自己心理学(Self-Psychology)ハインツ・コフート(Heinz Kohut, 1977)

自己心理学(Self-Psychology)

ハインツ・コフート(Heinz Kohut, 1977)は、それまでの精神分析の枠組みに当てはまらない 自己愛的な患者(narcissistic patients) に着目し、新たな視点から彼らを分析しました。

コフートが関心を持ったのは、慢性的な空虚感(chronic state of emptiness)、内的な活力の欠如(lack of inner vitality)、自己像や自己価値の不安定さ(unstable sense of self and self-worth) を特徴とする患者たちでした。彼らの多くは、一見すると 誇大的で自己顕示的(grandiose or expansive) な態度をとることによって、こうした内面の脆弱さを隠していました。

ミラーリングの欠如と自己愛的な病理。幼い子どもは、大人の注意を引こうとして 自分の力や能力を誇張して見せる ことがあります。例えば、幼児が走り回りながら 「見て!僕、世界で一番速いよ!」 と叫ぶような場面が典型的です。コフートによれば、こうした子どもの自己表現に対して 親が温かく共感し、それを受け止める(mirroring) ことが、健全な自己愛(healthy narcissism)の発達には不可欠です。しかし、コフートの患者たちは、幼少期にこうした 「ミラーリング体験」 を十分に受けられませんでした。彼らの親は、子どもの喜びに共感するどころか、冷淡な反応を示したり、批判したり、時には嘲笑したりする ことが多かったのです。また、コフートは、幼少期に安全に理想化できる大人の存在がないこと も、自己愛的な病理の発生に関与していると指摘しました。理想化できる対象(idealized figure) を持てなかった子どもは、自己の成長に必要な心理的な支えを欠いてしまうのです。このように、自己心理学(self-psychology) のモデルにおいて、自己愛的な障害は 「環境の欠陥(environmental deficiencies)」 によって生じるとされます。これは、フロイト的な視点(生得的な欲動や心理的葛藤が原因)とは異なる考え方です。

共感的アプローチによる治療。コフートは、従来の精神分析的解釈(psychoanalytic interpretations) が自己愛的な患者には効果がないことを発見しました。そこで彼は、「共感(empathy)」 を軸とした治療アプローチを提唱しました。治療の中で、患者が肯定的な自己感を持てるよう 共感的に受け止め(mirroring)、サポートする(support for positive self-esteem) ことを重視したのです。

愛着とパーソナリティの発達。精神力動理論(Psychodynamic theory)と愛着理論(Attachment theory)は、パーソナリティの発達について一致した見解に至っている。両者とも、幼少期の人間関係が子どもの情緒的な健康や自己意識の発達において決定的な役割を果たすと考えている。

ライオンズ=ルース(Lyons-Ruth, 1991)は、マーガレット・マーラー(Margaret Mahler)の「分離-個体化(Separation-Individuation)」という概念を「愛着-個体化(Attachment-Individuation)」と改名することを提案している。彼女は、子どもはまず親への愛着を形成し、その後に個体化を進めるが、その過程において親との関係を内面化すると指摘している。

フォナギー(Fonagy, 2002)は、「メンタライゼーション(mentalization)」、すなわち内的な心理状態を心の中で表象する能力は、安定した愛着関係によって発達し、その後、感情の調整やストレスや不安時に自分自身を落ち着かせる能力と関連していることを明らかにした。愛着研究と精神力動理論の交差点は、新たな思考や発見の可能性を今後も提供し続けるであろう。

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