海馬(Hippocampus)は、大脳辺縁系の一部を構成する脳の重要な部位であり、主に記憶の形成と空間認識に関与しています。海馬は左右の大脳半球に1つずつ存在し、脳の内側部分に位置しています。その形状がギリシャ語で「馬のたてがみ」を意味する「Hippocampus」という名前の由来となっています。
海馬の構造
海馬は、3層構造からなる古皮質に分類され、主に次の部分から構成されています:
- CA領域(Cornu Ammonis)
- 海馬の内部にある4つのサブフィールド(CA1、CA2、CA3、CA4)で構成されます。これらは情報の処理と記憶の形成に関与しています。
- 歯状回(Dentate Gyrus)
- 新しい神経細胞(ニューロン)の生成が起こる部位であり、主に新しい記憶の形成に重要です。
- 海馬体(Hippocampal Formation)
- 海馬、歯状回、海馬傍回を含む複合体で、これらの構造が協力して記憶処理に関与します。
海馬の主な機能
- エピソード記憶の形成
- 海馬は、個人的な経験や出来事に関連する記憶(エピソード記憶)を形成し、それを短期記憶から長期記憶へと変換します。例えば、昨日の出来事や旅行先での思い出などは、海馬によって記憶として保存されます。
- 空間認識とナビゲーション
- 海馬は空間情報の処理にも重要な役割を果たします。例えば、新しい場所に行ったとき、その場所の地図や道順を頭の中で記憶し、再び訪れる際に道を覚えているのは、海馬の機能によるものです。この能力は「空間的認知」と呼ばれ、特に迷路のような環境でのナビゲーションにおいて重要です。
- 情報の統合
- 海馬は、さまざまな感覚情報を統合し、それらを関連付けて一貫した記憶を形成する役割を持っています。これにより、特定の出来事に関連する視覚、聴覚、感覚などの情報が結びつきます。
臨床的意義
海馬の機能不全や損傷は、いくつかの神経精神疾患と関連しています。以下に代表的な例を挙げます:
- アルツハイマー病
- アルツハイマー病の初期段階では、海馬の萎縮が顕著に見られます。これにより、新しい情報を記憶する能力が低下し、短期記憶の喪失が進行します。
- てんかん
- 一部のてんかん患者では、海馬の異常な活動が発作の引き金となることがあります。これを「海馬硬化症」と呼び、発作後に記憶障害が生じることがあります。
- ストレス関連障害
- 慢性的なストレスやトラウマは、海馬の機能に悪影響を与えることがあります。これにより、記憶の形成や検索が困難になることが知られています。ストレスホルモンであるコルチゾールの過剰分泌が海馬を損傷させる可能性もあります。
海馬の神経可塑性
海馬は、脳内で新しいニューロンが生まれる数少ない部位の一つであり、これを神経可塑性と呼びます。この特性により、海馬は新しい記憶を形成し続ける能力を持っています。神経可塑性は、学習や環境の変化に応じて脳が適応する能力を示し、特に記憶の強化やストレス耐性の向上に寄与します。
まとめ
海馬は、記憶と空間認識に関わる極めて重要な脳の構造です。日常生活での記憶形成や場所の認識、ナビゲーションなど、さまざまな活動に関与しています。神経精神疾患における海馬の役割は多岐にわたり、その研究は記憶障害や認知症、ストレス関連疾患の治療法開発において重要な意義を持っています。