退行と脱抑制

たとえばお酒を飲んでいるとき、一部の人はとても子供っぽいことを言ったり行動したりします。

その様子は、脳の抑制的高次中枢が、アルコールで麻痺し、下位の欲望が突出していると見ることができます。これが脱抑制です。ジャクソニスム的立場です。

また別の見地では、退行していると見ることもできるでしょう。フロイト的立場です。

-----まず脱抑制から。

脳は、進化の歴史の中で、下位の「生命維持欲求中枢」、中位の「運動・感覚の統合中枢」、上位の「高次思考・自己意識の中枢」などに分けて考えられることがあります。3段階が必然ではなく、例えば、このように階層構造になっているという意味です。

「個体発生は系統発生を反復する」ので、生命の進化の歴史を、個体の発生・成長の過程の中で反復します。

脳の各部分の多くは、「下位の欲求を上位が抑制する」ことで発達します。

このような階層構造から成立しているので、小さい頃は欲求むき出しですが、大人になると抑制系が発達して、社会人になります。

いったん発達して完成した脳が何かの事情で壊れます。たとえば脳血管障害、腫瘍、感染症などです。その場所が問題で、機能局在と抑制系の深さの二つの軸が考えられます。

機能局在は、大体このあたりは視覚系とか、別の場所は聴覚系で、このあたりは運動神経で、そちらは華南革新系で、とか、横の広がりです。

抑制系の深さというのは、ある機能部分で、下に行くほど生命維持欲求に近く、上に行くほど、高次の抑制になっています。

たとえば、食欲を例にとると、とにかく、食べられるときに食べておきたいというのが基本的生命維持欲求です。しかし、時と場合によると考えて、抑制が働きます。イスラム教では豚は食べないように抑制が働きます。みんなと同じようにしなくちゃと抑制が働きます。中華料理のえびは人数で割り算して、切り下げて、自分の皿に取ります。上司に悪く思われるといけないので、これも食欲を抑制する方向に働きます。太ってはいけないと考える人には抑制が働きます。さらに自分の生きる方針として肉は食べないとか、あるいは倫理的感情として、牛は口にしないとか、抑制があると思います。

これだけの各種抑制回路が原始的食欲回路を上から抑制しています。脳の病気で壊れるのは、大体が上位中枢です。

進化的に新しいものは壊れやすい。進化的に古いものは壊れにくい。これが原則です。

ですから、何か不都合があると、たいていは抑制が外れるのです。

眠くなると上位中枢の働きが悪くなりますから、脱抑制となって、食欲が出たりします。そして朝、後悔する。

アルコールも上位中枢から順に麻痺させるので、脱抑制状態が観察されます。

下位には進化論的に古い欲求があって、それを上位から、何段階にも抑制していると、大雑把には言えると思います。

付随していえば、脳血管障害などである部位が機能停止したとすると、そこよりも下位の欲求が突出する、そしてそこよりも上位の抑制が消失する。この二面の症状が現れます。

普段の複雑な思考や高級な倫理が消えて(上位機能停止)、下品なことを得意になって話していたりします(下位機能突出)。

ーーーーー次に退行について。

これとは別に、退行という考え方があります。

人間は、それぞれの成長段階で、欲求と抑制のセットを持っています。そして成長するにつれて、より高次の欲求と高次の抑制がセットになって脳に形成されます。

5歳には5歳なりの欲求と抑制のセットがあります。12歳は12歳なりのセット。18歳は18歳なり。30歳は30歳なりです。そしてそれらは、年を取ると消えるのではなく、高層建築のように積みあがります。

例えていえば、50歳の人なら、50階建ての建物になっていて、それぞれの階に、その年齢当時の欲求と抑制が記録されています。

お酒を飲んだ時に退行が起こると考える人は、次のように考えます(と私は個人的に思っています)。

現在50歳なら、普段は50階部分で生活している。趣味も嗜好も悩みも対人関係も50歳なりの欲求と抑制のセットで対処しています。お酒を飲んだら、20歳とか15歳とかの欲求・抑制セットに戻る。これで普段とは違うその人が現れる。

退行の場合は、脱抑制モデルと違って、欲求・抑制のセットは、退行した年齢なりに保持されているのです。50歳とは欲求も抑制も異なります。

たとえば遊園地では退行しますし、性愛の場面では退行します。

飲み会で楽しく飲んで17歳に退行しているのは健全で適応的な退行です。「場面に合わせて子供にかえる」といえば健康的です。

一方で人間には病的な退行もあります。非常に強い葛藤状態に置かれ、心的エネルギーが消耗したとき、状況にそぐわない、幼いころの欲求・抑制セットを出してしまう。それはそれで心の防衛メカニズムだと理解できる面もありますが、自分も周囲も困ります。詳しく言えば、それは困りごとではありますが、病気といっていいのかどうかは、個人的には留保が必要だと思いますが。

