片頭痛におけるCGRPの関与

勉強会でまとめてみた。このようなモノクローナル抗体が量産されて薬剤として市場に出ていることに感慨もある。

片頭痛におけるCGRPの関与

はじめに

片頭痛は、多くの患者さんの生活の質を著しく低下させる神経血管性疾患です。近年の研究により、カルシトニン遺伝子関連ペプチド(CGRP: Calcitonin Gene-Related Peptide)が片頭痛の病態生理において重要な役割を果たしていることが明らかになってきました。CGRPとその片頭痛への関与について解説する。

CGRPとは

CGRPは、37個のアミノ酸からなるニューロペプチドです。主に感覚神経系に存在し、血管拡張や神経伝達に関与しています。CGRPには主にα-CGRPとβ-CGRPの2つのアイソフォームがありますが、片頭痛との関連で重要なのは主にα-CGRPです。

CGRPの主な特徴:

  1. 強力な血管拡張作用を持つ
  2. 神経伝達物質として機能する
  3. 炎症反応を調節する
  4. 疼痛シグナルの伝達に関与する

CGRPの生成と放出

CGRPは、主に三叉神経節の神経細胞で生成されます。三叉神経は、顔面や頭部の感覚を司る重要な神経です。

  1. 生成: CGRPは、カルシトニン遺伝子からの選択的スプライシングによって生成されます。
  2. 貯蔵: 生成されたCGRPは、神経終末の小胞内に貯蔵されます。
  3. 放出トリガー: 様々な刺激(ストレス、ホルモン変動、環境因子など)により、CGRPの放出が引き起こされます。
  4. 放出: 刺激を受けた神経終末から、CGRPが血管周囲の間質に放出されます。

CGRPの受容体

CGRPは、特異的な受容体に結合することで作用を発揮します。CGRP受容体は、主に以下の3つのサブユニットから構成されています:

  1. カルシトニン受容体様受容体(CLR: Calcitonin Receptor-Like Receptor)
  2. 受容体活性調節タンパク質1(RAMP1: Receptor Activity-Modifying Protein 1)
  3. 受容体構成タンパク質(RCP: Receptor Component Protein)

これらのサブユニットが複合体を形成することで、高親和性のCGRP受容体となります。CGRP受容体は、脳血管、髄膜、三叉神経節などに広く分布しています。

片頭痛におけるCGRPの役割

CGRPは、片頭痛の病態生理において複数の重要な役割を果たしています。以下に主な関与を説明します。

1. 神経原性炎症の誘発

CGRPが放出されると、血管周囲で神経原性炎症が引き起こされます。この過程には以下の要素が含まれます:

  • 血管拡張: CGRPは強力な血管拡張作用を持ち、脳内の血管を拡張させます。これにより、血流が増加し、頭痛の一因となります。
  • 血管透過性の亢進: 血管の透過性が高まることで、血漿タンパクが血管外に漏出し、周囲組織の浮腫を引き起こします。
  • 肥満細胞の活性化: CGRPは肥満細胞を活性化し、ヒスタミンなどの炎症メディエーターの放出を促します。

これらの作用により、三叉神経血管系の感作が起こり、痛覚過敏の状態が引き起こされます。

2. 疼痛伝達の増強

CGRPは、中枢神経系における疼痛シグナルの伝達と処理にも関与しています:

  • シナプス伝達の増強: CGRPは、脊髄後角や三叉神経脊髄路核において、グルタミン酸などの興奮性神経伝達物質の放出を促進します。
  • 疼痛閾値の低下: CGRPの作用により、痛覚を伝える神経細胞の興奮性が高まり、通常では痛みを感じない程度の刺激でも痛みとして認識されやすくなります。

3. 中枢性感作の促進

片頭痛が慢性化する過程において、CGRPは中枢神経系の感作を促進する役割を果たします:

