1.目標
精神分析の中心的な概念を提示する
それらの概念がどのように進化してきたかを考察する
精神分析の言葉や原則をわかりやすく解説する
精神分析的視点から生まれた治療法を紹介する
力動的な考え方のさまざまな応用について考察する
精神分析的治療に関する研究を検証する
2.基本的な理論概念
2.1.無意識
2.2.心理力学(サイコダイナミクス)
2.2.1心理力学(psychodynamics)とは、「心の中の力の相互作用」を指す。内的な葛藤(intrapsychic conflict)の概念は、心理力学の代表的な例である。これは、自己の中で対立する異なる認識や感情がぶつかり合う状態を指し、そのうちのいくつかは意識されていない場合がある。この内的葛藤が、問題行動や症状を引き起こすことがある。
2.2.2症状は内的葛藤の表現である。症状を「行動の言語」によって表現された、患者の核心的な葛藤への手がかりとみなす。
2.3.防衛機制(Defense Mechanisms)
2.3.1.防衛機制とは、無意識的な恐怖や「精神的な危機」の予感に対して、自動的に反応する心の働きを指す。
2.3.2.代表的な防衛機制には、回避(avoidance)や否認(denial)がある。これらは、耐え難い思考や感情を回避する方法として機能する。効果的な防衛機制は、心の健康を保つために必要不可欠である。なぜなら、それによって圧倒的に苦しい感情を処理可能なものに変えることができるからである。しかし、防衛機制はしばしば現実を歪め、問題を引き起こすこともある。
2.4.転移(Transference)
2.4.1.転移とは、過去の重要な対人関係で経験した感情を、現在の重要な人物に向けて無意識的に再現することを指す。これは、人間が新しい人間関係や状況に対して、過去の「テンプレート(ひな型)」を適用することによって形成される。
2.4.2.精神分析では、転移の分析が治療の根幹をなす。患者が分析者に対して転移を示すことにより、患者自身と治療者の双方がその影響力に気づき、現実と記憶・期待を切り離す作業を行うことができる。
2.4.3.転移は、言葉での記憶という形ではなく、行動や過去のパターンの繰り返しとして表れることがある。
2.4.4.中心的葛藤関係テーマ(Core Conflictual Relationship Theme: CCRT)法が転移研究に役立つ。
2.4.5.転移とは、患者が治療者(特に分析者)を、幼少期の重要な人物と同じように体験することである。つまり、過去の経験が、現在の人間関係や治療者との関係の中に投影される現象である。
2.4.6.転移と逆転移への関心は、「無意識」や「幼少期の経験・初期の対人関係の重要性」に関心を持つことと重なる。
2.5.逆転移(Countertransference)
2.5.1.逆転移とは、治療者が患者に対して抱く無意識的な反応を指す。これは、転移の対になる概念であり、治療者が患者に対して示す反応のうち、治療者自身の未解決の問題に関連するものを指す。
3.基本的な臨床概念(Basic Clinical Concepts)
3.1.自由連想(Free Association)
3.1.1.編集されていない思考の表現こそが、心の内面をより豊かに明らかにする。
3.1.2.未編集の思考ほど、症状として表れていたかもしれない自己の側面の手がかりを含んでいる可能性が高い。
3.2.治療的な傾聴(Therapeutic Listening)
3.2.1.複数のレベルのコミュニケーションを同時に聞き取ることが求められる。
・患者の言葉の表面的な内容
・患者が伝えている感情
・分析家自身が感じる反応
3.2.2.患者のパターンを理解することがある。これには、転移のパターンや、症状とその意味を結びつけるパターンが含まれる。
3.3.治療的な応答(Therapeutic Responding)
3.3.1解釈(Interpretation)は、患者の中心的なテーマ(特に転移の一面)を理解し、それを共有することを指す。
3.3.2.解釈の目的は、患者が自身の行動や症状を引き起こしている無意識の葛藤を理解し、それに向き合えるようにすることである。
3.3.3.解釈は、患者がそれに向き合う準備ができたと分析家が判断したときに提供される。
3.3.4.夢の解釈は、無意識の精神活動を知るための王道である。
3.3.5.フロイトは、夢の「顕在内容(manifest content)」は表面的なストーリーであり、それを解読することで「潜在内容(latent content)」に到達できると考えた。
3.4.共感(Empathy)
3.4.1.共感的な応答とは、患者の感情状態に共鳴し、感情的な理解を伝えることを指す。
3.5.治療的同盟(Therapeutic Alliance)治療的同盟(Working Alliance)
3.5.1.治療的同盟(または作業同盟:working alliance)とは、患者と治療者が協力して治療を進めるために築くパートナーシップのことである。
3.5.2.ポジティブな治療的同盟が良好な心理療法の結果と一貫して関連している。
3.6.フロイト以降、以下のような異なる精神分析理論が登場している。
古典的精神分析(Classical Psychoanalysis)
自我心理学(Ego Psychology)
対人関係精神分析(Interpersonal Psychoanalysis)
対象関係論(Object Relations Theory)
自己心理学(Self-Psychology)
3.6.1すべての精神分析的アプローチには、以下の3つの基本概念が共通している。
無意識の役割(The Role of the Unconscious)
転移の現象(The Phenomenon of Transference)
過去の経験が現在の人格や症状に関連すること(The Relevance of Past Experiences to Present Personality and Symptoms)
3.7.治療の枠組み(Frame)や構造(Structure)の確立
4.先駆者(Precursors)
