認知機能
「認知機能」の「認知」とは、広辞苑によると、①物事をはっきりと知ること、または②生物が対象の知識を得るために、外部の情報を能動的に収集し、それを近く・記憶し、さらに推理・判断を加えて処理する過程と定義されています。認知科学における「認知」とは②の定義に基づくものです。
ここでは精神医学や心理学的な解釈である理解・判断・論理などの知的機能、または知能に類似した意味や知覚を中心とした概念とします。
「認知機能」とは、五感(視覚・聴覚・嗅覚・触覚・味覚)、前庭感覚(平衡感覚)、固有受容覚(手足の位置を感じる感覚)などの「感覚」を受容していく機能と定義します。
五感の感覚器官で情報を受信し処理する際に、人によって多少の凸凹はありますが、過剰に感じる状態を感覚過敏、情報が著しく伝わっている状態を感覚鈍麻といわれ、いずれも日常生活や社会生活を送る上での支障をきたす場合を指します。感覚過敏・鈍麻は五感のいずれでも生じますが、固有受容覚も上手に機能していないケースもあります。
認知機能の分類
認知症では物忘れにみられるような記憶の障害のほか、判断・計算・理解・学習・思考・言語などの障害がみられる脳の機能として認知機能と表現されています。
また、発達障害では、知能や言語能力、視聴覚認知、空間知覚、注意、実行機能、心理特性、対人関係特性などに関わるさまざまな能力を評価した上で、総合的な判断を下し、支援方法を提示することが一般的です。
そのほかにも統合失調症やうつ病、高次脳機能障害、摂食障害などの疾患や障害において認知機能の低下が見られます。
認知機能に関係する疾患の詳しい説明は「認知機能と疾患」のページをご覧ください。
DSM-5(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders Ⅴ)で分類される神経認知障害(NCD:Neurocognitive Disorders)では、NCD(神経認知障害)患者で障害される認知機能領域が「複雑性注意」「実行機能」「学習と記憶」「言語」「知覚ー運動」「社会的認知」の6領域に分類されています。
※DSMとは:米国精神医学会が作成する、精神疾患・精神障害の分類マニュアルで、正式には「精神疾患の診断・統計マニュアル(Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders)」といいます。本来はアメリカの精神科医が使うことを想定したものですが、実際には国際的な診断マニュアルとして使われており日本でも翻訳されたガイドラインが公開されています。(日本精神神経学会精神科病名検討連絡会「DSM-5 病名・用語翻訳ガイドライン(初版)」『精神神経学雑誌』116巻、第6号,2014)
認知領域 | |
複雑性注意 | 持続性注意、分配性注意、選択制注意、処理速度 |
実行機能 | 計画性、意思決定、ワーキングメモリー、フィードバック/エラーの訂正応答、習慣無視/抑制、心的柔軟性 |
学習と記憶 | 即時記憶、近時記憶(自由再生、手がかり再生、再認記憶を含む)、長期記憶(意味記憶、自伝的記憶)、潜在学習 |
言語 | 表修正言語(胡椒、喚語、流暢性、分包、および構文を含む)と受容性言語 |
知覚-運動 | 視知覚、視覚構成、知覚-運動、実行、認知を含む |
社会的認知 | 情動認知と心の理論 |
(日本精神神経学会日本語版用語監修、高橋三郎ら:DSM-5®精神疾患の診断・統計マニュアル,585-587,医学書林,2014より改変引用)
高次脳機能リハビリテーションからの視点
ニューヨーク大学リハビリテーション医学ラスク研究所が提唱した神経心理ピラミッド(右図)は、脳の各機能は単に並列的に存在するのではなく、階層構造的に捉えるべきで、ピラミッドのより下方に位置する神経心理学的機能が充分に働かないと、それより上位の機能を充分に発揮させることができないことを表しています。
最上位の「自己の気づき」があれば、他の機能がある程度低下していても、周りからアドバイスや対処などの環境調整によって対応できますが、自己の気づきを得るためには、論理的な思考やそれを支える記憶や遂行機能、さらにはより下位の情報処理や注意、集中力などがある程度保たれている必要があり、より基盤的な神経心理学的機能の向上に働きかけることが重要としています。
