市民と医療系教育者に「医学生の背景」に対する認識をヒアリング
――医学生の背景を探る大規模調査(調査の詳細は、Vol.1 を参照)に続いて、「医学生の社会経済的背景に対する市民と医療系教育者の認識」についての研究を進められています(医学教育 2024,55(3): 217~227)。
一般市民は「医学部受験は、学力だけでなく経済的にも難しい」と思っていると想定していましたが、実際の医学生のデータを見てどう受け止めるかを調べる目的で、質的研究を進めました。市民だけではなく医療系教育者も対象としたのは、教育の当事者であり、身近に多くの医学生と接していること、教育者自身も医学生に近い経済的・職業的背景を持っていることから、市民の認識と比較できると考えたからです。
実際には市民14人(1グループ4~5人)、医療系教育者26人(同2~6人)に分け、下記の調査結果を提示して、フォーカスグループで認識や意見をお聞きしました。
- 世帯年収 1800/1000 万円以上(%):医 25.6/56.5、歯 32.5/68.8、薬 8.7/37.2、看護 4.1/23.9、一般1.3/24.8
- 親のいずれかが医師(%):医 33.2、歯 13.8、薬 8.8、看護 4.3、一般 2.4
- 私立高校卒(%):医 55.1、歯 60.1、薬 52.2、看護 24.9、一般 17.8
- 小学校時代に現在の学科受験を決心(%):医 16.8、歯 5.8、薬 7.6、看護 5.8、一般 0.5
- 小学校時代に週 3 日以上の塾通い(%):医 48.2、歯 48.1、薬 37.7、看護 20.3、一般 15.5
- 人口 20 万人以上の都市出身者の 80% 以上が卒業後も人口 20 万人以上の都市での勤務を希望
(「医学生の社会経済的背景に対する市民と医療系教育者の認識」による)
その結果、抽出されたのが、下記の計15の主題です。
「家族年収にびっくり、限られた人しか医師になれないのか」
――多くの主題が浮き彫りになっていますが、中でも注目される点は何ですか。
一つは、医学生の親の経済力に関することです。市民と医療系教育者の間には受け止めに開きがあり、市民の驚きは想像以上でした。市民は、医師になることの難しさを感じ、経済力が医学科受験の障壁になっていると認識していました。一方、教育者には驚きはなかったものの、医学生の豊かな生活ぶりは認識していました。
「何よりも家族年収にびっくりした。50%以上は 1000~1800 万円以上の年収で、限られた人しか(医師に)なれないというのが率直な感想」(市民)
「学生が何気なく机に財布を置いていて、それがブランドのオンパレード」(教育者・医師)
(「医学生の社会経済的背景に対する市民と医療系教育者の認識」による)
もう一つは、想定はしていましたが、教育格差です。特に地方大学の医療系教育者は、医学部に入ってくる医学生は都市部の高校生が多く、地方の高校からは入りにくいとの認識を持っていたことは印象的でした。
地方の人に(教育の)チャンスがないから、地方で医者になりたい人もいなくなるのかな。(市民)
地方は小中学校の教育は手厚いが、高校以降の情報と競争と環境が伴わない。地域枠といってもほぼ県庁所在地出身。過疎地域出身者がいないので卒業後も都市志向が強い。(教育者・医師)
(「医学生の社会経済的背景に対する市民と医療系教育者の認識」による)
多様な境遇の学生が集まった方が教育効果高く
――これまでの研究成果によると、国公私立を問わず、経済的に裕福な家庭の医学生が多く、背景が均一化しているようにも思います。一方で実臨床では多様なバックグラウンド、年齢の患者さんが対象です。診療科や勤務地も含め、多様な医療ニーズに応えるために、入試の段階で工夫や見直すべき点などはあるのでしょうか。
医学生の背景調査の結果をどう捉えるか、今の医学部入学者の多様性はどの程度なのかについては、さらに議論を進める必要があるでしょう。
ただ私個人としては、もう少し多様性が必要では、と考えています。世界的にもそのような潮流にあります。おっしゃる通り、医療は多様な患者さんを相手にする仕事であり、医療者自身も多様化しないと、人々の気持ち、苦しさを理解することが難しいかもしれません。「それは教育で教えることができる」との考えもあると思いますが、やはり一定の限界があります。自分が何をしたいか、どんな医療を実践したいかなどは、生い立ちや境遇に左右されると思います。多様な境遇の学生が集まった方が、より教育効果が高く、卒後の多様な働き方にも良い影響が出るのではないでしょうか。
