一六世紀文化革命 1
〈16世紀はさまざまな側面で17世紀科学革命が準備された時期と言われている。そういう見方をすれば、その準備はそれまで文字文化から疎外されていた芸術家や職人たちによって担われたと言えよう。彼らの側からの著述と学問世界への越境は、それまでのラテン語を操るエリートによる知の独占を打破し、中世以来の伝統であった自由学科と機械的学科の分離・切断を克服し、純粋な知的作業とされていた理論的研究と手工的技術に帰されていた実験的研究の結合を促し、手仕事と機械的なるものにたいするポジティブな価値評価への転換を迫るものであった。ボッカッチョやラファエッロをいだく14・15世紀のルネサンスとガリレオやニュートンに代表される17世紀科学革命のあいだの谷間のように見られている16世紀に、なるほどそのようなきらびやかな天才の名前には乏しいにしても、しかし17世紀を準備することになる知の世界の地殻変動すなわち「16世紀文化革命」が進行していたのである〉
目次
序章——全体の展望
第一章 芸術家にはじまる
1 地殻変動の予兆
2 レオン・バッティスタ・アルベルティ
3 一六世紀文化革命の先駆
4 科学書と技術書における図像表現
5 レオナルド・ダ・ヴィンチ
6 アルブレヒト・デューラー
7 デューラーと版画と印刷書籍
8 デューラーの『測定術教則』
9 『人体均衡論』と美の基準
10 計測の精神と図像表現
第二章 外科医の台頭と外科学の発展
1 大学医学部の形成とその特異性
2 ボローニャとモンペリエとパリ
3 中世後期の医療と医学
4 黒死病のもたらしたもの
5 ヒエロニムス・ブルンシュヴィヒ
6 パラケルススと外科学
7 アンブロアズ・パレ
8 パレとパリ大学医学部
9 イングランドの事情
10 医学における俗語使用の問題
第三章 解剖学・植物学の図像表現
1 ルネサンス期大学の解剖学
2 レオナルド・ダ・ヴィンチの解剖図
3 本草学・植物学の書籍をめぐって
4 ベレンガリオ・ダ・カルピ
5 ヴェサリウスと解剖教育の刷新
6 ヴェサリウスの解剖図譜
第四章 鉱山業・冶金術・試金法
1 古代・中世の鉄の生産方法
2 製鉄方法の近代化
3 試金と冶金の技術の暴露
4 ビリングッチョをめぐって
5 錬金術と各種の技術
6 アグリコラの『デ・レ・メタリカ』
7 アグリコラとパラケルスス
8 ラザルス・エルカー
9 十進法の誕生
第五章 商業数学と一六世紀数学革命
1 古代ギリシャから中世前期
2 フィボナッチことピサのレオナルド
3 イタリアの算数教室と算数教師
4 商業数学から代数学へ
5 ルカ・パチョリと『算術大全』
6 ニコラ・シュケーとフランス代数学のはじまり
7 ドイツとオランダのケース
8 タルターリアとカルダーノ
9 カルダーノとボンベッリ
10 シモン・ステヴィンと数概念の拡張
一六世紀文化革命 2
〈いまだ手職人として蔑まれていた16世紀の技術者や外科医は、自然魔術師や錬金術師と同様に、片足を中世世界に残し、自然にたいする畏怖の念をもちつづけていた。あの近代人アグリコラでさえ、頻発する鉱山の事故にたいして、鉱山には「山霊」や「地の霊」が住んでいるという迷信を坑夫たちと共有していたのである…16世紀の職人たちが技術にたいする自然の優位を受け容れ、そのかぎりにおいて自然にたいする畏れの感情をもちつづけていたことは、16世紀の限界としてネガティブに捉えるべきことではない。17世紀以降の近代科学の勝利の進軍が、そのような感情を「克服」せしめることになったのは事実であるが、しかし実際には近代自然科学はきわめて限られた問題にしか答えていないのである〉
目次
第六章 軍事革命と機械学・力学の勃興
1 タルターリアと弾道学
2 落体の運動とアリストテレス批判
3 偽アリストテレスの『機械学の諸問題』
