聴覚的認知

社会生活を送るうえでコミュニケーションは重要な役割を果たしますが、聴覚障害は言語の障害、話し言葉の障害などと並んでコミュニケーション障害を引き起こす重要な要因です。

聴覚は空気の振動を感知して音を知る機能で、聴覚の感覚中枢は大脳皮質側頭葉にあります。空気の振動を感じる耳は、外耳、中耳および内耳に分類され、外耳 (external ear) は耳介と外耳道、中耳 (middle ear) は鼓膜、鼓室および耳管、内耳 (inner ear) には聴覚と平衡覚の受容器があります。(片野由美ら,新訂版図解ワンポイント生理学,2015)

<聴覚(Hearing)障害>
音の入力が不十分なために情報収集が困難:生理学的障害
音をモニターすることが難しいために、話し言葉や言語習得が影響を及ぼすことがある:明瞭な会話には音が入力されていることと、聴きこみが条件

きこえの困りである聴覚障害は、伝音難聴(CHL)、感音難聴(SNHL)、聴覚情報処理障害(APD)の3つがあります。

難聴

<伝音難聴>
外耳・中耳の伝音系には、鼓膜と耳小骨(ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨)がありますが、このような伝音系の障害は伝音難聴と分類されます。
耳垢(あか)が耳栓のようにつまっていたり、痛くない中耳炎(中耳腔に水の溜まる滲出(しんしゅつ)性中耳炎)にかかっていたり、外傷や感染がきっかけで鼓膜に穴があいていたり(慢性穿孔(せんこう)性中耳炎など)することで気導音が効率よく内耳まで届かないことがその原因です。

<感音難聴>
感音難聴は有毛細胞の障害で生じ、2つのタイプがあります。ひとつは、蝸牛(かぎゅう)の外側にある外有毛細胞が障害されて生じる難聴です。大きな音、つまり物理的に大きなエネルギーの刺激によって外有毛細胞の「毛」の部分に負担がかかりすぎて、抜け落ちてしまうことが原因で難聴となります。もう一つは代謝や循環といったシステミックな問題での不調が原因で引き起こされる難聴です。

その他、亜分類として内耳障害による難聴を迷路性難聴、内耳より中枢側で起こる難聴を後迷路性難聴と分類されます。

高齢者と聴覚機能

◎暮らしのヒント・支援のポイント  ~ 『伝わらない』の背景を大切に ~
 高齢者支援の中で、家族や介護職の職員が本人の「話がつたわらない」「意思疎通ができない」「理解していない」「忘れている」「とんちんかんな返事をする」「返事をしない」という状態に戸惑っている様子を見かけます。そして中には『認知症になっているのでは?』と考え、本人の意思確認もそこそこに、手厚い(過剰な)支援や、施設の利用につなげていこうとすることがあります。
 しかし、もし耳が聞こえにくければ、上記の状態は起こり得ます。高齢者にとって聴こえがどういうものか、聴こえないということがどういうことなのかを理解して、適切な支援の方法を考える必要があります。聴こえを支援すれば、意思疎通や会話の理解ができ、ご本人が意思決定をする生活が継続できるかもしれません。聴覚について知ることはとても大切だと言えます。

加齢にともない聴力低下がみられますが、多くの人が知られている「純音聴力検査」は、高齢者の聴覚野ほんの一部しか反映しておらず、高齢者が感じている難聴がどういうものか理解するためには加えて「語音聴力検査」をあわせて行う必要があるとされています。

<純音聴力検査>
一般に聴力検査という場合は、この標準純音聴力検査のことをさします。周囲の雑音を遮蔽する防音室で検査を行います。まず、ヘッドホーンを両耳にあて、125ヘルツから8,000ヘルツまでの7種類の高さの異なる音のきこえを調べます(気導の検査)。左右別々に検査を行い、聞こえる最も小さな音の大きさを調べます。この検査を行うことによって、難聴があるかどうか、および難聴の程度がわかります。

<語音聴力検査>
この検査では、日常会話の使われる語音、「ア」とか「イ」とかいう語音が使われます。検査語音がどの程度の音の大きさだと何%正しく聞こえるかを調べる検査です。外耳道や、鼓膜、耳小骨などの異常による難聴(伝音難聴)では、音さえ強ければほとんど100%ことばを聞き取ることができます。蝸牛や、それより後の経路に異常がある場合(感音難聴)では、ことばの聞き取りが100%にならないことがあります。

