客観的認識と情動的欲求がぶつかる

世界のすべて、自分の人生、全ての出来事、これらが無意味であることは客観的事実である。
全宇宙の広がりと時間を考えれば、意味などないと納得できる。客観的認識である。

一方で、自分に関係して起こる様々な出来事は、決して無意味な試練ではないのだと思いたい気持ちがある。苦難が人を磨くなどと考えたいものだ、人間は。これは情動的欲求である。

こうして、客観的認識と情動的欲求がぶつかる。

世界も人生も無意味であるという客観的認識には、もちろん、確実な根拠はない。ただ否定的情動があり、それが客観的認識という衣装をまとっているに過ぎないとも思われる。そのことについての確実な証拠もない。

だとすれば、否定的情動と肯定的情動のぶつかり合いということになる。この辺りは周期的に変化し、現実に出会う出来事によって影響を受けることが多い。

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