「躁病の優位性(The Primacy of Mania)」仮説-2

躁病とうつ病は反対のものという常識があると思うが、子細に検討すると、反対ということは言えない面がある。

例えば、甲状腺機能低下症と甲状腺機能亢進症は反対であり、症状も対照的である。躁病とうつ病はそのような意味で反対のものではない。

例えば、セロトニンが多いと少ないで反対というものではない。セロトニンレセプターが多い少ないでもない。

クレペリン以降、うつ病は躁うつ病の一つのタイプであるとする考えがあった。最近でも、うつ病だけを反復するもの、うつ病+軽躁状態で双極Ⅱ型、うつ病+躁状態で双極Ⅰ型、躁病だけを反復するもの(これは本当にあるのか疑問視する人も多い)、というようにバイポーラー・スペクトラムとして考えることがある。また、さらに細分化して、ソフトバイポーラーなど、いろいろなタイプを含むスペクトラムとして考えようとの提案もある。細分化したり統合したりして提案するたびに論文が増える。

一人の人に躁状態も見られるしうつ状態も経過の中で見られ、どちらも病的ではない普通の時期があるわけだし、根本は一つの病気なのだろうと考えて躁うつ病と呼ぶ。こうした流れは、理論上は合理的で、肯定的なエビデンスもあり、それはたとえば精神薬理学がそうである。しかしながら、遺伝学的に、うつ病と躁うつ病は別のものだとの証拠が提出され、それが半ば決定打となり、現状では、双極性障害に伴ううつ状態と、うつ病だけを反復するうつ状態は、別のものであるとの認識が広まっている。

クレペリンの躁うつ病(MDI)=DSMの双極性障害(BPⅠ+BPⅡ)+うつ病(MDD)とその他うつ状態

その考えに沿って、双極性障害に発生するうつ状態と、うつ病に発生するうつ状態では、違う薬剤を使うべきだとの認識が広がりつつある。

しかし一方では、双極性障害に発生するうつ状態と、うつ病に発生するうつ状態との明確な区別は困難な場合もあり、解決すべきターゲットとなっている。手がかりは既往歴、家族歴、病前性格などであるが、確実ではない。

躁状態とうつ状態の関係を説明する「躁状態優位説 Primacy of Manie」は個人的には昔から考えていて、Koukopoulos や Ghaemi の論文にとても賛成だった。しかしそれも今はやや無理なのかなと思っている。なにしろ反証エビデンスが多い。一つ一つに反論もできるが、引き分け程度にとどまる。説明力は強いと思うが、少数説にとどまる。

躁状態を予防すればうつ状態は起こらないと考える。それは合理的だが、実際の統計はそうなっていない。そこで考察すると、何を躁状態と言い、何をうつ状態と言っているのかという問題に立ち帰ることになる。

躁状態以外にも、統合失調症の増悪期の後にうつ状態は見られるし、てんかん発作や脳血管障害など、別の興奮状態の後にうつ状態が見られる。それらを、脳に起こった異常に対しての生体の防御反応と考えることも合理的だ。

しかしすべてのうつ状態がそのように説明されるのではないらしい。別のメカニズムで発生するうつ状態があるらしい。

それにしても、そうとうつをグラフにして、横軸時間、縦軸上がそうで、縦軸下がうつというような図は大いに誤解を招くように思う。そのようなグラフが当然で分かりやすいと思えるからややこしい。

などと考えるようになっている個人的な状況である。

とりあえず概要を知るには次の論文がある。

現在の双極性障害に対しての見解は次の3つの論文で概観できる。

次の解説も双極性障害の理解に役立つ。

primacy of mania について、他には以下のものもある。

さらに、以下のものも少し参考になる。

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双極性障害(躁うつ病)と単極性うつ病(反復性うつ病)の遺伝学的違いについて。現在の研究状況を踏まえて考えるとこうなる。

遺伝学的な違いの存在:
多くの研究が、双極性障害と単極性うつ病の間に遺伝学的な違いがあることを示唆しています。
しかし、完全に別個のグループというよりは、部分的に重複する遺伝的リスクを持つという見方が一般的です。

最新の大規模研究:
2019年のGenome-wide Association Study (GWAS)では、双極性障害と大うつ病性障害(MDD)の間に遺伝的相関があることが示されました。
同時に、双極性障害に特異的な遺伝子座も同定されています。

遺伝的リスクの重複:
双極性障害と単極性うつ病の間には遺伝的リスクの部分的な重複がありますが、完全には一致しません。
双極性障害は統合失調症とも遺伝的リスクの重複があることが分かっています。

遺伝子-環境相互作用:
遺伝的要因だけでなく、環境要因との相互作用も考慮する必要があります。
これにより、同じ遺伝的背景でも異なる表現型(双極性vs単極性)が生じる可能性があります。

エピジェネティクスの役割:
遺伝子の発現調節に関わるエピジェネティックな変化が、両障害の違いに寄与している可能性が示唆されています。

亜型の存在:
双極性障害にも単極性うつ病にも複数の亜型があり、これらの間での遺伝的違いも研究されています。

診断の連続性:
一部の研究者は、双極性障害と単極性うつ病を完全に別個の疾患というよりも、気分障害のスペクトラム上にあると考えています。

バイオマーカー研究:
遺伝学的研究に加えて、他の生物学的マーカー(脳画像、炎症マーカーなど)の研究も、両障害の違いを探る上で重要です。

結論:
現在のエビデンスは、双極性障害と単極性うつ病が遺伝学的に完全に異なるグループであるという単純な見方よりも、複雑な遺伝的背景を持つ関連した障害であるという見方を支持しています。両者には遺伝的な違いがありますが、同時に重要な重複も存在します。
この分野の研究は急速に進展しており、新たな知見が常に加わっています。そのため、最新の研究結果を継続的に参照することが重要です。

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