4.1.フロイトの著作には物理学や化学のモデル、進化論の概念が頻繁に登場する。
4.2.フロイトは神経学(Neurology)の研究を通じて精神分析にたどり着いた。
4.3.分裂意識状態への関心(Interest in Split Consciousness States)
夢遊病(Somnambulism)
多重人格(Multiple Personalities)
フーグ状態(Fugue States)
ヒステリー(Hysteria)
4.4.催眠(Hypnotism)
5.精神分析の始まり(Beginnings)
『ヒステリー研究(Studies on Hysteria)』
『夢判断(The Interpretation of Dreams)』
『性理論三篇(Three Essays on Sexuality)』
『ナルシシズムについて(On Narcissism)』
形而上心理学論文(Metapsychology Papers)
『快楽原則を超えて(Beyond the Pleasure Principle)』(二元本能理論:Dual Instinct Theory)
『自我とエス(The Ego and the Id)』(構造論:Structural Theory)
5.1.『ヒステリー研究』(Studies on Hysteria, 1895)
5.1.1.精神分析の初期の歴史は、催眠療法(Hypnotism)から始まる。
ウィーンの著名な医師ヨーゼフ・ブロイアー(Josef Breuer)は、自身の催眠療法の経験をフロイトに語った。
・患者を催眠状態(hypnotic trance)にすると、彼らは自分の心を悩ませていることを話し始める
・その多くは強い感情を伴う過去の出来事(traumatic event)だった
・目覚めている時、患者はこの「トラウマ的な出来事」や自分の症状との関連性を意識していない
・しかし、催眠下でその出来事を話すと、症状が消失する
5.1.2.フロイトは、催眠療法の治療的可能性を探求するために、パリでシャルコー(Charcot)のもとで学び、
さらにフランスのナンシーでベルンハイム(Bernheim)とリーボー(Liebault)のもとで研究を続けた。
5.2.ウィーンへの帰還と『ヒステリー研究』の発表
5.2.1.フロイトとブロイアーは共同研究を行い、『ヒステリー研究(Studies on Hysteria)』を発表した。
・単にトラウマ的出来事を思い出すだけでは治癒に不十分
・適切な感情の発散(カタルシス:Catharsis)が必要
5.2.2.治療の目的は、痛みを伴うトラウマ的体験と結びついた抑圧された感情を解放すること(カタルシス)であると結論づけられた。
5.2.3.ヒステリー患者の痛みを伴う記憶が無意識化する理由。
・人間の心は、苦痛を伴う記憶を思い出すことを防御するために、それを忘れようとする
・「快楽を追求し、苦痛を避ける」という心の基本原則(快楽原則:Pleasure Principle)が働く
5.2.4.フロイトは心理的防衛(Psychological Defense)という概念を発展させた。
5.3.催眠から自由連想法へ・抵抗(Resistance)
5.3.1.自由連想法では、患者が特定の質問に答えることを拒む(能動的に避ける)現象に気づく。これは「抵抗(Resistance)」と呼ばれ、患者の「知りたくない」という無意識の力として理論化された。フロイトは、単に抑圧された記憶を呼び起こすのではなく、抵抗を明確化し、それを解消することが治療の目的であると考えた。
5.3.2.ヒステリーの症状が性的な体験に関連していることに気づいた。
5.3.3.しかし、研究を続けるうちに、実際には「性的虐待の記憶」ではなく、「幼少期の性的空想(Childhood Sexual Fantasies)」が関与していることに気づいた。ここから「幼児性欲(Childhood Sexuality)」の理論が発展した。
5.3.4.近年、児童期の性的虐待(Childhood Sexual Abuse)の研究が進み、フロイトの初期仮説(実際の性的虐待)への関心が再燃している。
5.4.夢の謎を解く:フロイトの第二の発見
5.4.1.フロイトは、夢と神経症の症状には共通の構造があることに気づいた。どちらも、無意識の欲望と、それを抑圧する心の他の部分との間で生じる妥協の産物である。心の内なる検閲機能(inner censor)が、無意識の願望を偽装し、歪めて表現する。これにより、夢や神経症の症状は一見理解しがたいものとなる。しかし、フロイトが夢における象徴や表現の仕組みを説明したことで、それらの意味が明らかになった。
5.5.心の構造理論(The Structure of Mind)
5.5.1.心の基本原理=「意識」と「無意識」の対立
5.5.2.無意識には本能的な性的欲動(sexual drives)が含まれ、衝動的に発散を求める。これに対し、意識(または意識に近い部分)は、論理的・現実的・適応的なレベルで機能する。
5.5.3.この「心の層の深さ」に関する概念を、フロイトは「心的トポグラフィー理論(topographic theory)」と名付けた。
意識(Consciousness)外部の刺激や、内的な心の働きを知覚する領域
前意識(Preconscious)注意を向ければ意識できる心の内容
無意識(Unconscious)原始的で本能的な欲望を含み、通常は意識にのぼらない領域
5.6.リビドー理論(Libido Theory)
5.6.1.フロイトは、精神活動は2つの異なる欲動(drive)によって駆動されると考えた:
・リビドー的欲動(Libidinal Drives)快楽を求める欲動。種の保存に関わる本能的なエネルギー。
・自我欲動(Ego Drives)個体の生存を守る欲動。必要に応じて、リビドー的欲動を抑制する。
5.6.2.リビドー(libido)とは、性的エネルギーを指し、年齢によって異なる形で現れるとされた。フロイトは、このリビドー的発達に段階(psychosexual stages)があると考えた。
5.6.3.リビドー発達の段階