4 一六世紀機械学のはじまりと斜面の問題
5 グィドバルド・デル・モンテ
6 ラメッリをめぐって
7 シモン・ステヴィンとガリレオ・ガリレイ
第七章 天文学・地理学と研究の組織化
1 プトレマイオスの再発見
2 ニュールンベルクのレギオモンタヌス
3 インド航路開発プロジェクト
4 ニュールンベルクの数理技能者たち
5 南ドイツの数理技能者たち
6 ネーデルラントの数理技能者たち
7 チコ・ブラーエ
第八章 一六世紀後半のイングランド
1 テューダー王朝下のイングランド
2 ロバート・レコード
3 ジョン・ディー
4 ディッゲス父子
5 ウィリアム・ボーン
6 ロバート・ノーマンとウィリアム・ボロウ
7 上からの技術教育
第九章 一六世紀ヨーロッパの言語革命
1 中世前期の俗語とラテン語
2 ヨーロッパ社会の変化
3 学問言語としてのラテン語
4 カトリック教会とラテン語
5 一六世紀の言語革命・国語の形成
6 印刷書籍が国語の形成に果たした役割
7 宗教改革と聖書の俗語訳
8 国民国家と国語の形成(プロテスタント諸国)
9 国民国家と国語の形成(カトリック諸国)
10 国語と科学研究
第一〇章 一六世紀文化革命と一七世紀科学革命
1 スコラ学の特異性
2 古代信仰・文書信仰
3 ルネサンス人文主義
4 大航海時代の衝撃と古代の権威の失墜
5 文書偏重から経験重視へ
6 陶工ベルナール・パリシー
7 実験と定量的測定
8 知の公共化と漸次的改善
9 シモン・ステヴィン
10 フランシス・ベーコンと学問の進歩
11 手仕事を厭わなくなった知識人
12 王立協会と科学アカデミー
13 「限界を超えて」
14 一七世紀科学革命の真実
15 近代科学の攻撃的性質
あとがき
著者からひとこと
私が今回『一六世紀文化革命』でもって描いた事実の多くは、個別にはこれまでに知られていた。絵画における遠近法やその他の技法の開発と画家や建築職人による幾何学書の執筆、大学アカデミズムの外部で教育された外科医の台頭、画家の協力による解剖学と植物学の図像表現、鉱山業や冶金術・染色術の職人による秘伝の開示、商業数学の発展としての一六世紀数学革命、一六世紀の軍事革命との機械学・力学の勃興、そして天文学・地理学における数理技能者の活躍、といった事実である。しかし、これらがおりからの印刷書籍の登場(印刷革命)と国民国家形成の主要な要素としての国語の形成(言語革命)を背景に、さらには大航海の経験による古代の権威の失墜を追い風にして、軌を一にして全面展開された事態は、巨大なひとつの「文化革命」と捉えることによってはじめて、科学史のなかにしかるべく位置づけられるように思われる。
たとえば「一二世紀ルネサンス」というような概念は、その概念を設定することで、そうでなければ定かには見えてこなかった事態の全容が鮮明に浮き彫りにされることにおいて意味を持つのだと思う。同様の意味において「一六世紀文化革命」の概念も十分な有効性を持つのではないだろうか。
このようなあつかましい主張が、無免許運転者の暴走なのか、それともビギナーズ・ラックで鉱脈の末端を掘りあてたのか、その点の判断は読者の評価に委ねたいと思う。(2007年4月8日)
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山本義隆『一六世紀文化革命』2「あとがき」より