高次脳機能には階層構造があり、高次脳機能障害のリハビリテーションにおいても、より基盤にある覚醒レベルや注意機能の回復の必要性を提唱しています。(立神、2006;先崎ら、2007)。
また、様々な神経心理学的機能(高次脳機能)はそれぞれ単体で存在しているわけではなく相互に影響を及ぼしあい、最終的に一つの表現形である具体的な認知行動として表出されます。
たとえば,「新しいことを憶えられない」という記憶に関する問題行動が起こったとき、この問題行動の原因は必ずしも記憶機能によるものだけではありません。易疲労性や覚醒の低下の結果、自発性や意欲が低下し、注意・集中力も低下し、結果として情報獲得がままならず憶えられないといったプロセスが十分予想されます。
そう考えると、高次脳機能障害に対するリハビリテーションは一つひとつの症状や機能障害に対して,単一的に,要素的にアプローチすることは困難です。また、高次脳機能以外の要素、呼吸・循環機能,運動機能や感覚刺激、摂食・嚥下機能などのより基本的な機能との関係も無視できません。高次脳機能を高めるにはこれら基本的な機能も含めて身体全体としてアプローチすることが望まれます。
下記の図に示した「神経心理循環」という考え方は、そのような全人的リハビリテーションの在り方をシェーマにしたものです。(橋本圭司,地域リハビリテーション, 3(11),1060-1062,2008)
橋本医師の担当した患者の一人に、北京パラリンピックの自転車競技で、金銀銅の3つのメダルを獲得した石井雅史さんがいます。 競輪選手だった石井さんは交通事故によるけがで重度の記憶障害になり、一時はひきこもるような生活をしていました。 それが、認知機能全体を支援するリハビリで、記憶障害自体は大きく改善しませんでしたが、他の認知機能、遂行機能や情報獲得力が高まったことで、生活に自信ができ、自転車にも再び乗るようになってパラリンピックでメダルを取るまでに回復したのです。 (五藤博義「高次脳機能とそれをささえる脳の働き」レデックス通信より引用)※石井選手の北京五輪での金メダルのニュース(paraphotoサイト) |
遂行機能(実行機能)は高次脳機能の中でも最上位に位置しており、抑制、注意力や記憶力などの認知機能などより高次レベルの機能であり、他の認知機能が目的に沿って正しく機能することを監視する司令官的、またはかじとり的存在です。
遂行機能(実行機能)の詳しい説明は「認知機能と遂行機能」のページをご覧ください
社会的認知機能
私たちが社会生活をしていくうえで、他者の表情・言動・行動などから相手の感情や意思を推測し、その過程から自己の生存に必要な意思決定が行われ、円滑な対人関係を形成し維持していくことを表して「社会的認知機能」と呼びます。
社会的認知機能は、私たちが社会生活を送る際に,他者の表情, 言動,行動などから相手の感情や意思を推測し,その過程から自己の生存に必要な意思決定が行われ,円滑な対人関係を形成し,維持していくために必要な認知機能の総称と定義されれており、この概念は Brothers Lにより提唱されました.(Brothers . Concepts Neurosci 1: 27-51,1990)
社会脳の障害が記憶障害などとともに現れた状態が認知症であると言われており、次のような社会的認知機能の低下が見られます。(山口晴保編著書『認知症の正しい理解と包括的医療・ケアのポイント(第2版)』(協同医書出版社、2101年)
脳の器質的障害である認知症は記憶等、社会的認知以外の認知機能の低下も、記憶機能の低下そのものではなく、低下の結果生じる社会的関係の障害が問題である。(牧陽子,認知神経科学,Vol.8,No3・4,2016)
このように、認知症や発達障害のある人で「些細なことですぐに怒り出す、人を無視する、人の気持ちがわからない」といった症状が見られることがありますが、これは本人の性格のせいではなく、行動の背後に脳の病変・特性がひそんでいることがわかってきました。
社会的認知機能の詳しい説明は「社会的認知機能」のページをご覧ください