口唇期(Oral Phase, 0~1.5歳)
肛門期(Anal Phase, 1.5~3歳)
男根期(3歳半から6歳)
潜伏期(6歳から思春期)
思春期
5.7.『ナルシシズムについて』(1914年)
彼は、一部の人々が自尊心と誇大妄想の追求に支配された生活を送っていることを見出した。また、同じ要素が恋愛関係にも働いており、愛する相手を過大評価し、理想的な特性を付与する傾向があることを観察した。さらに、恋人との別離は、自尊心にとって壊滅的な打撃として受け止められることがある。
5.8.『自我とエス』(1923年)
5.8.1.彼は理論を再構築した。「自我(エゴ)」「エス(イド)」「超自我(スーパーエゴ)」と名付けた。
5.8.2.自我の主要な機能の一つは、内部の危険や、受け入れがたい葛藤を伴う衝動が意識に侵入する脅威から心を守ることである。精神的健康と精神疾患の違いは、この責任を自我がどれほど上手く果たせるかによって決まる。
5.8.3.不安の出現が神経症の最も一般的な症状であり、この問題の鍵であると指摘した。不安は警告信号として機能し、抑圧された無意識の願望が意識に浮上した際に生じる極度の不安やパニックを防ぐために自我を警戒させる。この警告を受け取ると、自我はさまざまな防衛機制を用いることができる。
5.9.フロイトの時代から100年以上が経過し、精神分析家たちは自我心理学、対人関係理論、自己心理学、関係論的理論など、さまざまな分派を発展させてきた。
5.9.1.精神分析の分野で最も重要な相違点は、治療の枠組みをどのように捉えるかにある。この問題は、「一人称心理学(one-person psychology)」か「二人称心理学(two-person psychology)」かという形で語られることが多い。「一人称心理学」は、患者の心的反応のみに焦点を当てるのに対し、「二人称心理学」は治療が二者の相互作用から生まれるものと考える。関係論的視点(relational viewpoint)は「二人称心理学」を採用し、治療関係における相互性を重視する(Aron, 1996)。
5.10.対人関係学派(Interpersonal school of psychoanalysis)
5.10.1.ハリー・スタック・サリヴァン(Harry Stack Sullivan)によって始まった。分析家を「観察者」であるだけでなく「積極的な参加者」と見なす立場を導入した。サリヴァンは、個人はその対人関係や社会的文脈の外では意味ある形で理解できないと考えた。
彼は「選択的無視(selective inattention)」という概念を提唱し、これは無意識の概念の一種である。つまり、人は不安を引き起こす対人関係の側面を意識的に排除する。このため、その人は自分の世界を歪めた形で認識する可能性がある(Sullivan, 1953)。
5.11.力動的心理療法(Psychodynamic Psychotherapy)
5.12.パーソナリティ理論
5.12.1.固着(fixation) とは、トラウマ的な出来事や未解決の葛藤が発生した発達段階で、人格の一部が停滞することを指す。例えば、ある若者が家を離れず、周囲から独立を促されても動こうとしないとする。彼の両親は幼少期に「いつもいなかった」ため、彼は多くのナニーと過ごし、家を家族のつながりの象徴として固執するようになった。
5.12.2.退行(regression) とは、ストレスに反応して、子供が以前の発達段階の行動に戻ることを指す。例えば、新しい赤ちゃんが生まれると、上の子が赤ちゃんのような振る舞いをすることがある。通常これは一時的な現象だが、場合によっては長期的な影響を及ぼすこともある。
5.12.3.行動化(enactment) とは、「行動の記憶」とも言えるもので、過去の問題を含む経験の記憶が、無意識のうちに行動として再演されることを指す。例えば、自分の親のしつけ方を批判していたにもかかわらず、無意識に同じように自分の子供をしつけてしまうケースがこれに該当する。
5.13.防衛機制
5.13.1.境界性パーソナリティ障害(borderline personality disorder) の患者は特定の 病的防衛機制 を使用する傾向がある。
・投影(projection):自分の感情を他者に投影する。
・分裂(splitting):ある人を「完全に善」と見たり、「完全に悪」と見たりする。または、同じ人を理想化とこき下ろしの間で揺れ動く。
5.13.2.成熟した防衛機制(昇華やユーモア)を使用する人ほど、精神的・身体的に健康である
5.14.初期の関係性(Early Relationships)
5.14.1.マーガレット・マーラーは、人生の最初の3年間を「分離―個体化」の進行過程として捉えました。彼女は、母子関係が 共生(symbiosis) と呼ばれる一体感の状態から始まると考えました。そこから、子どもは徐々に分離し、自身のアイデンティティを形成していきます。この過程を進めるために、子どもは母親との関係を 内在化(internalize) し、それによって、自身の自律性を発達させながらも、母親とのつながりを感じる能力を獲得します。この過程において問題が生じると、持続的な葛藤が生じ、分離に対する不安 や 安定したアイデンティティの確立の困難 につながると考えられています。
5.14.2.マーラーの共生の概念は、その後の児童発達研究によって否定されましたが、子どもが母親との関係を内在化する という考えは、愛着理論(attachment theory) の「内的作業モデル(inner working models)」の概念と一致しています(Bowlby, 1988)。
5.15.社会的・関係的側面 をより重視
5.15.1.フロイトは当初、人々が「快楽の追求」や「特定の基本的欲求の満足」を動機とすると仮定していました。そのため、特定の人々は 生物学的な基本的欲求を満たしてくれる存在 であるために重要な意味を持つとされていました。たとえば、母親は 子どもがお腹を空かせたときに授乳する ことで、子どもに快楽や満足感を与え、それによって母親の存在が重要になると考えられていました。