  • 可塑的変化の誘導: 持続的なCGRP放出は、疼痛伝達経路におけるニューロンの可塑的変化を引き起こし、痛みへの過敏性を長期化させる可能性があります。
  • 下行性疼痛調節系への影響: CGRPは、脳幹における下行性疼痛調節系にも影響を与え、痛みの抑制機構を阻害する可能性があります。

4. 三叉神経-自律神経反射の活性化

CGRPは、片頭痛に伴う随伴症状(悪心、嘔吐、光過敏など)の発現にも関与しています:

  • 自律神経系の活性化: CGRPの放出は、三叉神経-自律神経反射を活性化し、副交感神経系の亢進を引き起こします。
  • 随伴症状の誘発: この反射の活性化により、消化器症状や感覚過敏などの随伴症状が引き起こされます。

CGRPと片頭痛の臨床的関連

CGRPと片頭痛との関連性は、様々な臨床的観察や研究結果によって裏付けられています:

  1. CGRP濃度の上昇:
  • 片頭痛発作中、患者の頸静脈血中CGRP濃度が上昇することが報告されています。
  • 発作頻度の高い慢性片頭痛患者では、発作間欠期でもCGRP濃度が高値を示す傾向があります。
  1. CGRP投与実験:
  • 片頭痛患者にCGRPを静脈内投与すると、片頭痛様の頭痛が誘発されることが示されています。
  • 健常者と比較して、片頭痛患者はCGRP投与に対してより敏感に反応する傾向があります。
  1. トリプタン系薬剤の作用機序:
  • 従来から使用されている片頭痛治療薬であるトリプタン系薬剤は、CGRPの放出を抑制する作用を持つことが分かっています。
  • 日本で発売されているトリプタン系薬剤には、(1)スマトリプタン(商品名:イミグランなど)、(2)ゾルミトリプタン(商品名:ゾーミックなど)、(3)エレトリプタン(商品名:レルパックス)、(4)リザトリプタン(商品名:マクサルト)、(5)ナラトリプタン(商品名:アマージ®)の5製剤があります。
  1. CGRP関連薬剤の開発:
  • CGRP受容体拮抗薬(ゲパント系薬剤)やCGRPモノクローナル抗体薬の開発により、CGRPをターゲットとした新しい治療法が実用化されています。
  • これらの薬剤は、従来の治療法に抵抗性を示す患者さんにも有効性を示しています。

臨床への応用

CGRPの片頭痛における役割を理解することは、実践において以下のような点で重要です:

  1. 患者教育:
  • 片頭痛の病態生理について、CGRPの関与を含めて患者さんに分かりやすく説明することができます。
  • 新しい治療法(CGRP関連薬剤)の作用機序を理解し、患者さんの疑問に答えることができます。
  1. 症状アセスメント:
  • CGRPの作用を理解することで、片頭痛の多様な症状(頭痛、随伴症状)の関連性をより深く理解できます。
  • 慢性化のリスク評価において、CGRPの持続的な放出がもたらす影響を考慮に入れることができます。
  1. 治療管理:
  • CGRP関連薬剤を使用している患者さんの経過観察において、効果や副作用をより適切に評価できます。
  • 従来の治療法とCGRP関連薬剤の使い分けについて、医師の判断を支援する情報を提供できます。
  1. トリガー因子の管理:
  • CGRPの放出を促進する可能性のあるトリガー因子(ストレス、ホルモン変動、食事など)について、患者さんにアドバイスを提供できます。
  1. 多職種連携:
  • CGRPの知識を基に、医師や薬剤師とより専門的なコミュニケーションを図ることができ、チーム医療の質の向上に貢献できます。

結論

CGRPは片頭痛の病態生理において中心的な役割を果たしており、その理解は現代の片頭痛治療において不可欠です。治療者として、CGRPの基礎知識を身につけることで、患者さんへのより質の高いケアの提供が可能となります。今後も、CGRP研究の進展により、さらに効果的な治療法や予防法が開発されることが期待されています。患者さんの生活の質向上のため、最新の知見を積極的に学び、実践に活かしていくことが重要です。

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