。

これらの症状的な類似性は、共通の免疫-炎症経路が疾病行動の生理学とうつ病の病態生理を支えていることによって、部分的に説明されると資料は述べています。炎症性サイトカイン(PICs)の増加が、これらの共通する現象の根底にある可能性があります。

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病的行動は以下のメカニズムを通じて回復を促進します。

•エネルギーの節約:病的行動は、急性炎症と闘うためにエネルギーを節約する適応的な反応です1 。病原体の脅威に対抗するには大量のエネルギーが必要となるため、利用可能なエネルギーを適切に配分する必要があります2 。

◦運動、神経認知、繁殖活動といったエネルギー消費的なプロセスの停止2 。

◦運動活動・探索行動・グルーミングの減少3 。

◦嗜眠および行動の抑制3 。

◦これにより節約されたエネルギーは、発熱(体温上昇)および免疫細胞の炎症状態の強化に貢献します4

。無気力、脱力感、傾眠、精神運動抑制などの症状は、運動的・性的・脳の活動を制限し、代謝エネルギーを一次感染との闘いに振り向ける役割を果たします4 。

•炎症の解消とエネルギー需要への対応:PIC(炎症性サイトカイン)によって誘導される病的行動は、炎症の解消および炎症時のエネルギー需要増加において重要な役割を果たします5 。PICシグナルは、増加したエネルギー需要とエネルギー供給のバランスを調節し、食物摂取、エネルギー消費、および基質の利用を制御します2 。

•病原体の除去の促進:

◦発熱:軽度から中等度の発熱は、宿主の防御機能および感染への抵抗力を強化することにより、多形核白血球の貪食作用および運動性、細菌の殺傷およびウイルス複製の防止を促進する正の適応的反応です6

•抗炎症作用:

◦食欲不振および体重減少:炎症によって誘発される食欲不振は、鉄の摂取を制限することによって、細菌の増殖を促進する鉄の活性化を防ぐ可能性が示唆されています6 。より妥当な適応機能としては、食欲不振がカロリー制限を通じて、炎症や疾病行動につながる様々な細胞内シグナル経路を弱めることが挙げられます7 。カロリー制限は抗炎症状態を誘導することにより、LPS誘導性疾病行動を抑制します7 。体重の減少自体も、炎症性PICsを減少させ、抗炎症性タンパク質であるアディポネクチンの血漿濃度を上昇させることがあります7 。

•補償性免疫調節システム(CIRS)の一部:病的行動は、急性の引き金に対する過剰な免疫炎症反応を制限するCIRSの一部と見なされるべきです8 …。病的行動は、引き金となる要因を排除し、抗炎症作用を持ち、エネルギーを節約することで回復を促進します8 …。

このように、病的行動は、エネルギーを節約し、免疫応答に必要なエネルギーを再配分し、発熱や食欲不振を通じて病原体の排除を助け、炎症反応を抑制することで、生体が感染や組織損傷から回復するのを助ける適応的な反応であると言えます1

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うつ病における炎症は、単なる疾病行動のような急性で保護的な反応とは異なり、慢性的で有害な側面を持つ。

  • 慢性炎症過程の存在:臨床的うつ病では、急性感染や組織損傷のような明確なトリガーがない場合でも、慢性的かつ軽度の炎症過程が存在することが確認されています。これは、IL-6、TNFα、IL-1などの炎症性サイトカインの持続的な増加によって特徴づけられます。
  • 免疫-炎症経路の感作再発性うつ病エピソードを経験するにつれて、免疫炎症反応が感作されるという証拠があります。例えば、細胞性免疫(CMI)活性化のバイオマーカーであるネオプテリンは、うつ病エピソードを複数回経験した患者でより高くなります。同様に、血漿中のIL-1やTNFαも、より多くのうつ病エピソードを経験した患者で有意に増加しています。この感作により、新たなうつ病エピソードを発症する脆弱性が高まる可能性があります。
  • 酸化ストレスおよびニトロ化ストレス(O&NS)経路の活性化:慢性的なうつ病は、O&NS経路の活性化を伴います。抗酸化物質のレベル低下や、うつ病における免疫炎症反応によってこの経路は増幅され、抗酸化物質の減少、炎症、活性化されたO&NS経路の間で悪循環が生じます。O&NSによる脂質、タンパク質、DNA、ミトコンドリアへの損傷が蓄積し、神経進行性プロセスの基盤となる可能性があります。
  • 自己免疫応答への移行:慢性的な炎症とO&NSによる損傷は、脂肪酸やタンパク質の構造を変化させ、**「新生エピトープ」**を生成する可能性があります。これに対し、自己免疫反応が引き起こされ、細胞機能に干渉する可能性があります。一部のIgMを介する自己免疫反応は、慢性うつ病患者でより高いことが示されており、これが神経進行性経路を活性化し、慢性うつ病のリスクを高める可能性があります。
  • 神経進行性変化(ニューロプログレッション):慢性的な炎症とO&NSは、神経変性、神経新生および神経可塑性の低下、アポトーシスといった神経進行性変化に関連しています。罹病期間が長く、より頻繁にうつ病エピソードを経験している人は、認知機能障害のリスクが高く、脳の構造的な変化も観察されています。
  • 補償性免疫調節システム(CIRS)の機能不全:うつ病においても、一次的な炎症反応を抑制しようとするCIRSが存在しますが、慢性的な炎症状態においては、このシステムが十分に機能しない可能性があります。