5.15.2.しかし、関係論的視点(relational perspective) では、こうした発想とは異なり、人間の基本的な動機は、他者と関係を持つことそのもの であると考えられています。
5.16.対象関係(Object Relations)
5.16.1.フェアベーン(Fairbairn, 1954)らは、対象関係理論(Object Relations Theory) として知られる概念を発展させました。(彼は「対象(object)」という言葉を、人間の感情生活において 極めて重要な存在となる人物 を指すために使用しました。この用語は、フロイトが「欲動(drive)の対象(object)」として養育者を説明した際に用いた概念を引き継いだものです。)
5.16.2.フェアベーンは、虐待を受けた子どもたちと関わる中で、彼らが 深刻な虐待を受けたにもかかわらず、加害者である親に強く執着し続ける ことを観察しました。これは、子どもたちが 単なる欲求充足以上のものを親に求めている ことを示唆していました。さらに、こうした子どもたちは 後に自らも、幼少期の関係と同じような虐待的な関係を求める傾向 があることが分かりました。
5.16.3.対象関係理論は、人間の感情生活や対人関係は、無意識の中に保持された「最も早期で最も強烈な関係の心的イメージ(内在化された対象表象)」 を中心に展開されると結論づけています。
5.16.4.この理論によれば、子ども(あるいは大人)は、喪失や見捨てられることの恐怖 を回避するために、あらゆる手段を講じて 幼少期の愛着対象(愛する人)とのつながりを維持しようとする のです。その方法の一つとして、幼少期の感情生活において重要な役割を果たした人物の 内在化されたイメージ に一致するような相手を求め、同じような関係性を再現しようとします。このようにして、人は「つながりの感覚」を取り戻そうとするのです。
5.16.5.対象関係理論は、なぜ人々が適応的でない(時には自己破壊的な)関係に繰り返し陥るのか を理解するのに役立ちました。この理論は、さまざまな人々や状況に応用され、特に 境界性パーソナリティ障害(BPD) や 自己愛性パーソナリティ障害(NPD) などの、治療が困難とされる精神病理の理解に大きく貢献しました
5.17.ウィニコットの理論(Donald Winnicott)
5.17.1.ウィニコット(1965)は、健全な情緒発達には「ほどよく良い母親(good-enough mother)」が必要である と考えました。「ほどよく良い母親」とは、一貫した愛情のこもった存在 を通じて、子どもに 「抱える環境(holding environment)」 を提供する母親のことを指します。
5.17.2.この経験を通じて、赤ちゃんは 安心感 を得ることができ、ストレスや不安を感じたときに 自らを落ち着かせる能力(自己鎮静能力) を発達させることができるのです。
5.18.自己心理学(Self-Psychology)
5.18.1.ハインツ・コフート(Heinz Kohut, 1977)は、それまでの精神分析の枠組みに当てはまらない 自己愛的な患者(narcissistic patients) に着目し、新たな視点から彼らを分析しました。
5.18.2.コフートが関心を持ったのは、慢性的な空虚感(chronic state of emptiness)、内的な活力の欠如(lack of inner vitality)、自己像や自己価値の不安定さ(unstable sense of self and self-worth) を特徴とする患者たちでした。彼らの多くは、一見すると 誇大的で自己顕示的(grandiose or expansive) な態度をとることによって、こうした内面の脆弱さを隠していました。
5.18.3.ミラーリングの欠如と自己愛的な病理。幼い子どもは、大人の注意を引こうとして 自分の力や能力を誇張して見せる ことがあります。例えば、幼児が走り回りながら 「見て!僕、世界で一番速いよ!」 と叫ぶような場面が典型的です。コフートによれば、こうした子どもの自己表現に対して 親が温かく共感し、それを受け止める(mirroring) ことが、健全な自己愛(healthy narcissism)の発達には不可欠です。しかし、コフートの患者たちは、幼少期にこうした 「ミラーリング体験」 を十分に受けられませんでした。彼らの親は、子どもの喜びに共感するどころか、冷淡な反応を示したり、批判したり、時には嘲笑したりする ことが多かったのです。また、コフートは、幼少期に安全に理想化できる大人の存在がないこと も、自己愛的な病理の発生に関与していると指摘しました。理想化できる対象(idealized figure) を持てなかった子どもは、自己の成長に必要な心理的な支えを欠いてしまうのです。このように、自己心理学(self-psychology) のモデルにおいて、自己愛的な障害は 「環境の欠陥(environmental deficiencies)」 によって生じるとされます。これは、フロイト的な視点(生得的な欲動や心理的葛藤が原因)とは異なる考え方です。
5.18.4.共感的アプローチによる治療。コフートは、従来の精神分析的解釈(psychoanalytic interpretations) が自己愛的な患者には効果がないことを発見しました。そこで彼は、「共感(empathy)」 を軸とした治療アプローチを提唱しました。治療の中で、患者が肯定的な自己感を持てるよう 共感的に受け止め(mirroring)、サポートする(support for positive self-esteem) ことを重視したのです。
5.18.5.愛着とパーソナリティの発達。精神力動理論(Psychodynamic theory)と愛着理論(Attachment theory)は、パーソナリティの発達について一致した見解に至っている。両者とも、幼少期の人間関係が子どもの情緒的な健康や自己意識の発達において決定的な役割を果たすと考えている。