――海外では医学生の多様性を担保するため、どんな工夫がされているのでしょうか。
医学生に恵まれた家庭の出身者が多いのは世界共通の現象です。アメリカでは人種・経済状況・親の学歴など様々な属性を指標に、医学生の背景を調べた調査が数多くあります。医学生は白人やアジア系が多く、多様化を図るために人種ごとに医学部の定員枠を設けている大学もありますが(affirmative action)、それが逆差別だとして提訴されたりもしています。長年研究され、改善はされつつも、いまだ課題を抱えているのが現状だと思います。
英国では恵まれない家庭の子どもたちが医学部に挑戦できるように、教員や学生ボンランティアが地域へ出て支援活動を行い、また実際にそうした子どもたちに医学部入学枠を提供しています(widening participation)。
オランダでは基本学力を担保した上で一種の抽選入試を行っていましたが、抽選に対する訴訟が起こり、学力試験主体の入試に変更されました。ところがその結果、富裕層の学生が増えて多様性が低下したことから、2023年から抽選を復活させているようです。
「医学科志願者の門戸をどう拡大するか」
――「医学生の社会経済的背景に対する市民と医療系教育者の認識」では「国民の多様な医療ニーズを満たすために、より多様な医学科志願者に対してどのように門戸拡大を図るか」と問いかけられています。医学部入試は学力試験だけではなく、小論文やMMI(マルチプル・ミニ・インタビュー)を取り入れるなど、多様化しています。
医学部入試では今も学力重視が続いていますが、その比重を下げ、全人的に受験生を評価する工夫はなされつつあると思います。MMIは多様な学生を選抜する上で有望な方法の一つですが、学科試験と同様にある程度の準備が可能であり、そうした準備に対して周囲の支援が得られる受験生に有利になってしまう可能性は留意しておく必要があります。北米ではCASPerと呼ばれる一種の状況判断テストが導入されつつあり、医学生の多様化に役立つかもしれないと期待されています。
高校時代の課外活動なども、一つの加点要素とは思いつつ、経済的に苦しい家庭の子どもたちには、その余裕がない可能性もあります。
「地域枠、義務年限は強調しすぎない方が」
――「地域枠」についてはいかがでしょうか。
経済的に恵まれない家庭の子どもにとっては、「地域枠」や自治医科大学の仕組みは医師になるためのルートして魅力的に映ります。地域に貢献したいというやる気がある学生を、もっと勇気を持って採用してもいいのでは、と思います。
ただ義務年限については強調しすぎない方がいいでしょう。都市部出身者がゆかりのない地域に行き、その地域に定着させるのは容易ではありません。だからと言って地方出身者に「地元で働きなさい」と強制するのも難しい。若い人には上昇志向があり、「今までとは違う新しい世界で働きたい」という希望を持つ一方で、生まれ育った地域で働きたいという志向も明らかになっていますので、医療を必要とする地域からの志願者を増やし、選抜する仕組みを考える必要があります。
地域枠を選ぶ動機や将来像について、医学生や志願者にインタビューするなどして本音を引き出し、丁寧に分析する必要があります。様々な要素を考慮しないと政策はうまく行かないのではないでしょうか。
――最近、「診療科枠」を設ける動きもあります。
医学部は「職業専門学校」のような性質がありますが、「高校を卒業してすぐに職業を選ぶのは難しい。大学卒業後に入学できるメディカルスクールを創設すべき」という意見は根強くあります。一方で、大学卒業後の医学部進学となると更に学費の上昇と受験準備の長期化が懸念されます。高校卒業してすぐの段階で、専門とする診療科まで決めるのは、多くの受験生にとっては困難ではないでしょうか。診療科枠は将来への拘束が強すぎるという気もします。
――最後に今後の研究予定をお教えください。
これまでの調査で、まだ解析しなければいけないデータがたくさんあります。例えば医学生の親の学歴が子どもの教育にどのように影響しているか、どんな動機で医学部に入学しているのかなどです。動機については、人助け、社会貢献、医学への興味・関心、他人からの評価、生活の安定・収入、働き方など様々な側面から調査しており、医学生の出身背景別に分析をしたいと考えています。