高齢者にとって難聴は音が聞こえない・ことばが聞き取れないという音による刺激の受容の問題だけでなく心理的・社会的側面に大きな影響を及ぼし、次第に社会生活から遠ざかり、孤立しがちになり、うつ状態になりQOLが低下し、認知機能にまで影響を受けることがあります。(高橋龍太郎,聴く.ニュートロジーニューホライズン,9(4):292-296,2007)

難聴と認知症の関係については、近年では様々な報告があり、高齢男性は難聴の放置で認知症のリスクはオッズ比で2倍高まり、耳鳴りを伴う難聴例で難聴への適切な対処を行わなかった場合、うつ病や自殺につながる可能性が高まるとの報告があります。(Mizutari K,et al,Plos One,8(9):e73622,2013)

高齢になるとともに純音聴力検査で示される聴力レベルに比して、騒音化での聞き取りが悪く会話が困難になります。(Helfer KS,et al,Ear and hearing,29:87-98,2008)

高齢者では脳幹から皮質までの中枢聴覚路、特に脳幹での情報処理速度が低下することが会話の理解を低下させる大きな要因の一つになっています。(Parbery-Clark A,et al,Neurobiology of aging,33:1483e1-4,2012)

会話の聴取には認知機能が深く関わっており、若年者に比べて高齢者ほど前頭前皮質、中前頭回、前帯状皮質、揳前部の活動を高め、側頭葉のボリューム減少や蝸牛機能低下による聞き取りづらさを補っているとの報告があります。(Wong PC,et al,Neuropsychologia,47:693-703,2009)

実行機能の低下が加齢に伴う言語了解の不良と関係しており、高齢者ほど聴覚情報の処理を認知機能に依存しているとされています。(Gates GA,et al,Society for Behavioral and Cognitive Neurology 23:218-223,2010)

聴覚情報処理障害(APD)

聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder:APD)は、純音聴力検査など通常の聴覚検査では異常が認められないのにも関わらず、日常生活におけるききとり困難を有する障害とされています。以前はCAPD(Central  Auditory Processing Diorder)ともいわれ、中枢性聴覚障害の一つとされてきました。

最近の研究では、APD症状を訴える人の多くは、さまざまな認知的偏り(注意の問題、ワーキングメモリの問題、音韻発達の問題、発達障害、精神障害など)が背景要因として推定されるききとり困難であったとの報告があります。(小渕千絵ら,言語聴覚研究 9(3):131-139,2012)

「ききとり能力」は聴覚情報処理系を支える認知システムが万全に機能して保障される能力で、この認知システムのどこかに機能不全があれば聴覚系そのものの問題がなくても「ききとり困難」が乗じる可能性は十分あり、注意や記憶などの聴覚情報処理系を支えるシステムの障害はAPD症状を引き起こす可能性が高いと考えられています。(小渕千絵ら,APDの理解と支援,学苑社,2016)

<APDの疑いにみられる聴覚症状とその機能>

聴覚症状聴覚機能
聞き返しや聞き誤りが多い
雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
口頭で言われたことは忘れてしまったり、理解しにくい
長い話になると注意して聞き続けるのが難しい
視覚情報に比べて聴覚情報の聴取や理解が困難である
聴覚識別
雑音化での聴取
聴覚記銘
劣化音声の聴取
聴覚的注意
視覚優位

(小渕千絵,聴覚情報処理障害,Johns,31:1597-1600,2015)

読む・書くには大きく二つの特性が想定されており、その一つで文字の形態的特徴やまとまりをとらえる視覚認知機能で、もう一つが音韻認識や文字表ー音の関係理解などの音韻処理とその背景からなる聴覚認知機能です。この文字の音韻的側面(聴覚認知機能)の障害によるものを音韻処理性読み書き障害としています。(大畑奈麻ら,高知大学教育実践研究,25,85-92,2011)

聴力に低下が認められていないものの聴覚的な認知面に困難を示す状態像は聴覚処理障害(APD)と呼ばれて、中枢性聴覚情報処理の困難さによって難聴に似た症状を呈する状態とされています。