このように、うつ病における炎症は、初期の免疫炎症反応が持続・増悪し、感作、O&NSによる損傷、自己免疫、神経進行性変化といった有害な連鎖を引き起こす慢性的な病態生理学的プロセスとして理解されます。これは、急性炎症に対する適応的な反応である疾病行動とは対照的であり、うつ病の慢性化、再発性、治療抵抗性といった特徴を説明する重要な基盤となります。

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疾病行動における炎症の役割は、急性感染や組織損傷によって誘発される行動複合体において中心的なものです。

  • 疾病行動は、主に炎症性サイトカイン(PICs)、例えばIL-1、TNFα、IL-6などの作用を通じて媒介されます。
  • 炎症は、エネルギーを節約することによって回復を促進する適応的な反応を引き起こします。これは、運動、神経認知、繁殖活動といったエネルギー消費的なプロセスを抑制し、節約されたエネルギーを病原体との闘いや免疫機能の強化に再配分するものです。
  • 炎症によって誘発される発熱(軽度から中等度)は、宿主の防御機能を強化し、感染への抵抗力を高めるのに役立ちます。
  • 炎症によって誘発される食欲不振は、細菌の増殖に必要な鉄の利用を制限したり、カロリー制限を通じて炎症反応を弱めたりする可能性があります。
  • 疾病行動は、急性の炎症性トリガーに対する短期的な適応反応であり、これらのトリガーおよびそれに伴う負のエネルギーバランスに対処するために誘導される、恒常性維持を目的とした動機づけ状態です。
  • 疾病行動は、急性炎症に対する過剰な免疫炎症反応を制限する補償性免疫調節システム(CIRS)の一部と見なされるべきであり、トリガーの除去を助け、抗炎症作用を持ち、エネルギーを節約することで回復を促進します。

このように、炎症は疾病行動の開始と維持に不可欠であり、生体が感染や損傷から回復するための適応的なプロセスを支える重要な役割を果たしています。

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疾病行動とうつ病の主な時間的経過には明確な違い。

疾病行動は、急性かつ短期的な状態として特徴づけられます。

  • 疾病行動は、急性感染や外傷に対処するために生物学的に適切なタイミングで発動され、回復を促進します。
  • その持続期間は、最大で19〜43日と定義される急性で短期間の行動パターンです。
  • 疾病行動は、明らかな急性の引き金に対する反応であり、進化的に保存された炎症誘発性の適応行動反応です。

一方、臨床的うつ病は、一般的に反復性または生涯にわたる疾患です。

  • うつ病は、古典的には短期間(6〜9ヶ月)で自然に治癒すると考えられていましたが、実際にはその経過は著しく変動します。
  • **長期にわたるエピソード(慢性うつ病)**の形を取ることもあり、**うつ病エピソードが頻繁に再発する(反復性うつ病)**こともあります。
  • 一部のうつ病患者は、さらに**軽躁または躁病エピソード(双極性うつ病)**を経験することもあります。
  • うつ病はしばしば段階的な進行を示し、軽度または非特異的な症状から始まり、閾値未満の前駆症状を経て、急性エピソード、再発、あるいは持続的で寛解しない慢性的な形へと至ります。
  • うつ病の経過は、感作(sensitization)および潜在的に進行性の悪化パターンによって特徴づけられます。感作とは、心理的または器質的なストレッサーへの繰り返しの曝露が、時間依存的にこれらのストレッサーへの再曝露に対する感受性を進行的に高めることを意味します。
  • 単極性および双極性うつ病には季節変動がしばしば見られ、例えば春にピークが現れることがあります。
  • 過去に9回以上のエピソードを経験した後では、トリガーと抑うつの関連は弱まり、エピソードはトリガーとは無関係に自律的に出現するように見えることがあります。

