サンデル トランプ時代

トランプ米政権がとうとう再始動した。米政治哲学者マイケル・サンデルさんは、富の偏在にとどまらない尊敬や名誉、承認をめぐる不平等が、異形の政権を再来させたとみる。長く見過ごされてきた「暗黙の侮辱」とは何か。どうすれば働くことの尊厳を人々の手に取り戻し、民主主義を立て直せるのか。
 「ハーバード白熱教室」で知られるマイケル・サンデルさんが、米大統領に返り咲いたドナルド・トランプ氏に民主党が敗北した理由や、新たなリベラル像の構築に向けた「尊厳回復」の必要性を論じます。

 ――トランプ大統領の復権が示す、米社会の病根をどこに見いだしますか。

 「この40~50年間にわたる新自由主義的なグローバル化は、トップ層に大きな報酬をもたらした一方、平均的な労働者には賃金の停滞と雇用の喪失をもたらしました。そうしたなか、エリートが自分たちを見下し、日々の仕事に敬意を払っていないという労働者の不満や憤りが、トランプの成功の根本にあります。彼の復帰は、バイデン政権の4年間でもその問題が解決されずに続いてきたことを示しています」

 ――トランプ氏の当選は2度目。しかも総得票数でも勝ちました。「トランプ現象」は一時的・局所的な逸脱ではありませんでした。

 「バイデン政権の4年間は、いわゆる正常な政治と投票行動への回帰を示してはいませんでした。それどころか、トランプは米国政治を根本から再編するのに成功しました。(1930年代の)ニューディール政策にさかのぼる民主党の伝統は、労働者の代表であり、権力者に対抗する人民の代表であり、経済権力の集中に対する牽制(けんせい)の代表であることでした。これが2016年以降は逆転しました。共和党は富裕層を支える政策を手がけてきたにもかかわらず、大学教育を受けていない人々や労働者がトランプに投票しました」

 「中道左派が労働者の支持を失い、権威主義的なポピュリストがそうした層へのアピールに成功しているのは、英独仏など多くの民主主義国家で見られる現象です。今日の不平等をもたらした、金融主導で市場寄りのグローバル化を、中道左派が受け入れたからです」

 ――トランプ氏は前回、そこまで労働者を利する政策に取り組んだ印象はありませんが。

 「自身の支持者の多くが頼りにする医療保険制度を廃止しようとしたり、大減税で労働者よりも富裕層と大企業に利益をもたらしたりしました。にもかかわらず、労働者は民主党から疎外されていると感じ、民主党を代弁者として信頼しなかったのです」

――あなたはかねて、民主党のビル・クリントン、バラク・オバマ両政権が、不平等をもたらした新自由主義に十分対抗しなかった、と批判してきましたね。

 「彼らや(共和党元大統領の)ジョージ・W・ブッシュ、(元国務長官の)ヒラリー・クリントンのメッセージはこうです。グローバル経済の競争に勝ちたければ大学に行け。どれだけ稼げるかは、何を学ぶかにかかっている。努力さえすればなんとかなる、と。しかし、不平等の解決策を大学の学位に求めることは、その不平等をもたらした構造的な原因、つまり新自由主義的なグローバル化の欠陥に目をつむるものでした」

 「彼らは、このアドバイスに暗黙のうちに含まれる侮辱を見落としていました。新たな経済で苦しんでいるのなら、また大学を出ていないならば、失敗は自分のせいなのだという侮辱です」

エリートに見下され、募らせた屈辱感
 ――仏経済学者トマ・ピケティ氏は新たに出版したあなたとの共著「平等について、いま話したいこと」で、中道左派の失敗は、貿易や雇用という経済問題と正面から格闘しなかったことにあると主張しました。重要なのはやはり経済なのでしょうか。それとも文化やアイデンティティーの問題なのでしょうか。

 「米民主党が苦しんでいるのは、金融規制緩和や自由貿易など新自由主義的な経済政策を受け入れた結果だ、という点ではトマと一致しています。ただ、強調点の違いはあるかもしれません。私は、経済の問題は文化の問題と切り離すことができないし、厳格に峻別(しゅんべつ)すべきでもないと考えます」

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