もっと話を遡れば、ちょうど10年前に日本評論社から上梓した『古典力学の形成』のやはり末尾に書いた「現在では全世界を制覇するまでになった近代の科学技術が、なぜ西洋近代にのみ誕生したのかは、科学史・技術史のつきせぬ謎である。というか、科学史とか技術史という学問は、要はこの問題の解決のためにこそ存在しているのであろう」という問題設定に始まる。現在は、この問題にたいして、前著『磁力と重力の発見』とあわせて、今回の著書で非力ながら自分なりの解答を与えることができたという気分でいる。 (……)知識人の観念が書斎で編み出したテクストだけを追いかけて、本当に機械論的世界像の発生が理解できるのだろうか、という疑問は許されるであろう。実験と観測を数学と論証に併合させた、17世紀における新しい科学の形成は、それまではアカデミズムの世界が一顧だにしなかった職人たちの手仕事・機械的技芸の評価のうえに可能となったのである。(……)ついでに少しばかり先走っておこう。(……)科学に裏付けられた技術という意味での「科学技術」という思想がやがて生み出されてゆく。16・17世紀には科学は先行していた技術から学んだのであるが、18世紀以降は、逆に、科学が技術を基礎づけるだけでなく、科学は技術を先導さえするようになる。(……)もともと近代自然科学とりわけ物理学や化学は法則の確立を目的としていたが、しかしその法則というのは、直接的な応用とは無関係な天文学をのぞいては、まわりの世界から切り離され純化された小世界、すなわち環境との相互作用を極小にするように制御された自然の小部分のみに着目し、そのなかで人為的・強制的に創出された現象によってはじめて認められるものである。自然科学はそのような法則の体系として存在し、実際にはかなり限られた問題にたいしてのみ答えてきたのであるが、そのような科学にもとづく技術が、生産の大規模化にむけて野放図に拡大されれば、実験室規模では無視することの許された効果や予測されなかった事態が顕在化するのは避けられない。…もっと読む » …続きを読む »
(著者の同意を得て抜粋・転載)
『一六世紀文化革命』全2巻 書評より
野家啓一・書評「「谷間の時代」の知の変動 解明」抜粋
西洋近代は十四、五世紀のルネサンスに始まるというのが、高校で習う「世界史」の定説であろう。それに対して、英国の歴史家バターフィールドは、十七世紀の「科学革命」に近代の真の始まりを見た。いわゆる科学革命論である。そのため、両者の間に位置する十六世紀は「谷間の時代」として、歴史家に顧みられることはなかった。山本義隆氏の新著は、この埋もれた時代に光を当て、十六世紀に胎動した「知の世界の地殻変動」をヨーロッパの知の布置を刷新した文化革命としてとらえ直す。 この大胆な問題提起を支えているのは、「歴史認識と歴史記述の座標軸を美術史や思想史から科学史と技術史に変換する」という視座の転換であり、文化革命を推進した職人、技術者、芸術家、外科医、商人らが書き残した膨大な文書の丹念きわまりない解読である。
(……)本書は従来の科学史像を一新するとともに、測定技術や実験技法を洗練させ、定量化を推し進めた職人たちの業績を掘り起こした文字通りの労作である。前著「磁力と重力の発見」からわずか四年で七百ページを超す大著を完成された著者の研鑽に敬意を表したい。 …続きを読む »
(山陽新聞2007年5月6日他、著者の同意を得て抜粋・転載)
金森修・書評「科学革命を準備した実践知の集成」抜粋
『磁力と重力の発見』が、比較的伝統的な概念史的手法に貫かれているのに比べると、論じられる対象が自然界と多少とも直接的な交叉を示す中で練り上げられていく知識群だという意味で、概念史からは大きく横逸している。しかも、その話題は、まるであの下村寅太郎が、無限論から芸術や歴史学へとその視点を拡大していったのをなぞるかのような、言説領野の拡張的構成を伴う。ざっと枚挙しただけでも造形芸術、外科学、植物画、製鉄、鉱山採掘、代数学、機械学、軍事技術、天文学、地理学などというように、である。それらについての論述の仕方はいつも通り、明晰かつ簡明で淀むところがない。細かい史実の追跡は十分役に立ち、読んでいて面白い。 