5.18.6.ライオンズ=ルース(Lyons-Ruth, 1991)は、マーガレット・マーラー(Margaret Mahler)の「分離-個体化(Separation-Individuation)」という概念を「愛着-個体化(Attachment-Individuation)」と改名することを提案している。彼女は、子どもはまず親への愛着を形成し、その後に個体化を進めるが、その過程において親との関係を内面化すると指摘している。
5.18.7.フォナギー(Fonagy, 2002)は、「メンタライゼーション(mentalization)」、すなわち内的な心理状態を心の中で表象する能力は、安定した愛着関係によって発達し、その後、感情の調整やストレスや不安時に自分自身を落ち着かせる能力と関連していることを明らかにした。愛着研究と精神力動理論の交差点は、新たな思考や発見の可能性を今後も提供し続けるであろう。
防衛機制
投影(Projection)
患者は、自身が抱える許容しがたい衝動や感情を、他者(または機関)に投影する。怒り、支配欲、性的感情、嫉妬などが、しばしば他者に投影される。投影は、妄想(パラノイア)の主要なメカニズムである。
強迫的思考(Obsessional Thinking)と強迫行為(Compulsive Rituals)
これらは、許容できない思考や耐えがたい感情に対する防衛機制である。攻撃的な考えがもたらす潜在的な結果に対する不安を抱えるよりも、執拗に小さな詳細に注意を向けることで、認知的に制御しようとする。強迫的な儀式も同様に、不安を行動によって軽減する機能を持つ。
否認(Denial)
否認とは、外部の現実があまりに脅威的であるため、それを受け入れることを拒否する防衛機制である。これには、「現実の事実をその逆に変えてしまう」ことも含まれる(A. Freud, 1966, p. 93)。幼少期の子どもは、「魔法の思考(magical thinking)」を用いることで無害な否認を示すことがあるが、この防衛機制が成人期まで残ると深刻な問題となる。特に、アルコール依存症や薬物依存症では、この防衛機制がよく見られる。依存症の問題を認めることは、その依存と向き合うことを意味するため、否認が働くのである。
回避(Avoidance)
回避は、否認よりも一般的に見られる防衛機制である。これは、「精神的な痛み(psychic pain)」や不安を引き起こす経験から逃れることである。しかし、その際、患者は感情的苦痛をもたらした状況全体を回避してしまう。
夢解釈
精神分析における夢解釈では、夢のシンボルにあらかじめ決められた意味を割り当てることはほとんどない。その代わりに、夢を見る人が各夢のイメージについて抱く 「連想(associations)」 や考えが、夢を理解するための手がかりとなる。
夢の 顕在内容(manifest content) とは、表面上の夢のストーリーのことであり、潜在内容(latent content) とは、その根底にある意味のことである。
夢のメカニズムが隠された願望を覆い隠すものであり、夢を解釈することによって、それらの願望を覆い隠す「検閲(censorship)」を解き明かすことができると考えた。
現在の精神力動的セラピストたちは、夢を 「患者にとって本質的なものを象徴的に表現するもの」 として考える傾向がある。夢を、検閲によって隠されたものと捉えるか、あるいは睡眠中の異なる情報処理の結果と捉えるかに関わらず、夢の言語を理解することは、夢見る人を自己発見への王道へと導く手助けをする のである。
6.臨床研究の概念(Clinical-Research Concepts)
6.1.核心葛藤関係テーマ法(Core Conflictual Relationship Theme Method, CCRT)
この方法では、患者が他者との関わりについて語るエピソード(「関係エピソード」) の中に繰り返されるパターンをセラピストが聞き取る。その中には、セラピストへの反応も含まれる。このパターンが 「葛藤的(conflictual)」 とされるのは、多くの場合、患者の反応が本来の自己の願望と対立しているためである。
CCRTの各パターンは、次の3つの要素で構成される。
願望(W: Wish) …明示的または暗示的に表現される
他者の反応(RO: Response of Others) …現実または予測された反応
自己の反応(RS: Response of Self)
一般的な願望としては、「愛されたい」「尊重されたい」「受け入れられたい」 などが挙げられる。
この方法を用いることで、患者は 「同じ関係のパターンに囚われることなく、新たな反応を選択できるようになる」 のである。
6.2.症状文脈法(The Symptom-Context Method)
症状文脈法 は、症状の意味を解読する方法であり、臨床および研究 の両方の場面で使用することができる。この方法は、症状そのものが独立して存在していると考えるのではなく、なぜその症状が現れるのかを検討する 方法を提供する。
うつ病や突然発症する問題の「引き金(trigger)」を臨床家が探るのと同様に、症状文脈法 は、症状を取り巻く「素材(material)」―つまり、患者の感情的・言語的な反応―を分析する。この方法を研究に応用する場合、症状が現れる前後のセッションの部分(「結節点」)を区切り、そのセグメントを症状が現れなかった同じ長さのセグメント(「対照結節点」)と比較する。
特に、不安障害やPTSDの患者に有用。
6.3.援助同盟法(The Helping Alliance Methods)
援助同盟(Helping Alliance) とは、患者とセラピストが治療のために協力する関係 を指す。
臨床文献では、治療的同盟(Therapeutic Alliance) や 作業同盟(Working Alliance) とも呼ばれる。
・援助同盟1(Helping Alliance 1)
患者が「セラピストは自分を助けようとしている」と感じる同盟。つまり、患者はセラピストが自分の味方であり、適切な治療を行っている と感じている。
・援助同盟2(Helping Alliance 2)
