右傾化と言っても、現象には様々な側面があり、明確ではない部分もあると思う。
粗雑にまとめれば、「女子供は黙れ。昔からの権威に従え。」くらいなのではないかとの意見がある。
日本の歴史の中でも、大正デモクラシーとか、軍部の跋扈とか、右に左に揺れた。それは自然な揺れ方だったのかもしれない。
しかしGHQの占領があって、それ以前の右翼的軍部的支配から解放された。同時にソ連などの共産主義国の伸長もあって、左翼勢力が勢いを増した。世代間闘争の様相もあり、若者世代が左翼的運動に身を投じた。このあたりは全般に戦争時代の圧政の反動と解釈できる。
その後はじりじりと右傾化傾向が続いている。
これは一つには、世界的な左翼勢力・リベラル勢力の減衰があることも一因である。国際環境として、共産主義諸国は衰退しつつある。
また、国内で言えば、戦争の記憶を強く保持している護憲派の年齢的な衰退が挙げられる。
同時に、軍人関係の団体の衰退も進行しているのだが。
戦争の惨禍も、年とともに忘れられ、戦争時代の実体験を持たない世代が政治の中心に座るようになると、右傾化傾向は止められないのだろう。
しかも昨今の情勢は、野党全般に右傾化してきているので、自民党としては、さらに右にシフトする必要があるらしい。かつての宏池会の位置に立憲の中央部が位置し、自民党のその他勢力は過去よりもずっと右の位置を取らざるを得なくなっている。しかし当選だけが目的なら、資金集めをしっかりやっていればいいはずで、なぜ右派に過剰に影響されてしまうのだろうか。
宗教右派の影響が強いことは「家庭」の協調、教育現場への介入、ジェンダー否定、選択的夫婦別姓反対、再軍備推進、改憲などで見られるが、それらは宗教右派の素案をそのまま自民党が策動している様子で、なんとも不思議である。
選挙運動の場面で宗教右派が役に立つのはそうかもしれないが、それだけではないだろうか。経団連から流れている巨額の資金を選挙に活用すれば、宗教右派に頼らずに選挙を戦うことができるように思うのだが、そんなわけにはいかない理由があるのだろうか。
SNS選挙などと言われる局面では、高齢者も多い宗教右派に頼らずにSNSでの情報戦略を進めることができそうな気もするがどうなのだろう。
そもそも改憲草案などで、宗教右派の影響が明白な、あまり質の良くないものを提出している現状は不思議である。
それにしても、理想を目指す思潮の世界的交代は明白であるが、なぜなのだろう。
たとえば、グローバル化があげられる。一国や一民族で閉じているときは、右翼とか国粋主義とか移民撃退とかの発想はないはずだろう。グローバル時代になって、のんきに生きていられた時代を取りもどしたくて、右傾化傾向になるのは分かるような気もする。
ヨーロッパでは昔からの伝統で貴族は最初からグローバリズムだった。国際的に婚姻を繰り返していた。さらに宗教世界でもキリスト教支配が強大に及んでいた。その流れが現在のユーロにあると思う。
それに対して、市民社会の主張を言うなら、反グローバル主義になるのだろう。それが右翼、移民排斥という形をとる。
自分たちのものが奪われているという感覚になる。
その考えで言えば、日本では不動産が中国の金持ちにどんどん買われているのだが、右翼的発想で言えば、大変まずいことではないのだろうか。夫婦別姓などより強烈な敵ではないだろうか。
しかし、それだけではないのだろう。人間の多数者は、放っておけば、右翼的になるものなのではないか。(右翼的とはどういうものかて定義も問題だけれども)
例えば、こどもがスマホやゲーム機でゲームをしているが、戦争ものがとても多いのではないか。戦争ではないとしても、対戦もの、暴力ものが多いのではないだろうか。人間の多数派はそのようにできているのだと思うしかない。
こどもは戦争ゲームをしてポルノを見て、SMSを気にして一日が終わる。多くのプラットホームはアメリカにあるので、日本政府としてで何かの規制をすることも考えにはない様子だ。日本の独自プラットホームを強力に推進して、その内部では子供を保護することを考えてもいいと思うが、そんな現状でもない。
ゲーム機で戦争ゲームをするのが好きだというだけではない。ずっと昔から子供たちは敵と味方に分かれて、リーダーを決めて、戦いをして遊んできた。Sakiという小説家がいて、子供が戦争ごっこしているのは良くないと考えて、おもちゃには市役所の建物とかを用意して、市役所ごっこでもしたらどうかと提案したところ、子供たちは市役所の建物も軍事施設に見立てて戦争ごっこを始めたとか書いていたような気がする。また、棒切れがあったらチャンバラごっこをしたものだろう。プロレスごっこなんかも好きなのではないだろうか。
平和的遊びは男の子は好きではないようだと思われる。
人間集団を敵と味方に分けて、攻撃しあったりするのがも根本的な欲動なのだと考えるしかない。したがって、その部分を刺激されると、あっけなく支配・コントロールされてしまう。