聴覚情報処理障害(APD)は、末梢聴力には明白な難聴を呈さないにもかかわらず、騒音化や歪みのある語音の認知に問題を生じる状態であり、かつ言語や注意など、その他の高次脳機能に目立った障害を呈さないとしています。(福島邦博ら,音声言語医学 49(1),1-6,2008)

ASHA(The American Speech-Language-Hearing Aaaociation)においては、伝音難聴、感音難聴とならんで聴覚障害の1タイプとして考えられています。(小渕千絵,聴覚言語障害,36(1):9-18,2007)

ASHAが定義する聴覚情報処理のプロセスに困難さを示す多様な病状音源の定位(sound localization and laterlizatin)
音の識別(auditory discrimination)
音のパターン認識(auditory pattern recognition)
ギャップの検出などの時間経過に伴う音の変化の認識(temporal aspects of audition including temporal ordering and temporal masking)
競合的騒音化での聴取(auditory performance in competing acoustic sugnals incliding dichotic listening)
低品質音の聴取(auditory performance with degraded acoustic signals)

また、APDの診断と定義は、聴覚情報の処理にかかわる中枢性の処理障害が存在し、末梢聴覚およびその他の脳機能には障害が存在しないか、あるとしてもその程度は症状を説明するほど高度なものでなく、聴覚情報処理に特異的な中枢の障害が第一義的な病態の中心であると考えられますが、実際の症例ではADHD(注意欠如多動症)やPDD(広汎性発達障害)にAPDが合併し、より問題を複雑かつ深刻にしている場合もあるために、その混乱を解消することは必ずしも容易ではありません。
臨床場面でのAPDの診断のためには、(ADHDやPDDなど)高次脳機能にかかわる機能の評価を行い、関与しうる要因について整理することがまず重要であると指摘しています。(福島邦博ら,音声言語医学 49(1),1-6,2008)

発達障害と聴覚情報処理障害(APD)

発達障害の人は、視覚優位の方が比較的多く、聴覚だけの情報聴覚的認知能力に乏しい場合があります。聴覚認知能力が乏しいと、耳で聞いただけでは意味がわかりません。聞いた内容を頭の中にイメージできないのです。「リンゴを5個買ってきて」であればそのイメージが湧きやすいでしょうが、依頼内容が複雑化して「部長のお祝いのために花束を調達してきて。予算は5000円で。」といったように情報が増えていくと頭でイメージができず、理解しづらくなります

各発達障害の聴こえの困難の特徴を下表のとおり示します。

障害名聴こえの困難(主な症状)
自閉症スペクトラム障害(ASD)話しかけられても聞いていないかの様に感じられる
聴覚鈍麻、聴覚過敏
特定の音に対する苦手さ
騒音化での聴取が難しい
言語音声に対する聴覚的注意の問題がある
話し言葉のプロソディの理解に問題がある
遠回しな言い方や話しての意図の理解が難しい
注意欠如/多動障害(AD/HD)直接話しかけられた時にしばしば聞いていないように見える
注意が免れて聞き逃す
聞き続けることが難しい
騒音化で話してに注意を向けることが難しい
口頭での指示を覚えたり理解したりすることが難しい
学習障害(LD)音韻の認知に問題がある
話し言葉の聞き分けが難しい
近く(個別)で言われれば理解しやすいが、遠く(集団)だと理解しにくい
きき漏らしがある
相手の話を聞いていないと感じられることがある
誤った音韻表象に基づく聞き間違い
社会的コミュニケーション障害(SCD)遠回しな言い方や比喩などの理解が難しい
話し手の意図が理解できない
会話時の視線や表情などの理解が難しい
フロソディックな情報の理解が難しい

(小渕千絵,APDの理解と支援,学苑社:P86,2016)より引用一部改変

聴覚認知機能

聴覚伝導路は末梢から中枢までシナプスが多く、 下丘を介して眼球運動系、 三叉神経系、 網様体、 視床などに相互にネットワークがあり、 ほかの感覚系に比して極めて複雑な構造になっています。これは音の知覚, 言葉の意味理解, 聴空間認知などの聴覚情報処理を行うために発達した系であると考えられています。(稲垣真澄,BME 12(7):30-39, 1998)

聴覚的認知とは耳で聞いた情報を処理・理解する能力のことで、「音を聞く」、「音の違いがわかる」、「多くの音の中から音を聞き分ける」、「言葉がわかる」、「話を聞きながら要点をまとめる」ことを言います。
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