患者がセラピーのプロセスに「パートナー」として参加していると感じる同盟。つまり、「セラピストと協力しながら治療を進めていくことが回復につながる」と認識している状態。
6.4.SE心理療法(支持表出的心理療法, Supportive-Expressive Psychotherapy)
6.4.1.セラピストの共感(Empathy)
6.4.2.治療中の問題を検討するプロセス(Rupture and Repair)
7.心理療法の理論(Theory of Psychotherapy)
精神分析のプロセス は、患者が心を開き、これまで知らなかった自己の一部を認識し、受け入れることから始まる。
患者が自由連想(free associations) を行う過程で、分析者(analyst) は患者の語る話の中にパターンを見出し、患者の人生における「感情的なホットスポット(emotional hot spots)」を聴き取る。
これらの情報の流れが収束することで「転移(transference)」が形成され、患者と分析者は、治療中に活発に再現されるパターンに取り組む機会を得る。
変化(change) は、古いパターンを再構築し、患者が新しい方法で自由に反応できるようになるプロセス を通じて生じる。
7.1.治療関係(Therapeutic Relationship)
患者と治療者の間の「感情的なコミュニケーション(emotional communication)」が、情報を得る手段であり、また「つながり(connection)」を形成する手段として重要である
7.2.力動的心理療法における変化(Change in Psychodynamic Psychotherapy)
変化(change) は、次の4つの段階 を通じて、徐々に進行すると考えられている。
1.自己発見への開放(Opening up to self-discovery)
患者の自由連想(free association)
分析者の「均等に注意を向ける態度(evenly hovering attention)」
2.関係や知覚のパターンを発見する(Discovering patterns of relating and perceiving)
転移の分析(analysis of the transference)
SE心理療法では「CCRT(Core Conflictual Relationship Theme)」の検討
3.過去の影響を現在から切り離す(Disentangling the influences of the past from the present)
記憶を通じて、痛みの原因を徐々に発見する
症状や人間関係に現れる「歓迎されざる想起(unwelcome reminders)」を手がかりにする
4.新しい対処法を見つける(Finding new ways to cope)
これまでの変化を「作業同盟(working alliance)」を活用しながら定着させる
「感情的な適応力(emotional competence)」を高める
7.3.精神分析と力動的治療(Psychoanalysis and Psychodynamic Treatment)
精神分析(psychoanalysis) と 力動的心理療法(dynamic psychotherapy) の治療効果は、以下の2つの要因に由来する。
・治療関係(therapeutic relationship)
・患者の問題の探求(exploration of the patient’s problems)
7.3.1.SE心理療法において、
・「治療関係」と「治療の構造」は、支持的側面(supportive aspect) を構成する。
・「CCRT(中心的葛藤関係テーマ法)」や「症状文脈法(Symptom-Context Method)」を用いた問題の探求は、表出的側面(expressive aspect) を構成する。
7.4.精神分析的方法の理論的根拠(Theoretical Reasons for the Psychoanalytic Method)
- 症状として偽装されていた内的な問題を明らかにする
庭のホースを取り替えても水質の問題は解決しない。問題の根本を解決する。
症状に表現される意味を理解するために、最初はランダムで無関係に思えるようなあらゆる素材を治療の場に受け入れる。
表出的作業(Expressive work)、症状文脈法(Symptom-Context method) - 統合された自己(integrated self)を確立する
内的葛藤(intrapsychic conflict) においては、自己の異なる部分が対立する。
「葛藤を乗り越える(working through the conflict)」 ことによって、
自分の中にある「嫌悪感を持つ部分」を認識し、行動ではなくセッションの中で表現できるようになる。
次の課題として、自己の両方の部分にとって機能する解決策を見つけることが求められる。
これは、痛みやフラストレーションを伴う古い感情を手放すことで、行き詰まりが解消される場合や適応の仕方が変わる場合(例:授業ではなく、アラスカで1学期を過ごすことを決める学生) に見られる。
自由連想(Free association)、葛藤の乗り越え(working through)、CCRT - 過去に埋め込まれた痛みが現在に影響を及ぼしている原因を明らかにする
「過去の力が現在に影響を及ぼす」
幼少期にネグレクトや虐待を受けた母親たち。彼女たちの赤ちゃんは、生まれた瞬間から「ネグレクトの再現」 を受けることになった。母親たちは、赤ちゃんの泣き声に反応することができなかったのだ。
初期の記憶(Early memories)、治療者の共感(therapist’s empathy)、症状文脈法(Symptom-Context method) - 自己のために適切な行動を取ることを妨げる要因を明らかにする
転移(Transference)、CCRT
7.5.精神分析の多様性(Psychoanalytic Variations)
