直感や常識に反することであっても、理屈として納得したら、感覚を訂正する訓練

相対性理論についての説明の仕方が参考になる
直感や常識に反することであっても、理屈として納得したら、感覚を訂正する訓練であるというのである。

たとえば地動説と天動説の問題と同じ。
普段の生活を生きるには地動説でもいいし天動説でもいいのだけれど、
しかし人間の長い間の知性の習慣で、地面が動いているなんて最初は直感に反するし、
地動説を信じたとして、日常生活が急によくなることもない

相対性理論も、たとえばGPSの原理と利用などの点では必要不可欠なのだけれども、
日常生活を生きる実感としては、光速以上のものがあってもなくても変わりはない

地動説は最近では常識に属するだろう
それは地球外にロケットを飛ばしたり、宇宙空間からの地球の映像があったり、
地球儀が家にあったりるのだから、当然と言えば当然である

相対性理論は100年が経過するけれども、
日常生活の中で常識とはなっていないと思う

ーーーーー
地動説と相対性理論と同様のことが
意識について、自我の同一性、能動性、自由意志の問題などについてもいえるのではないかと思う

常識や直感に反することでも理屈が通っているなら受け入れる訓練にはなると思う
しかしその場合、責任能力の問題とか、あまり考えたくない問題も起こる

自由意志はあるに決まっているじゃないかと言われればその通りで、何の反論もしたくない
自我の能動性もあるじゃないか何が疑問なのかと言われれば、それにも特に反論はしたくない

明白な常識、明白な直観に反することを言ったとしてもいいことは何もない

しかし、統合失調症で見られる自我障害から推定すると、
人間は自我の能動性や自由意志の存在を錯覚して、そのうえで安定して生きていると思われる

タイトルとURLをコピーしました