したがって、疾病行動は急性で一過性の反応であるのに対し、うつ病は慢性的な経過をたどり、再発や進行性の悪化、季節変動などを伴うことが多いという点で、その時間的経過は大きく異なります。疾病行動が一次的な炎症性トリガーに対する短期的な適応反応であるのに対し、うつ病はより多様で明確に定義されていない複数のトリガー因子に関連しており、その経過はより複雑で長期にわたります。

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うつ病における免疫炎症経路の役割。

うつ病は、単なる一時的な気分の落ち込みではなく、免疫炎症経路の慢性的な活性化が深く関与する複雑な疾患であることが示唆されています. これは、疾病行動における炎症の役割とは異なり、慢性的で、時には有害な側面を持つと考えられています.

  • 慢性的な炎症過程の存在: 臨床的うつ病患者においては、急性感染症や組織損傷のような明確な誘因がない場合でも、慢性的な低レベルの炎症が存在することが多くの研究で確認されています. 具体的には、IL-6、TNFα、IL-1といった炎症性サイトカイン(PICs)の血中濃度の上昇が報告されています.
  • 免疫系の感作: うつ病エピソードを繰り返すうちに、**免疫炎症反応が過敏になる(感作される)**可能性があります. 例えば、細胞性免疫の活性化マーカーであるネオプテリンは、うつ病エピソードを複数回経験した患者でより高い値を示すことが報告されています. また、血漿中のIL-1やTNFαも、うつ病エピソードの回数が多いほど高くなる傾向があります. このような感作は、その後のうつ病エピソードの発症リスクを高める要因となり得ます.
  • 細胞性免疫(CMI)の活性化: うつ病においては、液性免疫だけでなく、細胞性免疫も活性化している証拠があります. これは、IFNγ関連経路の活性化を伴うTヘルパー1型(Th1)様応答によって特徴づけられます. ネオプテリンの上昇は、IFNγを介したマクロファージの活性化を示す指標となります.
  • 酸化ストレスおよびニトロ化ストレス(O&NS)との関連: 慢性的な炎症は、O&NS経路の活性化を招き、その逆もまた然りという悪循環を形成する可能性があります. うつ病患者では、抗酸化物質のレベルが低下していることが報告されており、炎症によって増幅されたO&NSは、脂質、タンパク質、DNA、ミトコンドリアに損傷を与える可能性があります.
  • 自己免疫への移行: O&NSによる細胞成分の損傷は、自己免疫反応を引き起こす可能性があります. 変化した脂肪酸やタンパク質が免疫原性を持つようになり、それらに対するIgM抗体などの自己抗体が上昇することが、一部のうつ病患者で確認されています. このような自己免疫反応は、細胞機能に悪影響を及ぼす可能性があります.
  • 神経進行性変化(ニューロプログレッション)への関与: 慢性的な炎症とO&NSは、神経変性、神経新生の低下、神経可塑性の低下、アポトーシスといった神経進行性変化に関連していると考えられています. うつ病の罹病期間が長いほど、認知機能の低下や脳構造の容積減少(特に海馬など)が観察されることが報告されています. 炎症性サイトカインやTRYCATs、O&NSによる損傷などが、これらの神経進行性変化に寄与する可能性があります.
  • 疾病行動との対比: 疾病行動における炎症は、急性的な脅威に対する適応的な反応であり、エネルギーの節約や病原体の排除を助ける保護的な役割を果たします. 一方で、うつ病における慢性炎症は、これらの適応的なプロセスが機能不全に陥り、病態を悪化させる方向に進むと考えられています.
  • 補償性免疫調節システム(CIRS)の役割: 生体には、過剰な炎症反応を抑制するCIRSが存在しますが, うつ病においては、このCIRSの機能が不十分である可能性が示唆されています. 疾病行動はCIRSの一部として機能しますが, うつ病ではCIRSが一次的な炎症反応を抑制しきれず、慢性的な病態が進行する可能性があります.
  • トリプトファン代謝(TRYCAT)経路: 炎症性サイトカインは、トリプトファン代謝酵素であるインドールアミン2,3-ジオキシゲナーゼ(IDO)を活性化し、セロトニンの前駆体であるトリプトファンの分解を促進します. これにより、脳内のセロトニンレベルが低下し、うつ病の病態に関与する可能性があります. また、トリプトファンの代謝産物であるキノリン酸などは神経毒性を持つ可能性も指摘されています.