古典的精神分析(classical psychoanalysis) では、探求的作業(exploratory work) が最も重視され、特に転移(transference)の分析が治療の中核 となる。
自己心理学(self-psychology) では、治療関係の性質 に焦点を当て、理解(understanding)ではなく共感(empathy)を主要な手段 として用いる。
関係精神分析(relational analysis) では、患者と分析者の間に築かれる関係を通じて伝えられるもの に注目する。
治療を通じて患者が自己を再発見する機会を提供すること
7.6.心理療法のプロセス(Process of Psychotherapy)
精神分析的心理療法(psychoanalytically oriented psychotherapy) は、発見(discovery)と回復(recovery)を目的とした、展開していく対人プロセス(interpersonal process) である。
7.7.力動的心理療法の段階(Phases of Dynamic Psychotherapy)
7.8.SE心理療法(SE psychotherapy)では、
支持的要素(supportiveness) と
表出的要素(expressiveness)
の割合は、患者のニーズや病理に合わせて調整される。
7.9.支持的関係(The Supportive Relationship)
患者にとって人間的なつながり(human connection)や構造的な支え(structural support)の源となる。
援助同盟(Helping Alliance)
治療者の共感(therapist’s empathy)
治療契約(treatment contract)の構造
患者の現実の生活への配慮
7.10.治療関係と共感(Therapeutic Relationship and Empathy)
すべての力動的治療 において、治療関係は治療的作用(therapeutic action)の源と考えられている。
今この瞬間、治療者がどんな言葉をかけるよりも、「ただそこにいること」が彼女にとって有益である。
患者は、自分の感情と共にいてくれる誰かを必要としている。
7.11.表出的作業(The Expressive Work)
患者をより深く理解するために耳を傾ける必要がある。
あらゆるレベルのコミュニケーションを聞き取るため、注意を研ぎ澄ます。
フロイト(Freud) は、これを 「自由浮動する注意(evenly hovering attention)」 と呼んだ。
「開かれた傾聴(open listening)」
「仏教の瞑想(Buddhist meditation)」
ここでの焦点は、「内容」ではなく「存在の状態(state of being)」 である。
7.12.探究の深化
泥の流れる川で金を採掘するように、どこに金塊があるかは、実際に見つけるまで分からない。
症状の出現も、患者の内的葛藤との関連が理解されることで、新たな意味を持つようになる。
かつては手に負えなかった状況で、自分が「自由になった」と感じる。
患者は「過去の亡霊」を飼いならし、それが今の自分を「怖がらせる」ことがなくなっている状態であり、前に進む準備が整っている。
7.13.心理療法の本質的なメカニズムは、人と人との関係性のプロセス だからである。
治療の2つの中心的要素、
治療関係
探究作業
の両方が、まさにそのメカニズムを動かしているのである。
人を助けるためには、患者を “異なる仕方で” つまり “感情的に” 知る必要がある。
7.14.転移とCCRT(核心的葛藤関係主題)
過去の関係で繰り返し経験した深いパターンが、現在の生活においても表れる。
ちょうど、森の中に足跡をつけて道を作り、それを暗闇の中でたどるように、人は無意識のうちに「これまでの関係のパターン」を繰り返してしまう。この転移を分析することは、ちょうどランタンを手にするようなものである。
核心的葛藤関係主題(CCRT) という方法は、転移をより明確に理解できるようにする。
CCRTパターンは、以下の3つの要素からなる「繰り返されるエピソード」によって構成される。
患者の願望(W: Wishes)
他者からの反応(RO: Responses from Others)― 実際の反応、あるいは想定される反応
自己の反応(RS: Responses from the Self)
人は、1つまたは複数の中心的なパターンを持つ傾向がある。
患者のCCRTを理解する際、治療者は「領域の収束(convergence of spheres)」を探す。
この用語は、CCRTのテーマが、患者の人生の3つの基本領域すべてに共通していることを指す。
その3つの領域とは、
現在の人間関係
過去の人間関係
治療関係
である。
現在と過去の関係は、通常、
過去の家族との関係
現在の家族または親しい人との関係
を指す。
患者と治療者が、このパターンが現在の生活にどのように影響を与えているかを理解するにつれて、
その影響を変えることが可能になる。
しかし、臨床実践では、患者に過剰に解釈を与えないことが重要である。
そのため、治療者は通常、
患者が話しているトピックに関連する1つの領域だけを取り上げる。
治療が進むにつれて、患者は各領域のつながりを意識しやすくなる。
パターンが明確になれば、異なる領域を結びつけて理解する準備が整う のである。
7.15.症状と症状-文脈法
治療の過程で症状が現れると、それは患者と治療者にとって、その意味を探る機会となる。
その文脈を調べることで、症状を解読し、それが何によって引き起こされているのかを明らかにすることができる。
症状とは、患者の意識に上らない力――しばしば内面的な葛藤――の言語として捉えることができる。
文脈は、その意味についての手がかりを与える。
この文脈には、患者の人生における出来事だけでなく、それらに対する患者の感情も含まれる。
治療セッションにおいては、患者が直前に話していた内容が「直接的な文脈」となる。
7.16.変容(Transformation)
患者は自己理解を深めるにつれて、「自分自身がどのように『自分の道をふさいでいた』のか」 に気づくようになる。