では、これら実に多様な分野の史実を渉猟しながら、氏が導き出そうとするテーゼは何なのか。それは、題名通り、主に一六世紀にヨーロッパで展開された知識についての或る重要な姿勢の変化を巡るものだ。それまで文献中心的で権威主義的な知識観を背景に、ラテン語という特殊言語で少数のエリート同士で作られてきた知識と、正規の高等教育を経ない職人や商人を中心的担い手としながら、直接に自然界と関わる手作業を介して経験的に蓄積され、しかも俗語で書かれた知識。その両者の対立の構図をまずは据える。そして伝統的に前者を重視してきた知識観が、新世界の発見や鉱山開発など、社会背景の変化と連動しながら徐々に実力を増していく後者の知識生産によって凌駕されていくという大枠の構図を浮き上がらせるのだ。(……)
いつもながらに情報量に富み、深い学識に裏打ちされた本、だが今回に限っては、歴史的視点としてはやや一面的な偏向を伴う本。この優れた著者に対する評言としては無礼に過ぎるかもしれないが、それが率直な感想だ。だが、本書は一つの通過点、次の作品が今から既に楽しみである。 …続きを読む »
(週刊読書人2007年6月8日、著者の同意を得て抜粋・転載)
米本昌平・書評抜粋
第一級の物理学者として出発した著者が、大学紛争に出あって野に下り、欧米の各国語はもちろん、ラテン語などをも読みこなして四年前、『磁力と重力の発見』を書き上げた。本書はこれに続く、17世紀の科学革命を準備した、16世紀ヨーロッパにおける知識生産に関する構造変動を描いてみせた労作である。 (……)16世紀には何が起こっていたのか。この問題に対して本書は、神学を頂点とするスコラ文献の注釈学を至高のものと考える、大学アカデミズムの知識人とは別の、手作業に従事していたギルドに近い人たちが、複雑な表現には適さないとされていたドイツ語や英語などの俗語で、実証的な事実を集約して独自に出版し、知識を共有しようとしたことにある、とする骨太の構図を提示する。
そのための文献学的な跡付けは実に緻密である。(……)
いまや著者は、押しも押されもせぬ円熟した科学史家である。だがこれらは、大学アカデミズムから生まれてもよい研究成果である。日本の大学への批判が隠しようもなくにじみ出ている点が、また味わい深い陰影となっている。 …続きを読む »
(読売新聞2007年6月24日、著者の同意を得て抜粋・転載)
山崎正和・書評「「手を使う人」による知の転換」抜粋
意表をつく着眼によって書かれた、「コロンブスの卵」のような本である。
西洋の一六世紀が偉大な造形の時代であって、レオナルドやデューラーが活躍したことは有名である。グーテンベルクの活版印刷が普及し、ルターが民衆に聖書を読むことを奨めたせいもあって、この頃からラテン語ではなく、国語による読み書きが広まったことも知られている。自然科学の先駆者として、パラケルススやチコ・ブラーエといった人たちが現れたことも、世界史の年表にある。
だが著者の洞察がこの三つの話題を結びつけると、一六世紀はたちまち一つの文化革命の時代となり、中世から近代への転換の軸となったようである。着眼の新しさは、この時代を知的な職人の台頭期として捉え、手を使う人が仕事を広げるとともに、その技能を活字で表現し始めた時代と見た点にあった。 (……)職人と活字の関係を重視し、画家から医師にいたる人物群を「手を使う人」としてまとめた文明観は、著者独自の功績だろう。博引旁証、博覧強記の二巻、七四〇ページの大著は、とくにその細部に神が宿っている。「あとがき」に付言された現代科学批判には議論もあろうが、一般に現代文明があまりにも頭だけの営みにかたより、手の働きを忘れると同時に、どの分野でも専門家のたこつぼに埋没しつつあるという、憂慮には共感できる。 …続きを読む »
(毎日新聞2007年7月29日、著者の同意を得て抜粋・転載)