このように、うつ病における免疫炎症経路は、単に症状の一部として現れるだけでなく、疾患の発生、進行、慢性化、そして治療抵抗性に深く関与する複雑な病態生理学的プロセスであると考えられます. そのため、炎症を標的とした新たな治療戦略の開発も進められています.

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疾病行動は、急性炎症に対して複数の適応的な役割を果たすと考えられています。資料によると、疾病行動は感染や免疫外傷によって誘発される行動複合体であり、急性炎症と闘うためにエネルギーを節約することによって回復を促進する適応的な反応です。

具体的には、以下の点が挙げられます。

  • エネルギーの節約と再配分: 病原体の脅威と闘うためには大量のエネルギーが必要となります。疾病行動の症状である無気力、脱力感、傾眠、精神運動抑制などは、運動的・性的・脳の活動を制限し、それにより代謝エネルギーを一次感染との闘いに振り向ける役割を果たします。このように節約されたエネルギーは、発熱や免疫細胞の炎症状態の強化に貢献します。
  • 免疫機能の強化: 軽度から中等度の発熱は、多形核白血球の貪食作用や運動性、細菌の殺傷、ウイルスの複製防止を促進するなど、宿主の防御機能を強化する正の適応的反応です。炎症性サイトカインも発熱時に活性化されます。
  • 病原体への抵抗: 炎症によって誘発される食欲不振は、細菌の増殖を促進する鉄の活性化を防ぐ可能性があります。ただし、この推論は憶測的であるとも指摘されています。より妥当な適応機能としては、食欲不振がカロリー制限を通じて、炎症や疾病行動につながる様々な細胞内シグナル経路を弱めることが挙げられます。カロリー制限は抗炎症状態を誘導し、リポポリサッカライド(LPS)誘導性疾病行動を抑制することも示されています。
  • 補償性免疫調節システム(CIRS)の一部: 疾病行動は、急性炎症に対する過剰な免疫炎症反応を制限するCIRSの一部と見なされます。疾病行動は、トリガーの除去を助け、抗炎症作用を持ち、エネルギーを節約することで回復を促進します。
  • 慢性炎症への移行の防止: 疾病行動は、負のエネルギーバランスを補償し、活性化された免疫細胞へエネルギーを再配分することなどにより、急性の刺激因子による急性炎症から慢性炎症への移行を防ぐ上で重要な役割を果たしている可能性があります。

このように、疾病行動は急性炎症という生体にとっての脅威に対して、エネルギー配分を最適化し、免疫機能を高め、病原体に対抗するための多岐にわたる適応的な応答として機能していると考えられます。

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うつ病の段階的進行と疾病行動の経過の主な違いについて。

うつ病は、多くの場合、段階的かつ進行性の経過をたどる慢性的な疾患であるのに対し、疾病行動は急性かつ短期的な反応です。

うつ病の段階的進行:

  • うつ病は、軽度または非特異的な症状から始まり、閾値未満の前駆症状を経て、急性エピソードへと進行することがあります。
  • 多くの患者は反復性のうつ病エピソードを経験し、時間の経過とともに再発のリスクが高まります。
  • うつ病エピソードを繰り返すうちに、心理的または器質的なストレッサーへの再曝露に対する感受性が進行的に高まる**感作(sensitization)**が見られることがあります。
  • 一部のうつ病は慢性化し、長期間にわたって症状が持続することがあります。
  • 治療抵抗性を示す患者もおり、適切な抗うつ薬治療に反応しない場合があります。
  • 一部の患者は、うつ病エピソードに加えて、**軽躁または躁病エピソード(双極性うつ病)**を経験することがあります。
  • うつ病には季節変動が見られることがあり、特定の季節に症状が悪化または改善することがあります。
  • うつ病の経過は、進行性の悪化パターンを示すことがあります。うつ病エピソードの回数が増えるにつれて、その後の再発リスクが高まり、治療への反応が低下する傾向があります。

疾病行動の経過:

  • 疾病行動は、典型的には急性感染や組織損傷といった明確な急性トリガーによって誘発される急性適応反応です。
  • その持続期間は比較的短く最大で19〜43日とされています。
  • 疾病行動は、トリガーが排除され、損傷した組織が修復されると終息します。
  • 疾病行動は、生体にとって有益なCIRS(補償性免疫調節システム)の効果を持ち、一次的な引き金からの回復を促進します。
  • 疾病行動が長引いたり、不適切に活性化されたりすることもありますが、これは慢性感染や(自己)免疫障害の場合のように、機能不全に陥っている可能性が高いとされています。
  • 疾病行動は、うつ病に見られるような再発、慢性化、季節変動、(軽)躁症状といった特徴を持ちません。

したがって、うつ病の段階的進行は、初期の軽微な症状から始まり、再発や慢性化、感作といった特徴を伴いながら、長期にわたって変動する複雑な経過をたどるのに対し、疾病行動は明確な急性トリガーに対する短期的な適応反応であり、通常は自然に終息するという点で大きく異なります。うつ病の進行には、免疫炎症反応の感作、酸化ストレス、自己免疫、神経進行性変化などが関与する可能性がありますが,疾病行動は主に急性炎症に対するエネルギー節約と免疫機能の最適化を目的とした一時的な反応です。

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抗うつ薬が免疫システムに与える影響について。

抗うつ薬は、正常な被験者および動物モデルにおいて、有意な免疫調節作用および免疫抑制作用を示すことが報告されています。

具体的には、以下の点が挙げられます。

  • 炎症性サイトカインの抑制: 三環系抗うつ薬(TCA)および選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、IL-1β、TNFα、IL-6などの炎症性サイトカイン(PIC)や、IL-2やIFNγなどのTh1様サイトカインの産生を抑制することが示されています。
  • 免疫抑制性サイトカインの増加: ほとんどの抗うつ薬(TCA、SSRI、可逆的モノアミン酸化酵素A阻害薬、セロトニンおよびノルアドレナリン再取り込み阻害薬、非定型抗うつ薬など)は、免疫抑制性サイトカインであるIL-10の産生を増加させるか、IFNγの産生を低下させ、結果としてIFNγ/IL-10の産生比率を減少させることが報告されています。
  • 脳細胞における炎症性サイトカインの抑制: SSRIおよびTCAは、脳細胞培養においてもIL-1β、TNFα、IL-6の産生を抑制することが示されています。
  • 動物モデルにおける抗炎症効果: 動物モデルでは、抗うつ薬が抗炎症効果を示すことが確認されています。例えば、致死量のLPSを投与されたマウスは、ブプロピオンの投与によって保護され、IFNγ、TNFα、IL-1βの産生が有意に減少します。また、チアネプチンは末梢投与によって誘発されたLPSおよびIL-1βによる病的行動を軽減する可能性が示唆されています。炎症を標的とした治療(エタネルセプトなどTNFα阻害薬)もIL-1β誘発性の病的行動を軽減する可能性があります。

しかしながら、うつ病患者における抗うつ薬のin vivoでの効果は、動物モデルほど明確ではありません。

  • ヒトにおける効果の不確実性: 抗うつ薬の亜慢性投与は、うつ病患者の炎症兆候を一貫して軽減するわけではありません。最近のメタアナリシスでは、SSRI以外の抗うつ薬のサブクラスは、炎症性サイトカインの濃度を軽減しないことが示されています。
  • 臨床的寛解と免疫正常化の不一致: 抗うつ薬の免疫調節効果は広く確認されているにもかかわらず、うつ病における臨床的寛解は、免疫炎症性経路の正常化とは一致しない場合があります [44, 182–184]。これは、臨床的うつ病が抗うつ薬の免疫抑制効果に対して「抵抗性」を伴っている可能性を示唆しています。

その他の影響として、抗うつ薬は酸化ストレスおよび窒素種(O&NS)の軽減、抗酸化物質の増加、神経進行性プロセスの抑制にも影響を与えることが示されています。

これらの知見から、抗うつ薬は免疫システムに対して複数の影響を与えるものの、特にヒトの慢性的なうつ病においては、その効果は複雑であり、免疫炎症性経路の完全な正常化を伴わない場合があることが示唆されます。免疫炎症経路、O&NS経路、自己免疫応答、神経進行性の亢進および感作は、うつ病のステージングや治療抵抗性、再発などにも部分的に関与する可能性があるため、これらの経路を標的とした新たな併用治療戦略も開発されています。

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