彼女は、これまで恐れに対して防衛的になっていたのをやめ、自分が本当に望むものに向かって進む方法を見つけることができるようになる。以前まで機能していた「不適応な防衛機制」 は、徐々にその力を弱めていく。
7.17.子どもと家族の治療(Child and Family Treatment)
遊戯療法(Play Therapy)
遊びは子どもにとっての自由連想である。
子どもが自由に問題を表現し、感情を害することなく表出できる機会を提供する。
象徴的な遊び(symbolic play) は、言葉にすると脅威を感じるようなテーマを表現する手段となる。
例えば、親を窓の外に放り投げるといったシナリオを通じて、誰も実際に傷つくことなく、子どもは自身の内面の葛藤を表現することができる。
7.17.分析(Analysis)
セッションが進むにつれ、
患者の 感情
現在の状況
過去の経験
症状(過食)
これらの間にある新たなつながりが次々と明らかになっていく。
この症状には多重の要因が絡み合っている(multidetermined)
このような層状の構造(layering) そのものが、精神分析の原則の一つ である。
7.18.精神分析の状況(The Psychoanalytic Situation)
羞恥心、恐怖、プライド、政治的正しさ、社会的適合 などの力が、患者が 自らの真実を認めることを妨げている。
精神分析の対話において、論理性 や 一貫性、他者からの承認、これらは 目的ではない。代わりに、心(感情) と 無意識の自己 が、目覚めた理性的な自己と交わること が目的である。患者が 自分自身の多様な側面を受け入れるようになると、より柔軟性が生まれる。
7.18.転移の分析(Analysis of Transference)
転移を通じて、患者は 他者との関係を新しい形で築くことができるようになる。
転移とは、記憶の一形態であり、過去の出来事の回想ではなく「行動としての繰り返し」として現れるもの。
記憶の声が聞こえたとき、その声が患者を「同じ道を繰り返し歩ませる力」は弱まる。
転移の分析は、患者が 幻想と現実、過去と現在を区別する 助けとなる。
また、患者が 誤解や誤認に気づく ことも可能になる。
かつては 衝動や不安に自動的に反応していた患者 が、
それらを 評価する ことができるようになり、
衝動に従うか、それを覆い隠すか以外の選択肢 を持てるようになる。
皮肉なことに、非合理的で非論理的な自己の部分を受け入れた後こそ、より成熟し、現実的な判断を下す準備が整う。
7.19.ヘルピング・アライアンス(Helping Alliance)
なぜ有効なのか?
バッテリー充電。
脳の並列結合。同期接続。
7.20.CCRTは、転移を操作的に定義したもの
患者の異なる人間関係の語りの中に、同じCCRTパターンが見られる。
患者のセラピストとのCCRTパターンと、他者とのCCRTパターンの間には平行性がある。
CCRTに基づく解釈は、自己(RS)と他者(RO)に関する習慣的な反応を明確にする際に有益である。
7.21.無意識の心(The Unconscious Mind)
顕在記憶(explicit memory)と潜在記憶(implicit memory)の研究がその証拠を提供している。顕在記憶とは、意識的に情報を思い出すことを指し、潜在記憶とは意識には上らないが行動によって示される記憶を指す(Westen, 1999)。
潜在記憶は、新しい人間関係の中で行動を通じて示される転移パターンに関係している可能性がある。また、連想記憶(associative memory)は、類似したものを結びつけるネットワークを持っている。このプロセスは、精神力動的探究が無意識的な意味を追跡する際の方法と類似している。
7.22.症状に意味を見出すこと(Finding Meaning in Symptoms)
症状は無力感の状態の後に出現する。
絶望感、コントロールの欠如、無力感は、症状と関連している。
症状が出現する文脈は、症状が出現しない文脈とは有意に異なっている。
7.23.過去が現在に及ぼす影響(The Role of the Past in the Present)
「過去の人間関係の問題が現在の関係にも影響を与え続ける」という考えは、精神分析の基本的な仮説である。この仮説は、愛着(アタッチメント)研究によって裏付けられている。特に、愛着パターンの世代間伝達に関する研究(Main, Kaplan, & Cassidy, 1985)は、この仮説を支持している。
また、愛着研究は、Bowlbyの提唱した「内的作業モデル(inner working models)」の概念も支持している。この概念によれば、人間関係における経験を通じて形成される内的モデルが、子どもの安全感や人間関係における機能に影響を与える。
7.24.古いパターンに囚われなくなった新たな自己感覚
7.25.文化から切り離された思考が存在しないのは、言葉のない言語が存在しないのと同じことである。
7.26.我々の多元的な社会では、葛藤や症状形成は、二世代・三世代にわたる文化価値観の違いによって生じることが多い。
7.27.近年、異なる文化的背景を持つ患者の治療に関する著作が増えており、喪失やディスロケーション(移住・離散)の経験が、患者の問題の中に隠されている場合があること、そしてそれを治療の中で明らかにすることの価値が指摘されている。
ある国から別の国への移住は、複雑で多面的な心理社会的プロセスであり、個人のアイデンティティに重大かつ持続的な影響を与える。
「母国を離れることは深い喪失を伴う。多くの場合、慣れ親しんだ食べ物、母国の音楽、疑うことのなかった社会的習慣、さらには母語さえも手放さなければならない。新しい国では、味の違う食事、新しい歌、異なる政治的関心、不慣れな言語、なじみのない祭り、未知の英雄、精神的に共有されていない歴史、視覚的に馴染みのない風景が待っている。しかし、こうした様々な喪失と並行して、新たな精神的成長と変容の機会も生まれる。」(Akhtar, 1995, p. 1051)
文化的な違いは、分析家にとって、治療において探求すべき領域を示唆するものである。