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退行と脱抑制は違うことを概略説明しました。まあ、違ってもどうでもいいようなことではあります。ただ、現象をどう理解するか、その枠組みの点で、やや似ているようだけれども、違うと私は思うので、説明を試みました。

健全な退行はあるけれども、健全な脱抑制はあまりない。

人間は場面に合わせて退行できる。何種類もできる。そのような柔軟性が人生を豊かにもする。

例えば、普段とても抑制が強くて、スーパーエゴが強いタイプ、そんな人が老化してニコニコしたおじいさんになったりしたら、それはよい脱抑制なのかもしれません。

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こうして書いていると、神経学的ジャクソニスムと精神分析的フロイディズムの言葉が混合されてしまう場面があります。でも、スーパーエゴの強いタイプを別の言葉でいうのもあまり納得がいかない。このあたりは学問的ではない。

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整理すると、次のようになる。


脱抑制と退行について考える

たとえば、お酒を飲んでいるとき、一部の人はとても子供っぽいことを言ったり行動したりします。この現象を神経学と心理学の視点から分析することで、より深く理解することができます。

まず、神経学的な視点から見てみましょう。脳の抑制的高次中枢がアルコールで麻痺し、下位の欲望が突出することがあります。これを「脱抑制」と言います。脱抑制は、ジャクソニスム的立場から説明されます。

脱抑制とは

脳は進化の過程で、下位の「生命維持欲求中枢」、中位の「運動・感覚の統合中枢」、上位の「高次思考・自己意識の中枢」といった階層構造を持つようになりました。これらの層は、それぞれ異なる機能を担っています。「個体発生は系統発生を反復する」という考え方から、個体の発生・成長の過程で脳の各部分もこの階層構造に沿って発達します。

脳の各部分は、下位の欲求を上位が抑制することで正常に機能します。しかし、脳血管障害や腫瘍、感染症などにより、上位中枢が障害されると、抑制が外れて下位の欲望が突出します。例えば、食欲を例にとると、基本的な生命維持欲求として「食べられるときに食べておきたい」という欲求があり、それを上位中枢が抑制します。この抑制は、文化や社会的な規範、個人の倫理観によっても影響を受けます。

アルコールは、上位中枢から順に麻痺させるため、脱抑制状態が観察されます。これは進化論的に新しい機能が壊れやすく、古い欲求が優位になるためです。例えば、眠くなると上位中枢の働きが悪くなり、食欲が増すことがあります。

退行とは

次に、心理学的な視点から見てみましょう。フロイト的立場では、これを「退行」として説明します。人間は成長過程で、それぞれの年齢に応じた欲求と抑制のセットを持っています。成長するにつれて、より高次の欲求と抑制が形成され、それが積み重なっていきます。50歳の人なら、50階建ての建物のように、それぞれの階にその年齢当時の欲求と抑制が記録されています。

お酒を飲むと、普段は50階部分で生活している人が、20歳や15歳の欲求・抑制セットに戻ることがあります。これが「退行」です。退行の場合、欲求と抑制のセットは退行した年齢に応じたものであり、脱抑制モデルとは異なります。

健全な退行と病的な退行

健全な退行は、場面に応じて子供に戻るようなもので、人生を豊かにします。例えば、遊園地で子供のようにはしゃぐことや、飲み会で楽しく飲んでいるときに17歳に退行することは、健康的で適応的な退行です。

一方で、非常に強い葛藤状態に置かれたときに起こる病的な退行もあります。これは、状況にそぐわない幼い頃の欲求・抑制セットが表出することで、自分や周囲に困難をもたらします。これは心の防衛メカニズムとして理解できる面もありますが、必ずしも病気とは言えません。

結論

以上のように、脱抑制と退行は異なる概念ですが、どちらも脳や心の働きを理解する上で重要です。神経学的ジャクソニスムと精神分析的フロイディズムの両者の視点を組み合わせることで、人間の行動や心理をより深く理解することができます。

脱抑制は脳の階層構造と抑制の崩壊によるものであり、退行は成長過程で形成された欲求と抑制のセットが過去に戻る現象です。これらの知識を活用して、私たちは日常の行動や心理をよりよく理解し、適切に対応することができるでしょう。

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