かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふす程はおも影ぞ立つ
漆黒の髪は千すじの水脈をひいて私の膝に流れていた
爪さし入れてその水脈を掻き立てながら
愛の水底に沈み
私は恍惚と溺死した
それはいつの記憶
水はわすれ水
見ず逢わず時は流れる
この夜の闇に眼をつむれば
あの黒髪の髪は
ささと音たてて私の心の底を流れ
そのひとすじひとすじがにおやかに肉にまつわり
溺死のおそれとよろこびに乱れる
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かきやりしその黒髪の筋ごとにうち臥すほどは面影ぞたつ 藤原定家
新古今集、恋、題知らず。
後拾遺集の和泉式部詠「黒髪の乱れも知らずうち臥せばまづかきやりし人ぞ恋しき」の本歌取りとされる。
邦雄曰く、定家の作は「かきやりし」男の、女への官能的な記憶だ。「うち臥す」のは彼自身で、逢わぬ夜の孤独な床での、こみあげる欲望の巧みな表現といえようか。
「その黒髪の筋ごとに」とは、よくぞ視たと、拍手でも送りたいくらい見事な修辞である、と。
本歌 和泉式部
黒髪の 乱れも知らず 打ちふせば まずかきやりし 人ぞ恋しき (後拾遺、恋三)
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かきやりし その黒髪の 筋ごとに うち臥す程は 面影に立つ (新古今、恋五)
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本歌
黒髪の 乱れも知らず 打ちふせば まずかきやりし 人ぞ恋しき (後拾遺、恋三)和泉式部
本歌取り
かきやりし その黒髪の 筋ごとに うち臥す程は 面影ぞ立つ(新古今、恋五)定家
あなたの心に縛られたままのわたしをどうすればよいというのだろう
どうにもできはしないのだ